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1 ⽇本におけるインバウンドの現状と企業戦略 〜ロシア⼈インバウンドを例として〜 ⻑⾕川
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⽇本におけるインバウンドの現状と企業戦略 〜ロシア⼈インバウ …katosemi/semi/4thyPDF/hasegawa.pdf · なぜ⽇本政府がこのようにインバウンドを推し進

Jul 28, 2020

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⽇本におけるインバウンドの現状と企業戦略 〜ロシア⼈インバウンドを例として〜

⻑⾕川

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〜⽬次〜

第1章. はじめに 第2章. ⽇本におけるインバウンド市場の現状

(1) ⽇本政府がインバウンド推進政策をとった理由 (2) インバウンド増加の成功要因 (3) 訪⽇外国⼈旅⾏者の国別動向・消費動向 (4) 経済効果

第3章. インバウンドの課題とその解決策 第4章. 潜在可能性の⾼い国々へのアプローチ〜ロシアを例として〜 第5章. おわりに

第 1 章.はじめに 近年の⽇本は少⼦⾼齢化による⼈⼝減少や、都市部への⼈の集中による地⽅の産業の衰退などが相まって、国内の⼈々だけを対象とした従来のビジネス形態は限界が来ている現状である。このような状況の中で⼤きく注⽬されているのが、訪⽇外国⼈観光客である。 衰退しつつある⽇本の現状を、多数訪れる訪⽇外国⼈で補い、⽇本を⽀える⼀つの柱として成り⽴たせていこうとしている。訪⽇外国⼈旅⾏数は年々増加していて、2018 年には過去最⾼の訪⽇外国⼈旅⾏数である約 3100 万⼈を記録し、2020 年に開催される東京オリンピック・パラリンピックの影響で訪⽇外国⼈旅⾏数はさらに増加していくと⾒られている。このようなインバウンドの急増によって⽇本の観光事情は国内観光から国際観光へと姿を変えているが、その⼀⽅で、⻑い⽬でみると、東京オリンピック・パラリンピックの閉会後を含め、訪⽇外国⼈旅⾏数は減少していくのではないかという考えもある1。

本論⽂では⽇本におけるインバウンドの現状を明らかにし、インバウンド増加のための企業戦略について検討する。その際に、潜在的可能性があると⾔われるロシア⼈インバウンドに焦点を当ててみたい。

1 Japan now 観光情報協会編著(2019) 『新世代の観光⽴国』 P136

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第 2 章.⽇本のインバウンド市場の現状 まず初めに、現状を述べていく前に「インバウンド」という⾔葉の意味を述べていこうと

思う。近年になってよく⽇本でも⽿にするようになった「インバウンド」という⾔葉だが、もともとは英語の Inbound Tourism からきているが、inbound とは「外から中に⼊り込む」という意味である。したがって⽇本において「インバウンド」とは外国⼈の訪⽇旅⾏または訪⽇外国⼈旅⾏者のことを指す2。統計的には「訪⽇外国⼈旅⾏者とは国籍に基づく法務省集計による外国⼈正規⼊国者から、⽇本を主たる居住国とする永住者等の外国⼈を除き、これに外国⼈⼀時上陸客等を加えた⼊国外国⼈旅⾏者のことです。駐在員やその家族、留学⽣等の⼊国者・再⼊国者は訪⽇外客数に含まれます。乗員上陸数(航空機・船舶の乗務員)は訪⽇外客数に含まない3」としている。そしてその逆に、⽇本から外国へ出かける旅⾏、または旅⾏者のことをアウトバウンドと呼ぶ。本論⽂において、「訪⽇外国⼈旅⾏」「訪⽇外国⼈旅⾏者」「インバウンド」という⾔葉を並⾏して⽤いていくが、これらは同義である。 次に⽇本におけるインバウンドの現状について述べていきたいと思う。

(1)⽇本政府がインバウンド推進政策をとった理由 現状の前に、⽇本政府がインバウンドを推し進めていくようになった経緯から触れてい

きたいと思う。まず⽇本政府がインバウンドを意識し始めた始まりは 2003 年の⼩泉⾸相による観光⽴国宣⾔及びビジット・ジャパンキャンペーンからと考えられる。その後本格的に国をあげて始動したのは 2007 年の観光⽴国推進基本法、そして 2008 年の観光庁の設⽴からで、この⼀連の振興によって⽇本のインバウンドへの動きは加速した。以後、2011 年の東⽇本⼤震災などで訪⽇外国⼈旅⾏者の⾜は遠のいたりしたものの、2013 年以降その数は急激に増加し、昨年 2018 年には約 3100 万⼈という過去最⾼数を記録し、これはインバウンドの始まりであった 2003 年の約 520 万⼈に⽐べて 6 倍と、わずか 15 年で⽇本のインバウンドが急成⻑を遂げているといえる。なぜ⽇本政府がこのようにインバウンドを推し進めていくようになったのかにおいては⼤きく分けて2つの理由がある。

1つ⽬は少⼦⾼齢化及び⼈⼝減少時代における経済活性化の切り札にしたいと考えたからだ。2047 年には⽇本の総⼈⼝数は1億⼈を下回るとされ、2060 年には 8700 万⼈にまで⼈⼝は減少してしまうとされていて、⽣産年齢⼈⼝に⾄っては 2010 年に⽐べて半数までに落ち込むと⾔われている。⼈⼝の絶対数が減ることを避けるのは⾄って困難なことであるため、⽇本としては何とかして⾃国の経済や社会を維持、および成⻑をさせていきたいと考

2 ⼭⼝⼀美、椎野信雄(2018)『新版はじめての国際観光学』創成社 p183~p184 3 ⽇本政府観光局(JNTO) https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/statistics_faq.html (2020 年 1 ⽉ 7 ⽇アクセス)

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え、そこで多くの訪⽇外国⼈旅⾏者によって経済活動を膨らましていこうとする意向になっている。

2つ⽬は外国からの旅⾏者が地⽅を訪問することにより、地⽅の活性化につながると考えたからだ。先述した通り、現在⽇本では都市部へと⼈⼝が極端に集中してしまい、地⽅での過疎化及び産業の衰退といった、いわゆる産業の空洞化が問題となっている。そこにインバウンドが増加することによって、地⽅にも訪⽇外国⼈旅⾏者が流動し、そこに地域内需要が⾼まり、ビジネスや雇⽤の創出が⽣まれていく。特に建設業や製造業の展開が困難とされていることが多い地⽅では、サービス業による雇⽤の機会創出が最も効果的であり、インバウンドが増えることは地⽅創⽣にあたって⼤きなカギになると考えられる。実際、例えば地域に訪⽇外国⼈ 8 ⼈が⼀泊したとすると定住⼈⼝ 1 ⼈分の年間消費額と同じだけの旅⾏消費額が発⽣し、これが国内旅⾏者では 25 ⼈分、⽇帰り旅⾏者であれば 80 ⼈分の旅⾏消費額に該当する4。訪⽇外国⼈旅⾏者の⼀⼈当たりの旅⾏⽀出においては 2018 年で 15 万3千円と、⽇本⼈国内旅⾏者の 1 ⼈当たり消費の3万6千円に⽐べ⼤きな経済効果をもたらすことがわかる5。

(2)インバウンド増加の成功要因 次になぜ⽇本で訪⽇外国⼈旅⾏者が急増したのかについて触れていきたいと思う。まず

初めに⽇本が意図して⾏ったものではない外的要因を挙げていく。 外的要因の1つ⽬は、近隣のアジア各国が経済成⻑を受け、海外旅⾏をするアジア⼈が増

加したことがあげられる。訪⽇外国⼈数においても TOP10 のうち8か国がアジア諸国となっている。特に現在では東アジア諸国の訪⽇外国⼈旅⾏者が全体の 4 分の3を占める現状になっているほどだ。

外的要因の 2 つ⽬は円安である。2011 年に「75 円 2 銭」の最⾼値を記録した時期に⽐べ、近年は 100〜115 円あたりを維持しているため、⽇本旅⾏へのコストが削減され、⾜を運びやすくなったといえる6。また、⼀時期⼤きな話題を呼んだ中国⼈観光客による「爆買い」も円安による影響が⼤きいものである。

最後に 3 つ⽬の外的要因として考えられるのは、LCC(ローコストキャリア、格安航空会社)が台頭を挙げる。LCC は 2012 年にピーチアビエーションが国際線・国内線に参⼊して

4 姜 聖淑(2019)『グローバルツーリズム』中央経済社 P8 5 観光庁 旅⾏・観光消費動向 (http://www.mlit.go.jp/common/001287451.pdf) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス 6 インバウンド NOW(https://inboundnow.jp/media/knowhow/6119/) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス

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きたのを⽪切りに、エアアジア・ジャパン(バニラエア)、ジェットスタージャパンと同年に⼤⼿が参⼊し、現在では⼤きな業界の規模を誇っている。LCC の台頭によって⽇本の⼤⼿航空会社も運賃を引き下げる動きになり、そこに原油価格の低下も相まって、⽇本への旅⾏のハードルが⾃然と下がっていったといえる7。 ここまで外的要因3つについて触れてきたが、次にそれ以外の⽇本政府が仕掛けたといえる内的要因について述べていく。内的要因として考えられるものは⼤きく分けて3つである。

1つ⽬はビザの緩和だ。現在となっては先進国の多くで、⼈々が異なる国間を移動しやすく⽐較的⾃由になってきたといえるが、本来は、⾝分証としてのパスポートだけでなく、相⼿国への⼊国許可証であるビザが必要であった。⽇本も⼊国が厳しい国の⼀つで、アジアの国のほとんどが⼊国にビザが必要であった。そこで観光庁は経済成⻑が著しいアジア諸国から、より多くの外国⼈旅⾏者に来てもらうために、ビザの免除や、数次ビザという⼀度それを取ると向こう何年間かは何度でも発⾏なしで⼊国ができるものの開始をここ数年間で⾏った。アジア諸国の顕著な経済成⻑による旅⾏者の増加と相まって、このビザ緩和は⼤きな効果をもたらした。現にマレーシア、タイではビザ免除を⾏った途端に訪⽇外国⼈旅⾏者が急激に増加したため、もとより⽇本に旅⾏をしたい外国⼈は潜在的に多く存在していたことも窺える。

2つ⽬は消費税の免税措置である。2014 年より訪⽇外国⼈旅⾏者への消費税免税制度が新たに施⾏され、家電、⾐料品を含む⼀般物品や⾷料品が免税の対象へと変更された。 訪⽇外国⼈旅⾏者による消費のうちショッピングでの消費額は免税制度導⼊時点の 2014年で最も⽐率が⼤きく(図表2より)、経済活動への影響も⼤きなものいえる。

表2 出典:観光庁 消費税免税制度より引⽤(https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/nouhaku/attach/pdf/171011-102.pdf#search=%27%E6%B6%88%E8%B2%BB%E7%A8%8E%E5%85%8D%E7%A8%8E%E5%88%B6%E5%BA%A6+2015%E5%B9%B4%27) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス

7 国⼟交通省 航空局 我が国の LCC の現状と課題(http://www.mlit.go.jp/common/001018980.pdf) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス

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もとより⽇本製品は安⼼安全かつハイクオリティであることは世界的に認知されているため、その商品が当時は 8%、現在では 10%免除されるとなると外国⼈旅⾏者の購買意欲が上がるきっかけになった。特に免税制度が開始した 2014 年時点では中国⼈旅⾏者数は全体の 3 番⼿だったにも関わらず、国別旅⾏消費額においては全体の 27.5%である 5583 億円(前年は 2759 億円)を記録して 1 番⼿となっていて(図表3より)、買い物に対し 1 ⼈当たり 12 万以上使う実情であった8。「爆買い」がその年の新語・流⾏語⼤賞を受賞したことからも免税制度導⼊による経済・社会への影響は⼤きく、インバウンド増加に拍⾞をかけたと⾔える。

図表3 出典:観光庁 訪⽇外国⼈消費動向調査より引⽤ (https://www.mlit.go.jp/common/001066481.pdf) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス

そして 3 つ⽬は官⺠が連携して⾏ったビジット・ジャパン事業の展開だ。具体的な内容

としては旅⾏会社やメディア、新聞を通して海外へと⽇本への旅⾏を促す宣伝、旅⾏博への出店などの PR を主とした活動である。これらの活動は在外公館や地⽅⾃治体、企業などと連携を図り、官⺠が⼀体となって取り組んだものである。⽇本が観光業を基幹産業へと成⻑させるための⼀歩となったといえる。 以上 6 つの⼤きな内的・外的要因が⽇本のインバウンド増加のカギとなったといえるが、これに加えて、2019 年のラグビーワールドカップの開催や、2020 年の東京オリンピック・パラリンピックの開催という世界的に⼤きなイベントの開催、そして⽇本特有の伝統

8 ⻑⾕川恵⼀(2016) 『観光⽴国⽇本への提⾔』成⽂堂 P16

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⽂化や、アニメ漫画をはじめとしたポップカルチャーがインターネットの普及によってより多くの⼈に伝わり、⽇本に興味を抱く機会が増えたことも相まってインバウンドが成⻑していったといえる。⽇本としてはこのインバウンド増加の波がある現状に満⾜せず、⻑期的にインバウンドを増加させる策を考えていくべきではないだろうか。

(3)訪⽇外国⼈の国別動向・消費動向 (3)−1 訪⽇外国⼈旅⾏者数と旅⾏消費動向の国別内訳

図表4 出典:国⼟交通省観光⽩書より引⽤ (http://www.mlit.go.jp/common/001294467.pdf) 2020 年 1 ⽉ 9 ⽇アクセス

図表4にみられるように、2018 年訪⽇外国⼈旅⾏者はついに 3000 万⼈を上回った。アジアだけでも全体の 4 分の3以上の旅⾏者を占めている現状だ。そのアジアの中においても、かねてより旅⾏者の⼤半を占めていた、中国、韓国、台湾、⾹港をはじめとした東アジア諸国の伸び率は未だ健在で、それに加え経済成⻑が著しい ASEAN 諸国を含む東南アジア諸国も旅⾏者数を伸ばしている現状だ。また訪⽇外国⼈観光消費額に関しては訪⽇外国⼈旅⾏者数に連動するかのようにアジア諸国が⼤きくなっている現状である9。

9 国⼟交通省観光⽩書(http://www.mlit.go.jp/common/001294467.pdf) 2020 年 1 ⽉ 9⽇アクセス

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(3)−2 訪⽇外国⼈旅⾏者の費⽬別旅⾏⽀出の国別内訳

図表5 出典:国⼟交通省観光⽩書より引⽤ (http://www.mlit.go.jp/common/001294467.pdf) 2020 年 1 ⽉ 9 ⽇アクセス

図表5をみると先ほどの外国⼈旅⾏者観光消費額とは打って変わって、アジア諸国の1⼈あたり消費額は⽐較的低いように感じる。逆に図表 4 では軒並み消費額が低い傾向にあった欧⽶豪の地域では 1 ⼈当たり消費額が、全体平均約 15 万 3000 円を上回る国がほとんどな上、平均泊数も全体平均の 9.0 よりも⻑く、10 泊以上が普遍的であるという傾向にある。

次に費⽬別⽀出に焦点を当ててみる。宿泊費に関しては、宿泊⽇数が多いため欧⽶豪の宿泊費が⾼くなるのは必然的だと考えられるが、⽐較的近い宿泊⽇数が同じ 12.1 であるアジア諸国のインドネシアと欧⽶豪諸国のカナダを⽐較してみると、欧⽶豪諸国の⽅が多く宿泊費に充てている。他の国も単純計算で宿泊⽇数にあわせて宿泊費を計算してみても、アジア諸国は宿泊費にはあまりお⾦をかけない傾向にあるようである。また、飲⾷費や娯楽・サービス費においても近しい傾向にあると⾔える。反対に、買い物費に関してはアジア諸国が中国を筆頭に多くお⾦をかける傾向にあり、欧⽶豪諸国は⼤半が全体の買い物消費額である約 5 万を超えておらず、あまり消費が活発ではないといえる。アジア諸国は⽐較的短い時間で済むショッピングに⽐重を置いている「モノ消費」が中⼼となっているが、欧⽶豪諸国は⽐較的⻑い時間をかけ、飲⾷や宿泊、その場所でしかできない娯楽や体験に⽐重を置いている「コト消費」が中⼼となっている。

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これらの消費傾向はこのように訪⽇外国⼈旅⾏者は地域によって、その旅⾏の⽬的や意識に違いがあると考えられる。さらには同じ地域の中でも国ごとに観光にあたっての特⾊があるといえる。

(3)−3 訪⽇外国⼈旅⾏者の消費傾向

次に、外国⼈旅⾏者の消費傾向も絡めて、旅⾏の⽬的やニーズについて述べていく。

図表6 出典:国⼟交通省観光⽩書より引⽤ (http://www.mlit.go.jp/common/001294467.pdf) 2020 年 1 ⽉ 9 ⽇アクセス 上記の図表 6 より、2018 年と 2017 年の旅⾏消費額を⽐較すると、宿泊費(+1%)、飲⾷費(+1.5%)、娯楽サービス費(+0.5%)と軒並みコト消費が増加している。⼀⽅で買物代は3.9%減少しており、訪⽇外国⼈旅⾏者の流れがモノからコトへと移⾏しつつあることが窺える。インターネット普及によってモノはわざわざ⾜を運んでまで⼊⼿する必要性が薄れていったが、その⼟地でしか体験できないコトの価値は上がり、その経験を SNS で他者に広げたいという考え⽅が要因の⼀つと考えられる。外国⼈旅⾏者への⽇本で最も楽しかった活動についてアンケートによると、1 位⽇本⽂化の体験(24.9%)、2 位美しい景観を楽しむ(15.2%)、3 位神社やお寺を訪れる(12.9%)10と、コトへの関⼼や満⾜度が⾼いことが分かる。また、アジア諸国からの訪⽇外国⼈旅⾏者においては近年、個⼈旅⾏者が多く、中国が 60%を越え、韓国が 88.7%、⾹港は 90.6%と⾼い割合を占めていて、これもまたインターネットの普及によって、⾃分の思うように旅⾏を⼿配しやすくなったことが要因だ。そしてこのアジア諸国のインバウンドにおいてはリピーターが増加してきた傾向もあり、⾹港台湾は 80%、韓国は 65%、そして中国 40%を越える⾼いリピーター率を誇り

10 Japan now 観光情報協会編著(2019) 『新世代の観光⽴国』P137

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11、従来において⼤部分を占めていたショッピング以外にもニーズが出てきたため、何度も⾜を運んでもらえているのでないだろうか。

(4)経済効果 観光消費による付加価値、就業者数の誘発効果は、⺠間消費、⺠間投資、輸出と⽐較しても⼤きいことが分かっており、インバウンド増加による経済効果はとても効率の良いものと考えられる。これらの経済効果や雇⽤創出、⼈の流れの円滑化などを考慮すると、⼈⼝減少や地域の過疎化の問題に対して、⼀般的な国の多くが移⺠政策で解消を図っているが、⽇本がその解決策にインバウンドをとったことは理にかなっていると思える。現に、2018 年のインバウンド推定消費額は 4 兆 5000 億円にものぼり、宿泊、飲⾷、交通、旅⾏関連産業全般の売上増加に貢献するだけでなく、電化製品や⽣活⽤品などの⼩売業、インバウンド増加に宿泊施設や飲⾷店の数が追い付かず、不⾜分を急ピッチで⼯事している建設業の売り上げ増加にも貢献しており12、インバウンドによる波及効果は計り知れないものとなっている。

第3章 インバウンドの課題とその解決策 ここまで⽇本のインバウンド増加の現状ついて述べてきたが、次にこれらの現状から⽣

じている課題について述べていく。 新たな観光⽬標 2020 年、2030 年対⽐(2015 年発表)

2020 年(令和2年) 2030 年(令和 12 年) 訪⽇外国⼈旅⾏者数 4000 万⼈(×2) 6000 万⼈(×3) 訪⽇外国⼈旅⾏消費額 8兆円(×3) 15 兆円(×4) 地⽅部での外国⼈延べ宿泊数 700 万⼈泊(×2) 1 億 3000 万⼈泊(×3) 外国⼈リピーター数 2400 万⼈(×2) 3600 万⼈(×3)

※括弧内は⽬標発表時 2015 年数値に対しての倍率 図表8 出典:Japan now 観光情報協会編著(2019)『新世代の観光⽴国』P11 をもとに筆者作成

11 姜 聖淑(2019)『グローバルツーリズム』中央経済社 P70 12 Japan now 観光情報協会編著(2019) 『新世代の観光⽴国』P136

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なお、挙げていく課題の前提として、上記図表8の観光⽬標を達成するにあたって⽣じる可能性のあるものとする。

1つ⽬は観光基盤の整備・再構築である。観光基盤といってもその要素は多数存在しているが、その多くが、ここ数年でのインバウンド急増に準備が追い付いていない現状で、特に訪⽇外国⼈旅⾏客の⼤半が訪れるゴールデンルートに属する東京・⼤阪・箱根(富⼠⼭)・京都・名古屋ではそれが顕著で、オーバーツーリズム(観光地が許容範囲以上に観光客が押し寄せてしまっている状態)とも⾔える。具体的に整備すべきものは特に交通、情報システムと考える。ゴールデンルートに位置する場所においては、最適となる総合観光交通システムの構築が必要であり、それと同時に各交通⼿段がその特性を活かし、地⽅などにも⾏きやすくなることで⼈の動きが流動的となりオーバーツーリズムの解消に⼀歩でも近づけると考えられる。2015 年世界経済フォーラムでの、観光分野における国際競争⼒ランキングで⽇本の鉄道インフラはトップにランクインしている13ことから、⽇本の交通に対する期待は世界的に⾼いと⾔え、その整備を早急に⾏うことは⻑期的なインバウンド維持・増加に⽋かせない。情報システムにおいては、訪⽇外国⼈旅⾏者の多くが不満を感じる「携帯電話や通信機器の利便性」を挙げていることから、観光地での Wi-Fi 設備はもちろん、観光情報システムの⽇常⽣活様式との連携が必要である。⽇本はキャッシュレス後進国であるため旅⾏者の決済が思うようにいかないことは、消費の機会損失に直結することでもあり、旅⾏消費額の達成の⼀助とするためにも、決済環境の整備も避けては通れない。

2 つ⽬は地⽅への訪⽇外国⼈旅⾏者の誘致である。地⽅の活性化、およびオーバーツーリズムの解消を図りたい意向が上⼿くいかないのが課題だ。ここでカギとなってくるのがコト消費の流れである。訪⽇外国⼈旅⾏者の多くは、潜在的に⽇本ならではの⽂化や伝統を体験したいと考えており、ゴールデンルートでの観光よりも密度の濃い⽇本体験ができる地⽅は、本質的なニーズがマッチしていると考えられる。そして、地⽅へのインバウンド増加のターゲットとしては、リピーターに着⽬すべきと考える。訪⽇外国⼈旅⾏者のリピーターの傾向として、①訪⽇経験があるとゴールデンルートだけでなく、地⽅への認知度が⾼まる②訪⽇経験があると地⽅への訪問意向の波及がみられる③訪⽇経験が増すにつれ、⽇本各地への訪問回数が増える14とされている。また、韓国、台湾、⾹港、中国に関しては訪⽇回数の増加に伴って 1 ⼈当たり旅⾏消費も増加する傾向にあり15、消費額の成

13 姜 聖淑(2019)『グローバルツーリズム』中央経済社 P129〜130 14 DBJ・JTBF アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査(2019 年度版)(https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/10/DBJ-JTBF-euroasia-report-2019.pdf) 2020 年 1 ⽉ 10 ⽇アクセス 15 観光庁観光統計 (http://www.mlit.go.jp/common/001226295.pdf) 2020 年 1 ⽉ 10 ⽇アクセス

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⻑にも⼀躍を担えると考えられる。図表9を参考にすると、地⽅に訪問したことがある訪⽇外国⼈旅⾏者は、再度地⽅に訪問したい割合が全体の 76%と⾼く、外国⼈にも⼗分に満⾜してもらえる経験と⾔える。しかしこの満⾜度や地⽅へのリピーターを上げるには、地⽅ならではの⽇本語表記のみのバス亭表記など、国際観光へと環境基準を整える必要性もある。リピーターをより定着させることが⽇本の地⽅創⽣、インバウンド増加にとって⼤きな可能性であって、課題となってくるポイントなのではないだろうか。

図表9 DBJ・JTBF アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査(2019 年度版)(https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/10/DBJ-JTBF-euroasia-report-2019.pdf) より引⽤

最後の 3 つ⽬の課題は、観光資源の再開発だ。リピーターの増加や、観光客のニーズや傾向の変化によって観光資源の価値は変化していくものである。特にリピーターにとっては、観光資源の価値は初訪問時に⽐べて随時減少していくものである。そんな中で再び観光客に訪問してもらうには新たにコト消費に重きを置いた体験を発掘する必要性がある。⽇本においては多くの外国⼈たちが⽇本の伝統や⾃然に触れられるものに需要があるので、それに該当するものを発掘していくことが観光資源の再開発につながる。観光資源の発掘においては、⽇本⼈にとって当たり前なものが、外国⼈には⽇本らしさを感じることがあり、どこの観光地においても潜在的に観光資源はあるといっても過⾔ではなく、隠れた魅⼒を発⾒しアピールしていくべきだ。観光地側からの新しい魅⼒や観光の提案といった部分が⽇本の観光資源再開発の⼤きな課題であると考えられる。インターネットの普及により誰しもが⼿軽に情報を⼊⼿・発信できるようになったため、ある⽇突然、誰かしらによって発信された場所や⾷べ物に⼈が殺到し、たちまち⼈気スポットになることも少なくない。その流れを活⽤し、観光地⾃⾝が新たな観光資源を発掘して発信、それにより新しい観光の形を提案していくことが観光資源再開発の⼀助になるといえる。また⽇本が誇る⼈的サービス、いわゆる「おもてなし」も観光資源になると考えられる。2015 年世界経済フォーラムでの、観光分野における国際競争⼒ランキングにおいて、⽇本が最も評価されているのは⼈材分野の顧客対応で16、⽇本⼈が当たり前に⾏っていたことが世界から評価され、訪⽇の際にも期待されているものである。この「おもてなし」⾃体も観光地での

16 姜 聖淑(2019)『グローバルツーリズム』中央経済社 P129〜130

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魅⼒として、観光地側から発信し、⼈的交流を観光資源としていくことも可能ではないだろうか。

ここまで、インバウンド増加の課題について触れてきたが、⽇本としては⼀つ⽬の課題に対して数年間取り組んできて、ビザの緩和や免税制度の整備などを⾏ったため今⽇までのインバウンドの増加にこぎつけられたと考えられる。そして今、急激なインバウンドの増加によって、環境を再び整えることが追い付いておらず、いくつか課題が存在している現状であるが、⻑期的なインバウンドの維持・増加考えると、これはあくまで必要条件であって、これを解決しただけでは内実が伴っていない。そのため、これからの⽇本のインバウンド増加には、訪⽇外国⼈旅⾏のニーズや訪問客の活動を捉えたうえでの観光の提案が重要と考える。また現時点でインバウンドが⼩規模だが潜在的可能性の⾼い国々へのアプローチも⽇本の持続的なインバウンド成⻑に必要不可⽋であるため、次章ではそこについて触れていく。

第 4 章 潜在的可能性の⾼い国々へのアプローチ

〜ロシアを例として〜 ⽇本のインバウンドの現状と課題についてここまで述べてきたが、⻑期的な⽬で⾒る

と、現在インバウンドが盛んなアジア諸国だけでなく、今後インバウンドが増加させられる可能性のある他の国においても、⽇本はアプローチしていくべきだと考えられる。その中でも、ヨーロッパ諸国について注⽬していく。

図表 5 から読み取れるようにヨーロッパ諸国は 1 ⼈当たり旅⾏⽀出、平均泊数が⾮常に⾼く、全体での旅⾏⽀出額や、訪⽇⼈数などは⾼くないものの、その旅⾏者 1 ⼈当たりがもたらす⽇本への経済影響はとても⼤きく魅⼒的といえる。そのヨーロッパ諸国からのインバウンドをどのように増加させられるかについて述べていきたい。それにあたって、今後⽇本へのインバウンドの増加の可能性が⾼いと⾔われているロシアをピックアップしていこうと思う。

(4)−1 ロシアをピックアップした理由

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まず、なぜロシアからのインバウンドが増加すると⾔われているかについてだが、2016年に⽇本とロシア間でビザ発給要件の緩和が合意に⾄り、⾸都のモスクワには JNTO の事務所が開設されたことが要因の⼀つとして挙げられる。またそれに加えて、2019 年 5 ⽉に⽇本政府観光局(JNTO)とロシア旅⾏業連盟(RUTI)が協⼒覚所を締結し、両国間の観光事業の発展及び観光客数の拡⼤に合意したことも相まって、今後⽇露間での観光交流は増加していくと⾔われている。訪⽇ロシア⼈旅⾏者数に関しても 2016 年を境に増加している現状で、現時点では今後も⽇露間での観光交流は増えていくと予想されている。現在は⽐較的⼩規模なロシアインバウンドであるが、このような追い⾵が来ている状況であるため、その例としてピックアップしていく。

図表 10 出典:JNTO(⽇本政府観光局)のデータを基に筆者作成

(4)−2 訪⽇ロシア⼈旅⾏者の特徴 次に訪⽇ロシア⼈の特徴について触れていく。下記の図から訪⽇ロシア⼈の特徴として

まず 2 つ挙げたいと思う。 訪⽇外客数 5 万 4839 ⼈ 訪⽇率 0.20% 訪⽇リピーターの割合 48.50% 個⼈旅⾏(FIT)の割合 94.90% 平均泊数 10.6 泊 1 ⼈当たり旅⾏⽀出 19 万 874 円 図表 11 出典:中村好明(2017) 「儲かるインバウンドビジネス 10 の鉄則」⽇経 BP

社 P188 をもとに筆者作成

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1 つ⽬は訪⽇リピーターの割合が 48.5%と⾼い点である。これは他のヨーロッパ諸国であるイタリアの 19.4%、イギリスの 25.4%と⽐較しても⾼く、2018 年に⾄っては 51.83%

図表 12 出典:外務省「ロシアに対する対⽇世論調査(2016)]、内閣府世論調査(2016)をもとに筆者作成 のリピーター割合になった17。訪⽇ロシア旅⾏者のリピーターが⾼い割合を占めているのは、⾮常に親⽇的な国であることが相関し、⼤きな⼀因となっているのではないかと考える。外務省のロシアに対する対世論調査において、⽇本は中国に次いでの全体 2 位となっていて、⽇本との関係についてのアンケートにおいては友好であるという回答が 78%と⾼い割合となっている。⼀⽅で⽇本側からすると、ロシアに対し親しみを感じないと答える割合が 78.80%とほぼ真逆の結果になっている。ロシアは親⽇的で⽇本の⽂化に対する関⼼を持つ⼈が多いにもかかわらず、相互で⼤きな認識の差があるのはインバウンドの増加させるにあたって1つの障壁になっているようにも考えられる。

2 つ⽬の特徴は、個⼈旅⾏(FIT)の割合が 94.9%と主要訪⽇国の中で最も⾼い点だ。 個⼈旅⾏者は、⾃由に⾃分の⽬的に合った旅⾏をしたいため、⾃ら航空券や宿泊施設を⼿配し、アクティビティや⾷事、買い物など⽬的に合わせ期間や場所を⾃分で定める。その傾向としては買い物などのモノ消費に重きを置かず、⽂化の体験や⾃然の観光といったコト消費を重視する。特にロシア⼈は旅⾏期間中により多くの体験をしたい意欲が強く、短期間のうちにまた、情報収集も⾃分で⾏うが、その際の情報⼿段としては⼝コミサイトやSNS などから⼊⼿するのが⼀般的な傾向だ。ロシアにおいても 2018 年、訪⽇ロシア⼈が旅前に収集する情報⼿段の 1 位は 27.2%で⼝コミサイト、2 位が個⼈のブログとなっている18。この情報取集という点においてロシアのインバウンドを増やすカギがあると考える。⽇本語、ロシア語共に⾔語の壁が⾼いもので、お互いに情報を⼿に⼊れづらい現状が

17 中村好明(2017)『儲かるインバウンドビジネスの 10 の鉄則』⽇経 BP 社 P188 18 訪⽇ラボ (https://honichi.com/visitors/europe/russia/data/) 2020 年 1 ⽉ 10 ⽇アクセス

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あり、実際 JTB がロシアのインバウンド市場を活性化させようと、ロシアの旅⾏代理店と提携し、個⼈旅⾏への取り組みを強化しようとしたところ、ロシアの旅⾏代理店の多くは、⽇本の観光地や宿泊施設の情報が⼊⼿しづらく不⾜しているため、効率的にアピールができない状況にあったという。先述したロシアと⽇本相互の認識のズレに関しても、元をたどると双⽅の⾔語の壁の⾼さゆえに、互いを知る情報を得られないことから⽣まれたものではないだろうか。これらを解決するには官⺠が連携して情報の共有を図っていくことはもちろん、訪⽇経験のあるロシア⼈、訪露経験のある⽇本⼈たちが先導してそれぞれ情報を発信し合い、観光交流が活発化するように協⼒しあい、⽂化や⼟地の魅⼒を互いにアピール、⼊⼿しやすい環境を整えることが個⼈旅⾏の多いロシアのインバウンド増加の⼀助になると考える。

(4)−3 ロシア⼈の旅⾏傾向と⽇本旅⾏の現状と課題 次にロシア⼈の旅⾏傾向に触れていく。ロシア⼈は夏になると暖かな国のビーチでバカ

ンスをするニーズがあり、ロシア⼈の多くは夏になると⻑期的に休暇を過ごす。中でも⼈気なのはビザの必要がないトルコや、近年旅⾏商品が低価格帯なタイやフィリピンといったリゾート地が選ばれ、現地の旅⾏会社などもそこに向けての⼤幅な早期予約割引プランを提供するなど、ニーズに沿った商品を提供している。訪⽇ロシア⼈の多くはこの時期にバカンスをするのではなく、春や秋といった過ごしやすい時期に、⽇本の四季や、⽂化、⾷を体験することを⽬的として来⽇する。そのためトルコなどのバカンス地とは⽇本は直接競合相⼿にはならないといえる。⽇本の競合として戦っていかねばならない国は、地理的にロシアに近い中国、交通の便が良い韓国、積極的なロシアへのプロモーションにより急増したタイである。ロシア⼈が⽇本よりもこの 3 か国を選ぶ最も⼤きな要因は、価格競争⼒で劣る点が挙げられる。実際のパッケージ旅⾏の商品価格で⽐べてみると、モスクワの旅⾏会社で販売されていた⽇本のゴールデンルートを通るものは 7 泊 8 ⽇で約 33 万4000 円と、訪中パッケージ旅⾏商品価格の約 2 倍〜3 倍、訪韓パッケージ旅⾏商品価格の約 1.2 倍〜1.5 倍程度となっている上19、物価もタイや中国に軍配が上がるため、価格⾯では⽇本が優位に⽴つことは⾮常に厳しいといえる。訪⽇ロシア⼈旅⾏者のうち最も層が厚いのは中央ロシア(モスクワ、サンクトペテルブルク)の 20〜40 歳の富裕層に値することも、⽇本へ気軽に⾜を運べない現状を物語っている。以上のことからロシアインバウンド

19 JNTO 訪⽇旅⾏誘致ハンドブック 2017 欧⽶豪 9 市場編 (https://www.jnto.go.jp/jpn/inbound_market/fotufe000000ig33-att/russia02.pdf#search=%27%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA%E6%B5%B7%E5%A4%96%E6%B8%A1%E8%88%AA%E5%85%88%27) 2020 年 1 ⽉ 10⽇アクセス

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を増加させるにあたって価格が⾼い点、そして先述した訪⽇ロシア⼈の特徴から読み取れる、情報取集をしやすい環境が整っていない点が考えられる。

(4)−4 ロシアインバウンド増加のための企業戦略 この現状において⽇本がロシアからのインバウンドを増加させるには、ターゲットを絞

っていくことが重要と考える。旅費が⾼い現状をすぐにでも解消するのは不可能といっても過⾔ではないため、まず最⼤ボリューム層である富裕者や、距離が近く割安で訪⽇することが可能な、ウラジオストクをはじめとする極東地域からのインバウンド誘致およびリピーター割合の増加を⾏う。具体的には⽇本の競合であるタイが⾏ったように、中央ロシアの富裕層や極東地域にむけ、そのニーズに沿った観光プロモーションを官⺠が連携して展開することで、⽇本の⾼い観光⽔準と、親⽇的なロシア⼈の傾向と潜在的な⽇本の⽂化・⾷への関⼼も相まって、リピーター割合を増加させていけると考える。これによって両国間の観光交流が盛んになり、旅⾏会社が⽇本の観光に関する情報を⼊⼿しやすくなるため、ロシアインバウンド市場活性化に⼤きく関連する、個⼈旅⾏への取り組みの強化が⾏いやすい環境が整っていくのではないだろうか。 実際にロシアの旅⾏代理店である tabitabi.ru は訪⽇ロシア⼈の個⼈⼿配旅⾏者向けにサービスを展開する経営を始めている。主にロシア⼈⽬線での観光地記事や⽇本観光に関する注意点などのコンテンツを掲載した Web サイト運営、⽇本に関する⼀定の知識を持つロシア⼈ブロガーによる記事を提供するなど、訪⽇ロシア⼈向けに専⾨性の⾼い情報を提供している。訪⽇ロシア⼈の多くが⼝コミサイトや個⼈ブログを参考に個⼈旅⾏⼿配を⾏うため、このニーズに沿ったサービスは、⾃治体や旅館・ホテルなどへ、ロシアからの観光客を誘致する効果的な PR になるものである20。tabitabi.ru や JTB など⺠間企業による情報提供の取り組みはロシアインバウンド増加に必要不可⽋なモノであり、⽇露の旅⾏代理店がより親密に連携を図っていくことも円滑に取り組みを⾏うために重要である。

また、観光交流が盛んになった後、⻑期的な視点から述べると⽇本の旅⾏会社が、先述したトルコの旅⾏会社が⾏ったように、訪⽇ロシア⼈を対象に⼤幅な早期割引プランを提供するなどの形で、⽇本旅⾏の⼤きな障壁である⾼価格が軽減されれば、潜在的には⽇本に⾏ってみたいと思っていたロシア⼈たちのニーズが満たせ、より気軽に⽇本旅⾏がしやすい環境になり、ロシアからのインバウンドを増加させられるのではないかと考える。このような展望へ近づくために、ビザの緩和や観光合意といった近年の動向は⾮常に意義のあるものであり、⽇露間の観光交流の活性化は、今まさに始まろうとしている段階といえるだろう。ロシアのみならず、他国からのインバウンドを増加させるには国や地域ごとの傾向やニーズを踏まえ、それに沿った観光資源の準備や、アピールを⾏い、そのうえ両国

20 tabitabi.ru(https://tabitabi.ru/jp/) 2020 年 1 ⽉ 31⽇アクセス

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間で観光交流が活発になるようにすることが、⻑期的なインバウンドの維持・増加には必要不可⽋だろう。

第 5 章 おわりに 2020 年の東京オリンピック・パラリンピックが終わると共に⽇本のインバウンドのピークは終わり、衰退の意を辿ると不安視されることが多いが、従来通りにするのではなく、時代やニーズの変化に沿った、内実の伴った観光交流を準備できれば⽇本のインバウンドが ⼤きく落ち込むことはないだろう。なぜならこれ程までに、気候、四季、⽂化、⾷が整っている国はそう多くなく、⽇本は、世界から⾒てビッグイベントがなくとも訪れたいと思う魅⼒的な国であることは間違いなく、関⼼満⾜度は⾮常に⾼い。この魅⼒的な国に外国⼈が多く⾳訪れてもらうには官⺠を挙げた戦略が必要であろう。 〜参考⽂献〜 ・姜 聖淑(2019)『グローバルツーリズム』中央経済社 ・Japan now 観光情報協会編著(2019) 『新世代の観光⽴国』 ・中村好明(2017)『儲かるインバウンドビジネスの 10 の鉄則』⽇経 BP 社 ・⻑⾕川恵⼀(2016) 『観光⽴国⽇本への提⾔』成⽂堂 ・⼭⼝⼀美、椎野信雄(2018)『新版はじめての国際観光学』創成社 〜参考論⽂~ ・⼩林天⼼(2013)「新⽣ロシアにおけるツーリズムの現状 : 国際観光の潜在的可能性について」『ホスピタリティマネジメント』vol.4,no.1 〜参考 URL〜 ・インバウンド NOW(https://inboundnow.jp/media/knowhow/2687/) 2020年 1 ⽉ 10 ⽇アクセス

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・MTC Japan (http://mtcjapan.ru/blog/832.html) 2020 年 1 ⽉ 10 ⽇アクセス ・外務省ロシアに対する対⽇世論調査(2016) (https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_003648.html) 2019 年9 ⽉ 12 ⽇アクセス ・観光庁観光統計 (http://www.mlit.go.jp/common/001226295.pdf) 2020 年 1⽉ 10 ⽇アクセス ・ 観 光 庁 消 費 税 免 税 制 度(https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/nouhaku/attach/pdf/171011-102.pdf#search=%27%E6%B6%88%E8%B2%BB%E7%A8%8E%E5%85%8D%E7%A8%8E%E5%88%B6%E5%BA%A6+2015%E5%B9%B4%27) 2020 年 1 ⽉ 8⽇アクセス ・観光庁 訪⽇外国⼈消費動向調査より引⽤ (https://www.mlit.go.jp/common/001066481.pdf) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス ・観光庁 旅⾏・観光消費動向 (http://www.mlit.go.jp/common/001287451.pdf) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス ・国⼟交通省観光⽩書(http://www.mlit.go.jp/common/001294467.pdf) 2020 年1 ⽉ 9 ⽇アクセス ・ 国 ⼟ 交 通 省 航 空 局 我 が 国 の LCC の 現 状 と 課 題(http://www.mlit.go.jp/common/001018980.pdf) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス ・JNTO 訪⽇旅⾏誘致ハンドブック 2017 欧⽶豪 9 市場編 (https://www.jnto.go.jp/jpn/inbound_market/fotufe000000ig33-att/russia02.pdf#search=%27%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E4%BA%BA%E6%B5%B7%E5%A4%96%E6%B8%A1%E8%88%AA%E5%85%88%27) 2020 年 1 ⽉ 10 ⽇アクセス ・JTB INBOUND SOLUTION インバウンド市場動向 2018 ロシア市場攻略 「https://www.jtb.co.jp/inbound/market/2018/japan-russia-forum-2018/」 2020年 1 ⽉ 10 ⽇ ・tabitabi.ru(https://tabitabi.ru/jp/) 2020 年 1 ⽉ 31⽇アクセス ・DBJ・JTBF アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査(2019 年度版)(https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2019/10/DBJ-JTBF-euroasia-report-2019.pdf) 2020 年 1 ⽉ 10 ⽇アクセス ・内閣府世論調査(https://survey.gov-online.go.jp/h30/h30-gaiko/2-1.html) 2019 年 9 ⽉ 12 ⽇アクセス ・⽇本政府観光局(https://www.jnto.go.jp/jpn/business/inbound/index.html) 2019 年 9 ⽉ 12 ⽇アクセス

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・訪⽇ラボ (https://honichi.com/visitors/europe/russia/data/) 2020 年 1 ⽉ 10⽇アクセス ・みずほ総合研究所 『みずほリポート』(2011 年 3 ⽉ 30 ⽇)

(https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/report/report11-0330c.pdf) 2020 年 1 ⽉ 8 ⽇アクセス