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「国際バカロレアの趣旨を踏まえた教育の推進についての調査研究」についての概要 服部 俊之 はじめに 本校は文部科学省により「国際バカロレアの 趣旨を踏まえた教育の推進に関する調査研究」 (平成 24 ~ 26 年度)の研究指定をうけ、国際 バカロレア(IB)のディプロマプログラム (DP)におけるTOKの趣旨を踏まえたカリ キュラムの研究開発を行っている。この研究集 録では、DPの概要と、主に平成 25 年度に行っ た授業の実践報告をまとめている。(DPおよ びTOKに関しては、次に掲載する「国際バカ ロレアのディプロマ・プログラムの考察-TO K(Theory of Knowledge)を中心に-」(宮 澤)により詳細にまとめられている。) 国際バカロレアの概要 国際バカロレアとは、世界の著名な大学への 進学に関する世界共通の入学資格の一つであ る。国際バカロレア機構(IBO)の定めたカ リキュラム、特に日本の高校における第2・3 学年~大学初等段階相当のカリキュラムである ディプロマプログラム(DP)の取得により、 大学への入学資格を得ることができる。 DPの教育内容は、日本の教育課程に位置づ けられる教科・科目の学習の他に、創造的・体 験的・奉仕的な活動を通じた学習を行うCrea- tivity/ Action/Service(CAS)、日本の総 合的な学習の時間に比較的近いイメージの学習 内容であるTheory of Knowledge(TOK)、課 題論文であるExtended Essay(EE)より構成 される。 本校では、DPの特徴の最もよく現れている TOKについての調査研究をテーマとした。 DP特にTOKと学習指導要領の関係 本校は、TOKの趣旨を現行の学習指導要領 に生かす、すなわち理性的な考え方や客観的分 析、論理的な思考力、さらには小論文としてま とめる力、プレゼンテーション能力などを高め るためのカリキュラムの研究を行っている。し かし、TOKの学習内容や学習方法は特殊なも のではなく、むしろ現行の学習指導要領にある 思考力・判断力・表現力等の育成の重視、教科 等を横断した課題解決的な学習や探究的な活動 に相当するものであり、アプローチの差異こそ あれ最終的に修得すべき内容、目指すべき目的 地は両者ともほぼ同じであると考えられる。こ の点を意識した上で本年度の研究においては、 総合的な学習の時間、現代文、倫理、数学にお いてTOKの趣旨を踏まえた学習内容、特に批 判的思考力の向上を目指したカリキュラム開発 を行った。 公立高校はIB認定校を目指せるか ~もう一つの研究テーマ~ 本研究において、IBの制度を研究すること により、公立高校がIB認定校を目指すにあた っての課題も明らかになってきた。これまでD Pの使用言語は、英語、フランス語、スペイン 語であったが、2015 年からは、物理・数学・芸 術以外は日本語で授業を行う日本語DPが認め られることになり、言語に対するハードルはか なり下がったが、依然として物理・数学・芸術 については英語で授業を行う必要があり、教員 の確保は難しい課題である。 資金面での課題も上げられる。まず、DP認 定校は、IBOに対し年間1万ドル以上を支払 う必要がある。また、DPの授業を行うには、 IBOの定めたワークショップに参加し、資格 取得が義務づけられる。その際の費用も 600 ド ル以上が必要となり、個人負担額としては大き い。こうした資金面での課題が解決されたとし ても、公立高校には異動が不可避であり、教員 確保は資金調達と合わせ大きな障害となる。従 って現状においては公立高校でのIB認定校申 請はかなり難しいと考えなくてはならない。 まとめ カリキュラム研究の成果として、批判的思考力 の向上が思考力テスト等のデータから認められ たことは大きい。来年度はさらに洗練されたカ リキュラム開発を目指すとともに、生徒の出す 成果論文やプレゼンテーション等の評価方法を 研究テーマに、研究担当者間で連携をはかり、 より質の高い研究を推し進めていきたい。
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Aug 07, 2020

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「国際バカロレアの趣旨を踏まえた教育の推進についての調査研究」についての概要

服部 俊之

1 はじめに

本校は文部科学省により「国際バカロレアの

趣旨を踏まえた教育の推進に関する調査研究」

(平成24~26年度)の研究指定をうけ、国際

バカロレア(IB)のディプロマプログラム

(DP)におけるTOKの趣旨を踏まえたカリ

キュラムの研究開発を行っている。この研究集

録では、DPの概要と、主に平成25年度に行っ

た授業の実践報告をまとめている。(DPおよ

びTOKに関しては、次に掲載する「国際バカ

ロレアのディプロマ・プログラムの考察-TO

K(Theory of Knowledge)を中心に-」(宮

澤)により詳細にまとめられている。)

2 国際バカロレアの概要

国際バカロレアとは、世界の著名な大学への

進学に関する世界共通の入学資格の一つであ

る。国際バカロレア機構(IBO)の定めたカ

リキュラム、特に日本の高校における第2・3

学年~大学初等段階相当のカリキュラムである

ディプロマプログラム(DP)の取得により、

大学への入学資格を得ることができる。

DPの教育内容は、日本の教育課程に位置づ

けられる教科・科目の学習の他に、創造的・体

験的・奉仕的な活動を通じた学習を行うCrea-

tivity/ Action/Service(CAS)、日本の総

合的な学習の時間に比較的近いイメージの学習

内容であるTheory of Knowledge(TOK)、課

題論文であるExtended Essay(EE)より構成

される。

本校では、DPの特徴の最もよく現れている

TOKについての調査研究をテーマとした。

3 DP特にTOKと学習指導要領の関係

本校は、TOKの趣旨を現行の学習指導要領

に生かす、すなわち理性的な考え方や客観的分

析、論理的な思考力、さらには小論文としてま

とめる力、プレゼンテーション能力などを高め

るためのカリキュラムの研究を行っている。し

かし、TOKの学習内容や学習方法は特殊なも

のではなく、むしろ現行の学習指導要領にある

思考力・判断力・表現力等の育成の重視、教科

等を横断した課題解決的な学習や探究的な活動

に相当するものであり、アプローチの差異こそ

あれ最終的に修得すべき内容、目指すべき目的

地は両者ともほぼ同じであると考えられる。こ

の点を意識した上で本年度の研究においては、

総合的な学習の時間、現代文、倫理、数学にお

いてTOKの趣旨を踏まえた学習内容、特に批

判的思考力の向上を目指したカリキュラム開発

を行った。

4 公立高校はIB認定校を目指せるか

~もう一つの研究テーマ~

本研究において、IBの制度を研究すること

により、公立高校がIB認定校を目指すにあた

っての課題も明らかになってきた。これまでD

Pの使用言語は、英語、フランス語、スペイン

語であったが、2015年からは、物理・数学・芸

術以外は日本語で授業を行う日本語DPが認め

られることになり、言語に対するハードルはか

なり下がったが、依然として物理・数学・芸術

については英語で授業を行う必要があり、教員

の確保は難しい課題である。

資金面での課題も上げられる。まず、DP認

定校は、IBOに対し年間1万ドル以上を支払

う必要がある。また、DPの授業を行うには、

IBOの定めたワークショップに参加し、資格

取得が義務づけられる。その際の費用も600ド

ル以上が必要となり、個人負担額としては大き

い。こうした資金面での課題が解決されたとし

ても、公立高校には異動が不可避であり、教員

確保は資金調達と合わせ大きな障害となる。従

って現状においては公立高校でのIB認定校申

請はかなり難しいと考えなくてはならない。

5 まとめ

カリキュラム研究の成果として、批判的思考力

の向上が思考力テスト等のデータから認められ

たことは大きい。来年度はさらに洗練されたカ

リキュラム開発を目指すとともに、生徒の出す

成果論文やプレゼンテーション等の評価方法を

研究テーマに、研究担当者間で連携をはかり、

より質の高い研究を推し進めていきたい。

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「TOKの趣旨を踏まえた授業」の実践報告

村上 広美 黒川 千鶴子

森 也寸司 伊藤 友一

1 はじめに

TOKについて、調査研究をする中で、TOK

の趣旨の中核が批判的思考力の育成であるのでは

ないかという考えを得た。そこで、批判的思考力

育成の授業とその方法を日本、アメリカの大学で

一般教養科目として実践されている講義、演習を

中心に様々な文献を拠り所に調査研究を行った。

(1)批判的思考とは

「相手を批判する」思考という狭い意味では

なく、自分の推論過程を意識的に吟味する反

省的な思考であり、何を信じ、主張し、行動

するかの決定に焦点を当てる思考である、と

定義される。したがって、すべての学問分野

に必要とされる思考力、思考技術と位置づけ

られている。

(2)批判的思考の構成要素

①認知的側面である能力やスキル

②情意的側面である態度や傾向性

に、大別される。

①の構成要素として、

(a)基礎的な明確化

(b)推論の基盤の検討

(c)推論

(d)推論後の明確化

(e)方略

②の構成要素として、

(a)明確な主張や理由を求めること

(b)信頼できる情報源を利用すること

(c)状況全体を考慮する、重要なもとの問題

とずれないようにする

(d)複数の選択肢を探す

(e)開かれた心をもつ(対話的思考、仮定に

基づく思考など)

(f)証拠や理由に立脚した立場をとる

などが挙げられる。

(3)思考力育成教育の方法

思考力育成の教育の内容は、「分析、実践、

創造」に大別される。実際の授業は、詳しい

テキストとワークブックを用いて、講義と演

習とで行われている。

方法として、

①知識の教授

②スキル・方略の教授と訓練

③読書

④ビデオ・TV・映画などの視聴

⑤作文

⑥討論

⑦グループプロジェクト

⑧ゲーム

などが挙げられる。それぞれ単独で、ではな

く、様々に組み合わせて使用する。

以上が「批判的思考力育成の授業とその方法」

の概略であり、「TOKの趣旨を踏まえた授業」

を実践する全員は、これを共通概念とした。具体

的には、国語(現代文)では、プロットやテーマ

の正しい読解、自己の問いの明確化、分析、批判

のスキル、作文や発表といった創造に関するスキ

ルの獲得を目標の中心に置いた。総合Ⅰでは、国

語の目標に加えて、異文化の視点の理解、人間の

認知のバイアスの理解なども目標にした。公民(倫

理)では、形式論理、非形式論理のスキル、概念

分析のスキルの獲得など、数学では、対象の特徴

を把握し分析するスキル、仮説検証する批判のス

キルなどの獲得を目指した。それぞれの実践報告

を後述する。指導対象は普通科2年生2クラス(そ

れぞれ40人)であった。

2 実践報告

(1)国語(現代文)

TOKに基づいた国語(現代文)の授業の概要

は以下の通りである。

1)年間を通しての授業方法

授業は「スローリーディング」を目指す。具体

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的には、最初に初読の感想を書かせ、教材への関

心を高め、自分独自の問いを明確にし、本文とこ

れまでに獲得している知識という情報とのつなが

りを発見させる。次に、自分の問いに自分で考え、

何かしらの答えを見いだせるよう、発問と応答を

繰り返し、各段落の最後に、文章全体の文脈との

関連を振り返ることができるように要約をさせ

る。批判的に考えながら読み進め、それを丁寧に

表現できるように、考える時間を充分に与えるこ

とに留意した。以上を積み重ね、最後にまとめと

して文章全体の「要約・メモ」「要旨・主題」「感

想」を家庭学習で行うという形式で、すべての授

業を計画し、実践した。批判的思考の様々なスキ

ルの必要性、多様性を認識させるために、各定期

試験は、授業で扱う教材と関連性の高い初見の文

章を使って作問した。また、試験も含めて、学習

活動の振り返りを行うために各定期試験返却時に

「リフレクションシート」(資料1)への記入を

行わせた。こうした活動を継続することで、批判

的思考のスキルを獲得し、初見の文章の読解が可

能になることを実感させたいと考えたからであ

る。さらに、総合Ⅰと倫理の授業進度や内容をつ

ねに伝え合いながら、授業を行った。指導者自身

の視点の多角化が可能になっただけでなく、違う

科目にも関連があることを意識させ、知識は、つ

なげていくことでより顕著な効果を生み出すこと

を生徒に実感させることができた。

2) 扱った教材

(1)第1期

「考える楽しみ」(西研)、「考える人」(池田晶

子)、「子どものための哲学対話」(永井均)、「知

識ゼロからの哲学入門・前書き」(竹田青嗣)、「様

々なる意匠」(小林秀雄)、「『今ここにいる自分』

の謎を解く―哲学への招待」(北側東子)

第1回定期試験の素材文は、「哲学の練習問題」

西研、「新・考えるヒント」池田晶子、「哲学か

らのメッセージ」木原武一

*「考える」、「思考する」とはどういうこと

か、についてじっくり考え、「批判的思考」を意

識させた。

(2)第2期

「山月記」(中島敦)、「文字禍」(中島敦)、「狼

疾正伝」(川村湊)

第2回の定期試験の素材文は、「山月記」、「狼疾

記」(中島敦)、「『山月記』論―二律背反と逆説

の世界」(濱川勝彦)

*文学作品を、批判的に考えながら読むことを

体験させた。

*批判的思考の具体的スキルとして、マインド

マップの使用を積極的に取り入れた。講師を招聘

し講習(2時間)を行ったが、多くの生徒が、作

文をするときに有効だったとその効果を認識し、

読解にも活用している。

*7月上旬に一回目の「批判的思考力テスト」、

「批判的思考態度テスト」を実施

資料1 リフレクションシート

資料2 「夏の花」マインドマップ例

実物はA3カラー

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(3)夏休み

「確認されない死の中で」(石原吉郎)のプリン

トを完成させる、「夏の花」(原民喜) の内容を

マインドマップで書くという課題(資料2)を与

えた。

*夏休みは、「戦争」がマスメディアでよく扱

われる。それらに接したときに、関心がより強く

なり、多様な意見を傾聴でき、自分の考えを持て

ることを期待して、教材を選んだ。

(4)第3期

「読む行為」(内田樹)、「名づけの魔力」(佐々

木健一)、「言語の経験」(熊野純彦)

第3回定期試験の素材文は、「名づけの魔力」(佐

々木健一)、「読者はどこにいるのか」(石原千秋)、

「ためらいの倫理学」(内田樹)

*批判的思考はもちろん、「考える」という行

為のメディアとして、言語の重要性を意識させ、

思考のスキル向上を目指した。また、様々な言語

観を知ることで、言語そのものへの関心を高めさ

せた。(資料3)

*12月上旬に二回目の「批判的思考力テス

ト」、「批判的思考態度テスト」を実施

資料3 「言語の経験」公開授業より

(5)冬休み

「言語活動は、道具にすぎないのか?」という問

いに2000字程度で解答することを課題にし

た。その際、構想をマインドマップ(資料4、5)

を使用して行い、それも提出することとした。ま

た、使用する原稿用紙は、TOKを意識して本校

で作成したものである。(資料6)

*思考と切り離せない言語について、多様な考

えを知り、それらを基軸にじっくり考え自分なり

の言語観を構築することを期待した。

資料4、5

資料6

(6)第4期(現在進行中)

「こころ」(夏目漱石)、「畏怖する人間」(柄谷

行人)、「七番目の男」(村上春樹)

*文学作品を読むことで、第3期で既習した「読

む行為」を体験させ、「読者」である自分につい

てあらためて考えさせ、プロットやテーマの分析、

批判のスキルの自己評価ができることを目標にす

る。 (文責 村上)

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(2)総合Ⅰにおける TOKの活用について。1 授業実施に至るまで。

1)情報収集段階

国際バカロレアが主催するワークショップ

が国内で初めて玉川大学キャンパスで開かれ

た。

TOK カテゴリー1に、黒川、高松が参加

言語 A 日本語 カテゴリー1に村上、CAS管理職むけカテゴリー 1に 校長、宮澤教頭(当

時)が参加した。

2)TOK概要把握ワークショップ参加者に certificate が発行さ

れた。認定校でも、ディプロマの授業をするに

はこのワークショップ認定証を受けないと教え

る資格がない。

教科書購入後、英語での内容を日本の授業で

行うため、教科書の趣旨を踏まえ、同様の教育

方 法 を 調 べ る 作 業 に 入 っ た 。 Theory ofKnowledge (TOK)は、国際バカロレアのディプロマの教育の根幹科目である。学問の基幹とな

る、方法論、分析的思考、哲学を様々な角度か

ら、生徒に吟味させ、自分たちの世界の問題に

引きつけさせる、生徒主体の科目で、この科目

を通じ、大学の教養部レベルに通ずる、自立し

た研究者としての素地形成をはかる。授業形態

も、担当者により様々であるとのことだが、参

加型の授業で従来の教え込み型の授業とは異な

り、理性的考え方、客観的精神、論理的思考力

育成をめざしている。

評価の対象となるのも、プレゼンテーション、

課題文に対するエッセイの 2 点で、エッセイについては外部評価となるため、基準も公開され

ている。それらの資料を調べていくと、基本的

には海外大学の学生向け資料がずいぶん参考に

なることがわかった。海外大学の参考資料等か

ら必要な情報を収集した後、国内の教育論文、

書籍等を担当教員で手分けして調べ、翌年度の

授業シラバス作成へと向かった。

この段階で利用した参考書籍:

“The International Baccalaureate DiplomaProgramme An Intoroduction for Teachers andManagers”監修 Tim Pound 2006年 Routledge出版

“Theory of Knowledge for the IB Diploma”

Richard van de Lagemaat 2005,2011Cambridge 出版

『批判的思考力を育む-学士力と社会人基

礎力の基盤形成』

楠見孝・子安増生・道田泰司

2011年 (有斐閣)

『クリティカル・シンキングと教育 日本

の教育を再構築する』

鈴木健・大井恭子・竹前文夫 編

2006年(世界思想社)『クリティカルシンキング(入門篇)』

(北大路書房)

『クリティカルシンキングの教科書』

(PHP研究所)

『〔実況〕ロジカルシンキング教室』

(PHP研究所)

『大学生のためのリサーチリテラシー入門

:研究のための8つの力』

(ミネルヴァ書房)

『大学生のための日本語表現トレーニング

スキルアップ編』(三省堂)

『実践知-エキスパートの知性』

(有斐閣)

『批判的思考力を育てる-授業と学習集団

の実践』(日本標準)

『教えて考えさせる授業を創る』

(図書文化社)

『MD現代文・小論文』(朝日出版社)

『創造の方法学』 高根正昭

(講談社現代新書

『知識の哲学』 戸田山 和久

2002 年(哲学教科書シリーズ) 産業図書“The Pig That Wants to Be Eaten:100

Experiments for the Armchair Philosopher”Julian Baggini 著

“The Complete Philosophy Files”Stephen Law, Daniel Postgate 著

3)シラバス作成へ

TOKの設定・タイムラインガイドによると、授業時間数の設定は 100 時間以上。現在のカリキュラム内容を変更せずに全てを 100 時間当てることは難しい。そこで、「知識の性質」「知る

ための方法」の章を中心とし、総合Ⅰ、国語、

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倫理担当者で連携し、言語技術の向上、教科横

断的内容に、つながるようシラバス構成をした。

2 総合Ⅰにおける授業実践

英語総合での授業に関して本校は日本で育

ち、日本で教育を受けてきた生徒のため、抽象

的内容になると全てを英語で実施するのは難し

いため、資料は TOK の英語の教科書をそのまま用い、使う言語は英語、日本語両方を用いた。

また、英語での小論文を書くための力も養成す

るため、大学生向けのエッセイライティングの

教科書も用いて、記述力向上も目指した。

英語の総合の時間は週に 1 時間しかなく、また、クラスサイズは 40 人と、バカロレアが指定するクラスサイズの倍で、限られた環境では

あるがグループ活動、ペアワークなど TOK の手法を取り入れた、多角的な活動を生徒に実践

させた。

授業記録

第 1回 バカロレアについての説明

知識とはなにか(the nature of knowledge)確実に知っていること、本当の知識とは何かを

問う活動を行った。

英語で歴史に関する記述、科学に関する記

述、数学に関する記述などを読み、どの程度の

自信を持って知っていること、事実と言えるか

を考えさせた。

第 2回 エッセイライティング ①

意見サポート型 結論、理由

~だから・・ と考える

4 人一組のグループ協力し、基本となるエッセイを書き上げる。その後、各自自分の意見

でエッセイを書き上げ提出。

第 3 回 この段階でのエッセイで、生徒の観点が

まだ限られたものであることを踏まえ、次の

演習を行った。

無意識に持つ慣習的考え方に気づく演習

タイムの表紙マララさんの写真、

Justice ( Michel Sandel) Same Sex Marriage文化的相対主義について考え、Secondhandknowledge についての考察をさせた。

第 4回 知識の領域言語

OED の前身となる古い辞書を見せ、言語の

定義の変化について考える。

世界が一つの言語になったらどうなるか考え

る演習。翻訳の問題や言語による範疇化と、

ステレオタイプについて考察を行った。

第 5回 エッセイライティング ②

意見サポート型

分析 トピック提示 サポート理由列挙

第 6回 授業変更でマインドマップ講習

第 7回 Reason理性がいかに知識を得るのに役立つかについ

て考察する。

虚偽のパターンについ説明を聞き、さらに 3段論法、虚偽の文について学び、プレゼンテ

ーションの準備をする。TOK では学んだ事柄からさらに real life situation への気づきを

促すことが重要であるため、自分たちで資料

を探す指示を出した。

第 8回 新聞、広告に見られる論理展開のねじれ、

虚偽の指摘 プレゼンテーション

第 9回 リフレクションシート配布

エッセイライティング ③

意見サポート型 理論・証明

第 10回 感情について考える。

感情が知識獲得や、理性とどのように関わる

かを壁に貼りだした紙に自由に記述させなが

ら、クラスメートの意見をみる、エモーショ

ンウォークを行った。

第 11回 エッセイライティング

グラフコメント

第 12回 グラフコメント 完成

英文は ALTに頼んで添削してもらう。

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第 13 回 感情の必要なジャンル・感情の不必要

なジャンルを考える(図書館を利用)

一見関係のなさそうな本からテーマを持って

読み込む活動を促す。その分野で、参考になり

そうな本を見つけ、その本がどのような点で役

に立つのか英語でプレゼンテーションする。

米国の小学校教科書を用い、何を書くか、グ

ループでブレインストーミング

(ワールドカフェ形式・ポストイット使用)

第 14 回 グループ内で本の紹介を英語で行う。

企画書を提出する。

グループ内でプレゼンテーションの相互評価

を行わせた。

第 15 回 提出した資料でポートフォリオの作成

どの回の授業が特におもしろかったかのコメ

ント。また、自分の取り組みについて自己評価

を行わせた。

*生徒たちの感想

・4 月の時より論理的に考えるようになったと思う。

・エッセイの書き方、読み方で力がついた

と思う。

・誤謬のパターンについて学んだときには

難しくて頭がパンクぎみでしたが、受け身

ではなく、疑問や意見を持ちながら文を読

むことが重要だと思った。おもしろかった。

・グループでいろいろなテーマについて話

し合ったことが良かった。

など、総合での活動内容に興味を持って取り組み、

その効果に満足をしている生徒が多かった。

今後の取り組みとして、さらに抽象度の高い内

容でも、分析的に考え、表現する力をつけさせた

いと考えている。

(文責 黒川)

(3)公民(倫理)

共生社会の形成に必要な価値観を考える「倫理」の授業

―言語活動の充実図り、自他の価値観を批判的に検討する―

1 指導のねらい

平成25年に制定された「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」は、全ての国民が共生で

きる社会の実現に向け、障がいを理由とする差別の解消を推進するものである。ここには、「解消の推

進」を図らねばならない「障害を理由とする差別」が存在すること、しかもその差別は「一部の人」に

よるものではなく、「全ての国民」が日常的に関わることであると捉えられている。しかし、生徒は、

自己に関わる課題とは認識していない。また、この課題への対応を問われると「相手の立場に立った行

動をする」と言うが、自己の行動や考え、価値観が本当に「相手の立場に立った」ものか否かを検討し

たことがない。

この現状を基に、生徒に「他者がどう受け止めるか」という視点から、自分の考えや価値観を振り返

らせた。その上で、「共生社会をつくるために必要な価値観とは何か」について考えさせた。その際、

「探究する人」、「考える人」、「振り返りができる人」などを理想の学習者像とし、課題発見能力や論

理的思考力の育成を重視する「国際バカロレア」の趣旨を踏まえて、より言語活動を充実させながら自

己の主張を展開させことをねらいとした。

2 使用する教材

(1) テレビ番組

障がい者福祉に関する番組を視聴し、思ったことや考えたことなどをまとめさせる。

(2) 統計(資料1)

「障害者の社会参加促進等に関する国際比較調査」(平成18年度内閣府)の結果から分かること

を考えさせる。

(3) 法律・条約(資料2及び3)

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「障害者の権利に関する条約」や「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」をもとに、

学習の目的を明確にしたり、国際的な考え方を理解したりさせる。

3 授業に至る過程:「国際バカロレア(特にTOK・知識の理論)」の趣旨を踏まえる

下記4に示す授業に至るまでに、「国際バカロレア」特に「TOK(知識の理論)」の趣旨を踏まえ

た授業を展開した。これは、教科書などに記されている知識などを習得することを授業の目的とするの

ではく、それを手段として活用し、課題に対して自分の主張を論理的に構築できるようにすることを目

的としたものだといえる。その概略(の一部)を示す。

(1) 「倫理」学習の導入…学習に際して必要となる視点

ア 「他者の他者」としての自己

自己の在り方生き方を考える際に、自己は「他者と共に生きる」存在であること、つまり「他

者の他者」であることを踏まえた視点が必要となることを理解させた。

イ 「考える」

「考えるとはどういうことか」について、「思う」との対比の中からデカルトやパスカルらの

言葉を参考に、理解させた。

(2) 先哲の思想…上記(1)を踏まえて

ア 自然哲学と神話

自然哲学者の主張と神話とを比較し、世界観について類似点と相違点を考えさせた。前者は「世

界や万物には何らかの成り立ち(原因)がある」とする視点が考えられる。一方、後者は「その

成り立ちを神という超人間的存在に求めるのではなく、人間の思考が世界解明の前提である」と

いう点を理解させた。こうして哲学(的思考)の前提を捉えさせた。

イ 哲学

たとえば「ソクラテスがソフィストから学んだことは何か」という問いを予め生徒に提示し、

それに答える形で、双方の主張を理解させた。授業では、「ソクラテスはソフィストの相対主義

(的思考)に否定的であった」という点を強調し、「普遍的な知を追求した」と教授しがちであ

る。しかし、ソフィストを否定的に捉えるだけでなく、「肯定的に捉えた場合に見えてくること」

をも踏まえ、多面的に思考するため、「学んだこと」という問いにした。その上で、「問答法」や

「無知の知」といったソクラテスを説明する語句を捉えさせた。

また、「思い込み(ドクサ)」を克服し、「真の知」を得るとはどういうことかを「考える」と

いう視点から考察させた。

4 授業計画

上記3のような授業を行った後、2学期には、以下の計画に基づいて、既習の内容を活用して課題を

探究させる学習を実践した。

(1) 第1時限

目標:非障がい者(生徒自身)が障がい者に対してもっている考え方や、その根底に

ある価値観などを自覚させるとともに、統計を読解し、障がい者を取り巻く現

状についての日本人の考え(傾向性)を理解させる。

学習内容 学習活動 指導上の留意点 評価

・授業について ・授業の進め方につい ・法律を読み、課題克服の行動、価値観の形成

導 ての説明を聞き、授 が必要なことを指摘する。

入 業展開を理解する。 ・「他者の立場に立つことが必要だ」と言われ

るが、どういうことかを考えるよう指示する。

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・ 行 為 、 考 え の ・他者の意見と、自分 ・障がい者に対して行った行為や動機を①~③

振り返り の意見とを比較させ の点について挙げさせる。

る。 ①「誰(どんな人)」に

②「何を」

③「なぜ」した・しようとしたのか

展 ・数名の生徒に発表させる。

・ 先 輩 の 意 見 か ・先輩の意見を検討し ・先輩の意見を検討して、行為に至るプロセス

ら分かること て、行為に至るプロ を分析する。

セスを分析する。 例:誰に:杖をついている人

何を:電車の席を譲った

なぜ:立っているのが大変そう

・問に答える。 ・「立っているのが大変そう」という考えの背 ◎

例:他者の辛い状況を 後にある「考え・価値観」を考えさせる。

開 放置すべきでない。

(バリア・フリー)

・ 自 分 の 意 見 の ・自分の意見を分析す ・先輩の意見に倣って、自分がしたことの前提

分析 る。 となる考え・価値を分析させる。

・ 統 計 ( 表 ) の ・統計から分かること ・統計から分かること (用意した内容 )をもとに

読解 をもとに、話し合う。 話し合わせる。

ま ・ 今 時 の 学 習 内 ・自分がもっている障 ・自分の考えや統計を踏まえ、現時点での「障

と 容の確認 がい(者)観をまと がい者観」をまとめさせる。

め める。

本時の評価(◎)規準

・生徒との対話の評価規準【関心・意欲・態度】

障がい者と非障がい者との共生の実現という課題に対して、自己の考えを分析して価

値観を理解し、課題に対して倫理的視点から探究しようという意欲がみられる。

(2) 第2時限

目標:テレビ番組の視聴や条約の内容などを通して、非障がい者が抱きがちな考え

方や先入観などを理解させるとともに、これまでとは異なる立場に立たせるこ

とで、自分の考えを批判的に検討させる。

学習内容 学習活動 指導上の留意点 評価

導 ・ 本 時 の 学 習 内 ・指示を聞く。 ・番組を視聴しながら、「他者を思いやる・他

入 容を理解 者の立場に立つ」とはどういうことかについ

て、考えたことを記入するよう指示する。

・番組視聴 ・番組を視聴する。 ・「障がい者に対する対応や、その前提となる

考え方」について批判的に検討した番組で

展 あることを説明する。

・問に答える。 ・「非障がい者は、なぜ障がい者に対してその

例:相手が必要として ような対応をするのか」を考えさせる。

開 いることが分から

ないから。

・問に答える。 ・非障がい者のもつ「障がい(者)観(イメー

例:○:できることが ジ)」に対して、どんな疑問が投げかけられ

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ある ているかを考え、次の形式で記入させる。

□:何も(一人で 本当は○○なのに、非障がい者は、□□と捉

は)できない えているのではないか。

展 ・ 言 葉 か ら 分 か ・問に答える。 ・「ある上肢の障がいをもつ人の言葉(4 指

ること 導上の工夫(3))」から、問を考えさせる。

例:対等ではない。 ①非障がい者と障がい者との人間関係の現状を

どう捉えているか。

例:対等・お互い様・ ②本来人間同士の関係をどうあるべきと捉えて

持ちつ持たれつ いるかを考えるか。

・自分=「~する主体」=不自由なし

開 相手(障がい者)=「~される客体」

=不自由、できないこと多い

・問に答え、(相手の立場に立つとはどういう

ことかについて)考えを深めさせる。

・ 条 約 か ら 分 か ・「 条 約 」 の 一 部 を 読 ・条約から分かることは何か考えさせる。

ること んで問に答える。 ・個々のモノに存在するバリアを無くすだけで

例:障がいの定義や捉 はなく、障がい者個人の(特殊な)課題でも

え方は、変化する。 ない。

:他者との関係の中

でつくられる。

ま ・ 本 時 の 振 り 返 ・「障がい者から投げかけられた疑問」や「条 ◎

と り 約」を踏まえて、自分の行動、前提となる考

め えを再検討させる。

本時の評価(◎)規準

・ワークシートの評価規準【思考・判断・表現】

視聴した番組や条約などの資料の内容を踏まえ、障がい者の立場や国際的な視点に立

って自己の考え(障がい(者)観)を見つめ直している。

(3) 第3時限

目標:これまでの学習内容を踏まえ、新たな視点から自己を見つめるために必要な

考え方のヒントを先哲の思想から見いださせる。

学習内容 学習活動 指導上の留意点 評価

導 ・ 本 時 の 学 習 内 ・先哲の思想を知り、課題の解決に向

入 容を知る。 の示唆を得る。

・カントの道徳 ・問に答える。 ・カントの言葉から、人間の現状をどう捉え

例:様々な規律は、守る ているか、行為が「善・道徳的である」た

展 べきだが、自分は特 めにはどんな点を踏まえることが必要かを

別だ。 考えさせる。

①『汝の意志の格率…』

開 ②『あなたの人格に…行為せよ』

・ ロ ー ル ズ の 考 ・ロールズの考え方を理 ・「無知のベール」・「公正としての正義」とい

え 解する。 う考え方を簡潔に説明する。

ま ・ 先 哲 の 思 想 か ・先哲の思想を踏まえて ・先哲の思想から分かることを考えさせ、そ ◎

と ら分かること 分かること 、い え るこ れを踏まえ、前時までの考え方を見つめ直

め とを考える。 すよう指示する。

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本時の評価(◎)規準

・ワークシートの評価規準【知識・理解】

先哲の思想を、課題を見つめるために必要な視点として位置づけ、課題を多面的多角

的に捉える知識・概念として身につけようとしている。

(4 ) 第4時限

目標:学習成果を踏まえ、これまでの「障がい(者)観」を超えて、ノーマライゼ

ーションやQOLなどの概念を踏まえ、共生社会を形成するために必要とな

る考え方・価値観について考えさせる。

学習内容 学習活動 指導上の留意点 評価

導 ・ 本 時 の 学 習 内 ・バリアフリーにとどまらず、この課題を考

入 容を理解 えるための視点や価値観について考え、ま

とめることを指示する。

・統計の読解 ・「統計からいえること」・「バリアフリーは知っているがノーマライゼ

を振り返る。 ーションは知らないということは、…」を確

認させる。

・ ノ ー マ ラ イ ゼ ・ノーマライゼーション ・ノーマライゼーションの概念を教授する。

展 ーション とはどのような考え方 例:障がい者の生活を非障がい者と同様に

かを理解する。 するための生活状態の改善を指す。障

がい者の人権を守り、障がい者自らが

権利を行使する主体である。

開 ・問に答える。 ・現在では、どのような考え方に発展・深化

例:生活の質・内的な充 していると考えられるか発問し、考えさせ

足=QOL る。

・ マ ン ダ ラ の 実 ・「マンダラ」を知る ・「マンダラ」の方法を理解させ、それを用い

施 ・「マンダラ」を行う。 て、QOLについて思い浮かぶことを個人

①個人で 及びグループで挙げさせる。

②グループで

ま ・まとめを作成 ・まとめを作成する。 ・一連の学習の内容及び先哲の思想を踏まえ、 ◎

と 自分の考えを展開させる。

本時の評価(◎)規準

・ワークシートの評価規準【思考・判断・表現】

これまでに学習した内容を踏まえ、他者の立場に立つとはいかなることかを問い直し、共生社会の

在り方や、そこでの自己の在り方生き方などについて思索をし、その過程及び結果を適切に表現して

いる。

5 指導上の工夫

(1) 言語活動を充実させる

個人及びグループで、生徒が意見を表明する機会をできるだけ多く設定した。また、「マンダラ」を

用いてアイデアを出しやすくした。これは、自他の考えを整理し、表現しながら冷静に見つめ直すこと

を通して、その意見が「どのような立場(現状認識や課題意識)や価値を踏まえたものか」という点を

分析させ、多面的で深い思考へと導くための活動である。また、「国際バカロレア」におけるDP(D

iplioma Programme:16~19歳を対象としたプログラム)において必要な「理性的な考え方と客観的精

神を養う」ことや、そのカリキュラムである「偏見や偏狭な考え方を正し、論理的思考力を育成する」

TOK(Theory of Knowledge:知識の理論)の趣旨を生かす活動である。

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(2) 他者の立場に立ち、自分の立場(主張)を相対化させる。

ある上肢の障がいをもつ人はこう語る。

「電車内の棚に荷物を上げるのを手助けしてもらう際に、障がいをもたない人はごく自然に『ありが

とう』といえるだろうが、自分はちがう。『ありがとう』というたびにチクリと痛む。

「ありがとう」という言葉は、言う側、言われる側双方の「うれしさ・心地よさ」を表現する。し

かし、言う側の心が「チクリと痛む」のは、「本来、人間同士の関係は、水平の互恵的(持ちつ持た

れつ)な関係であるべき(あるはず)なのに、そうではない(垂直的・一方的である)」ことへの悔

しさや惨めさが表現されている。上記の例やテレビ番組の視聴を踏まえて、障がい者の視点を理解す

ることを通して、生徒を他者の立場に立たせ、自己の考えや価値を批判的に検討する契機にしようと

考えた。

(3) 自己の考えや価値観を知る

自己の生き方や課題とつなげて現代の倫理的諸課題を探究させるためには、自分の行動のみならず、

その前提となる考えや価値観を見つめることが必要である。特に価値観は、普段あまり意識していな

いため、それを気にかけることがない。そこで、ワークシート等に書かせ、先哲のそれと比較させる

など、価値観に目を向けさせるよう工夫した。

(4) 統計(資料1)の読解をさせる

生徒に、統計から分かることを考えさせ、自己の考えとの共通点や相違点などを理解させようとし

た。その際、意見が出やすくなるように、ある程度読み取れることの内容を提示し、重要な部分を空

欄として、そこに適当な言葉や語句を補充させるようにした。

6 評価(主として第2時限)

この時限は、前時に振り返った自己の考えや価値観を基にした「既存の障がい(者)観」

と、テレビ番組の視聴や条約などを踏まえた上でのそれを対比し、その変容を自己が認識す

ることをねらいとしている。評価の観点のうち「思考・判断・表現」を重視している。

第1時限における「障がい(者)観」 第2時限における「障がい(者)観」 評価

生 普通の(障がいを持っていない)人 条約などを踏まえると「健常者や環境と障がいを持

徒 とは明らかに行為または肉体的に異 つ人との間で発生すること」だと分かる。つまり障が B

a なる(劣っているのが一般的)。 い者とは、障がいを持っている人で、他者に何らかの

形で差別的に扱われている現状が推測できる。

生 日常生活で、身体的な理由によって その人だけの問題ではなく、そうでない人の態度や社

徒 何らかの不自由を強いられている人。 会の環境によって生じている、いわば社会全体の責任 A

b がある。社会をつくるのは自分だけど、それを自覚し

ていない人(自分も)多いのではないか。

これはワークシートに示された生徒の意見である。第1時限では、障がいを「それをもつ個人が負う

べき課題」として捉えている。したがって、「非障がい者には(基本的に)関係のない課題」という見

方が生まれるとともに、障がい者を、「非障がい者に助けられる客体」として位置付けることになる。

しかし、第2時限では、障がいの有無にかかわらず、ともに「関わりをつくる主体」として位置付けて

いる。こうして、生徒も含め、非障がい者に課題が共有され、この課題を考える意味を見いだすに至っ

ていると評価できる。この上で、生徒bの意見には、「社会全体の責任」という視点、さらに「社会を

つくるのは自分である」という「社会形成の主体」という視点も示され、多面的に、自己にかかわる課

題であるという認識が見られる。

また、授業後のアンケートにも、認識の深まりがうかがえるコメントが多い。

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意 今回の授業で分かったこととして、自分も障がい者に対して偏見を持つ者の一人なんだということが

見 ある。「障がい者は自立して生活できない」とか考えていた自分を少し恥じた。日本人全体としてそ

1 う考え、少し遠い存在として捉えているんだなということも同時に分かったし、その原因は何だろう

と考える機会になったと思う。

意 障がい者は割合として少数だということもあるだろうから、世論に対する影響力が小さいのか?その

見 ため、政治的に改革が遅れているのではないか?それに伴って、人々の関心も低くなり、気配りが不

2 足し、気付かないところで障がい者を苦労させてしまっているのではないだろうか?

これらの意見にも表れているが、自己の考えや価値観を客観的に見つめ、それを吟味し上で、そこに

見られる傾向や自己及び社会の対応へと、生徒の思考が深化していることが分かる。この点で、計画し

た第2時限の授業展開及びその目標は、おおむね達成できていると考えられる。

7 課題

まず、計画した時間内に完結しなかったことが挙げられる。クラスやグループによっては、想定以上

に真剣な話し合いが行われた。「もう少し自分の意見を固める時間が欲しい」という生徒の意見からは、

高い意欲をもっていることがうかがえ、その意欲を評価しつつ、深い思索に導くため、計画を効率的に

すすめるための改善が必要と考えられる。また、「自分が他の人と違う意見だと、逆に手を挙げにくく

なることがある」という意見も出された。これは、自己の意見を述べたり他者の意見を聴いたりする際、

主張・結論だけでなく、それを導き出すまでの過程を共感的に受け止めるような指導の工夫が必要だと

考えられる。

8 資料

(1) 資料1 統計(一部)とその読解

表1 障害に関する言語の周知(%)

全 体 バリアフ ユニバ サールデ ノー マライゼ シー リハビ リテー ショ グ ルー プ ホー ム 点字 手話 パ ラリンピ ック スオペ シャルオリ デ ッフリンピ ッ 全て知ら わからな

(人) リー ザ イン ョン ン ンピ ック ク ない い

日 1093 93.3 31.8 15.8 89 57.7 94.1 97.7 94 12 2.8 0.6

独 1001 67.4 23.1 52.6 94.5 89.2 97.1 94.6 85.9 46.5 48.7 0.2

米 1001 25.3 17.7 47.2 81 71.1 80 86.6 49.4 93.1 21 2.4

表3 障害者は障害がない人と同じような生活を送っているか (%)

全体(人) そう思う ややそう思う あ ま り そ う 思 そう思わない わからない

わない

日 1093 6.2 12.6 28.4 46.5 6.3

独 1001 12.9 69 11.8 4.6 1.7

米 1001 4.6 49.2 29.3 16.1 0.9

・ 日本では「バリアフリー」という言葉を知っている人は 93%で、ドイツ 67%、アメリカ 25%より

多く、逆に「(1)」を知っている人は16%で、5割程度のドイツ、アメリカより少ない。…

・ 「障害がある人が身近にいたことがあるか」の問には、「学校」でいたという人の割合は約4割程

度で大きな差はないが、「(3)」では日本が非常に低い。

・ 「障害のある人はない人と同じような生活を送っているか」との問に対しては、「(4)」が日本で

は19%で、アメリカ54%、ドイツ82%と大きく異なっている。…

以上の内容から「日本人の障害者観」の特徴としてうかがえるのは、障害者とは人口の(5)で、

一般の人とは異なった生活をしており、身近に感じることが(6)。バリアフリーは知っているが(1)

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は知らないということは、障害を主に身体障害に関することと考えており、(7)的環境のみに目が向

けられているのではないかということである。 『障害者福祉の世界 第4版』有斐閣 2011 より

(2) 資料2 障害者の権利に関する条約(一部)(平成20年5月発効)

e 障害が、発展する概念であり、並びに障害者と障害者に対する態度及び環境による障壁との間の

相互作用であって、障害者が他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによ

って生ずる…

(3) 資料3 障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(一部)(平成25年6月26

日公布)

第一条 この法律は…全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人として

その尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを踏まえ、…障害

を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が…、相互に人格と個性を尊重し合いながら共

生する社会の実現に資することを目的とする。

(4) 生徒が作成したワークシート

(文責 森)

(4)数学

国際バカロレアにおける数学では「グラフ電卓」というICT機器が積極的に活用され、高校卒業試

験や大学入試でもグラフ電卓の使用が必須となる。この「グラフ電卓」は一般の計算の他に、関数計算

・統計計算を行うことや、グラフを描いて解、極値、切片、交点、積分値などを瞬間的に計算できる電

卓である。

この「グラフ電卓」を活用した4回の授業を下の表の通り計画し、実践した。

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時 授業のねらい 生徒の主な活動Ⅰ グラフ電卓を利用しなが ・海外の数学教育において「グラフ電卓」というICT機器が使わ

ら海外の数学教育に触れ れていることを知る。

ることで、数学への興味 ・実際にグラフ電卓を使って、数学の問題を解く。

関心を高める。 ・日本と海外の数学教育の違いについて考える。

Ⅱ グラフ電卓を活用させる ・漸化式で定められる数列の図形的意味について考える。(リターン

ことで、学習内容の理解 マップについて学ぶ)

を深めるとともに、IC ・学習内容をグラフ電卓を利用して確認し、さらに発展的な問題に

Tの有用性を実感させる。 ついて考察する。

Ⅲ 数列の極限(数学Ⅲ)に ・浮草の増減を題材に で定義される数列(ロジ

ついて、課題学習を通し スティック写像)の極限について考察をする。

て学び、ICTの有用性 ・kの値によって、収束する場合と発散する場合の違いについてグ

を実感させながら、思考 ラフ電卓を利用しながら実験、観察、考察をする。

力を育成する。

Ⅳ 数列の極限(数学Ⅲ)に ・数列が発散する場合について、数列が周期性を持つことに気付く。

ついて、課題学習を通し ・40台のグラフ電卓を使って、k を0.1~4.0に変化させたグラフを比

て学び、自ら数学を学ぶ 較し、学習内容を確認する。

態度を育成する。 ・今回の学習内容の題材が「カオス理論」の研究で扱われる数列で

あったことを知る。

(文責 伊藤)

)1(1 nnn akaa

3 結果および考察

以上の実践の評価として、生徒の批判的思考力

の変容を調査することとした。まず、量的調査と

して、広く一般的に使われている「批判的思考力

テスト」と「批判的思考態度テスト」を用い、思

考力と思考態度を測定した。測定は、7月上旬と

12月上旬の2回実施し、それぞれの結果につい

て、差異を中心に、分析を行うことにした。また、

12月上旬には授業実践クラスに加え、そうでな

いクラスにも測定を行い、その差異についても分

析を試みるつもりである。さらに、質的調査とし

て、それぞれの授業におけるさまざまな提出物(作

文、プリント、ワークシート、リフレクションシ

ートなど)に加えて、インタビューや観察なども

分析、考察対象とし、生徒の変容を多角的に捉え

ることとした。

授業実践は現在も継続しており、考察すべきま

とまりのある結果はまだ得られていないが、現段

階で得られた結果として、12月実施の「批判的

思考力テスト」の得点(正答の数)平均が7月の

平均点に比べ、向上していることが挙げられる。

「批判的思考態度」については、特に「客観性」

を重んじる態度、「証拠を重視」する態度に関す

る項目で12月実施の平均点が高くなった。こう

した量的測定に加え、生徒の提出物、授業での様

子などにも、批判的思考力が育成されつつあるこ

とを示す何らかの変容が確認できた。

4 おわりに

今回の試みで、「批判的思考力の育成」という

目標の実現に、向かいつつあるという印象を持つ

ことができたが、今後は、測定手段である「思考

力テスト」の改善(実施方法も含めて)や継続調

査など信頼性を確保すること、より詳細な量的、

質的な調査、分析、考察を行い、「育成」を実感

できるようにしたい。また、質的調査の対象とな

る各提出物をどう評価するかという課題もある。

ルーブリックの開発など、パフォーマンスを評価

する手立てについても調査研究を行っていくこと

は必須である。これまで以上に、担当教員が連携

を取り、研究を進めていくことが大切であろう。