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Meiji University Title �1-��- Author(s) �,Citation �, 536: 79-94 URL http://hdl.handle.net/10291/19929 Rights Issue Date 2018-12-31 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/
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536 乃 - Meiji Repository: ホーム明治大学教挫論集通巻536 乃 (2018・12) pp. 79-94 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』 研究 (1) 一ー現存写本とその米歴

Jan 27, 2021

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  • Meiji University

     

    Title『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』研究(1)

    -現存写本とその来歴-

    Author(s) 狩野,晃一

    Citation 明治大学教養論集, 536: 79-94

    URL http://hdl.handle.net/10291/19929

    Rights

    Issue Date 2018-12-31

    Text version publisher

    Type Departmental Bulletin Paper

    DOI

                               https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

  • 明治大学教挫論集通巻536乃

    (2018・12) pp. 79-94

    『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』

    研究 (1)

    一ー現存写本とその米歴

    狩野晃

    本稿の目的は,現在進行中である『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』

    The Chronicle of Robert of Gloucester (以下「年代記」という)''の diplo-

    matic parallel text (写本に害かれたままに•字一句転写し,巽写本の対応

    する箇所を一行ずつ並列させるテクスト。以ド[パラレル・テクスト」とい

    う) edition作成に対して,できる限り詳細な写本情報を収梨,記述し,各

    写本の特徴と来歴等を明らかにすることであるc

    I. 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』について

    f年代記』は, 13世紀後期から 14世紀初期 (ca.1290-1310) に "Robert

    of Gloucester"という名の人物によって書かれたとされている 2!ぐ『年代記』

    には 2種類の巽なる系統か存在し,それらをここでは長編版 (longversion :

    約 12000行)と短編版 (shortversion・.約 10000行)と呼ぷことにする。

    現存する長編版写本は 7種 (II.現存写本リスト(長編版)を参照),短編版

    写本も 7種ある。

    『年代記」は,イギリスの地理的な記述から始まり, ジェフリー・オヴ・

    モンマス Geoffreyof Monmouth の史書「プリタニア列モ史~Historia

    regum brittaniaeからの伝説的な内容をヘンリー・オヴ・ハンティンドン

  • 80 明治大学教養論集通巻536号 (2018• 12)

    Henry of Huntingdonや他のラテン語作家からの史実を集め補強して記述

    を試みている。また同時代にあった事実,例えば 1263年にオックスフォー

    ドで起こった市民と学生の争いや 1265年のエヴァシャムの戦いなどを加え

    ているところに『年代記』の際立った特徴があり,その記録は比較的正確で

    公平である。長編版ではプルートゥス Brutusから 1270年まで,短編版で

    は 1272年までを扱っている。長編版と短編版では Brutusから HenryIの

    死 (1135年)までは共通しているが, 1135年に続く記述が二つの版で非常

    に異なる。ここに『年代記』の作者に関する問題の複雑さがあるが,現在で

    は長編版はおそらくロバートひとりにより書かれ,短編版は 1135年から続

    く記述を誰か別の著者が引き継いだと考えられている。しかしロバートその

    人について詳細は不明である。『年代記』内の記述から,グロスターに土地

    勘があり,オックスフォードにも関係のある聖職者であった可能性が指摘さ

    れている 3)。1265年エヴィシャムの戦いでシモン・ド・モンフォールが殺さ

    れた時にエヴィシャム周辺 30マイルが暗闇に包まれたことが描かれ,それ

    に続けて "pisisei roberd. / JJat verst pis boc made. (本書を最初に書い

    たロバートがこれを目撃した。)" (11. 117 48-49) ,i と記している。この記述に

    ついて,後の写字生が書き加えた可能性は低く, 1265年のことを直接記憶

    している著者自身によるものであると考えられる。写本の方言はおよそ南西

    中部方言 (GloucestershireやWiltshire) を示しているが,原著者の言語

    を特定することはできない。

    『アングロ・サクソン年代記』 TheAnglo-Saxon Chronile以降,年代記は

    ラテン語あるいはアングロ・ノルマン語で書き続けられていたが,ヴァース

    Wace著『プリュ物語』 Brut Cアングロ・ノルマン語)のラヤモン

    La3amonによる翻訳『ブルート』 TheBrut (12世紀後期から 13世紀初期)

    をのぞいて,再び英語で書かれた年代記であることは特筆に値する。この時

    代に英語で書く理由は,一つには聴衆(あるいは読者)の問題が挙げられる。

    ロバートが対象とした聴衆は『年代記』の中で "Ofpe prophcye of merlin.

  • 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』研究 (1) 81

    we ne mowe tell namore. / Vor it is so derc to simplemen. bote me were

    pe bet in lore. (11. 2219-20)"と述べている。ここからも明らかなように,

    想定される聴衆は "simplemen"「無学な人々」すなわち俗語である英語し

    か理解できない人々であった。

    中世を通して『年代記』が一定以上の認知を受けていたことは,その現存

    写本の数からも容易に想像がつく。また後世の多くの古書研究家たちの注目

    もかなり集めており5¥17~18世紀にも『年代記』の 3編の写しが作られて

    いる。校訂版は現在まで Hearne(1724年)と Wright(1887年)があるが,

    その後はしばらく出ていない。

    II. 現存写本リスト(長編版)

    『年代記』の長編版は以下の 7写本に残されている。括弧内は写本が書か

    れた(推定)年代を表している。

    1. London, British Library, Cotton MS Caligula A. xi, ff. 3r-168r.

    (1300-1325)

    2. London, British Library, Harley MS 201, ff. 4r-16lr. (1400-1425)

    3. London, British Library, Additional MS 18631, ff. 4r-134v. (1425-

    1475)

    4. London, British Library, Additional MS 19677, ff. lr-92v + London,

    British Library, MS Additional 50848, ff. lr-6v. (1375-1425)

    5. Glasgow, Glasgow University Library, Hunterian MS 415, ff. lr-

    124v. (1525-1575)

    6. London, Guildhall, MS 34125, pp. 1-205. (16th century copy by

    John Stow)

    7. London, College of Arms, Arundel MS lviii, ff. 6v-303r. (1448)

  • 82 明治大学教養論集通巻5:16号 (2018• 12)

    III. 各写本の記述とその来歴

    本セクションでは長編版の『年代記』が残されている写本の詳細な記述と

    その来歴に関する情報をできる限り記す。ここに詳述する写本情報はパラレ

    ル・テクスト作成で使用する 6写本である。

    1. London, British Library, Cotton MS Caligula A. xi

    この写本は 14世紀初頭, 1300年から 1325年 (Wrightによれば 1320年

    から 1330年 (p.xi))の間に写されたと考えられている 6)。筆写部分にはヴェ

    ラムが使われ,「年代記」は ff.3r-168rに一人の写字生によって筆写されて

    いる')。字体はゴシック体 Oitteratextualis semiquadrata formata)が用

    いられている。ただ f.14rには短編版の一部か異なる写字生によって書かれ

    た片葉が加えられている8。本写本の内容は遊び紙部分に占き出されている。

    この写本には『年代記」の他に数編の宗教詩 (f.164v), 『農夫ピアズの夢』

    The Vision of Piers Plowman (B version, ff. 165r-277v), 聖アルデルム S.

    Aldhelm'(c. 639-709) によるとされる『修道士のII:_活について』 Devita

    monachorum (ff. 278r-280v) が含まれている。 F.3rには写本の所有者で

    あったロバート・コットン卿 SirRobert Cottonによって "Historia

    Regum Angliae ad Henricum tertium a Roberto Glocestrensi qui eodem

    tempore floruif'と書き込まれている。また, f.74のあと 2葉か欠落して

    しヽる。

    Cotton MSがかつて歴史家ジョン・ストウ JohnStow (1524-1605)'0に

    より所有されていたことは, f.164vに自書てその名前が書き込まれている

    ことから知られる。また法律家のジョン・セルデン JohnSelden (1584-

    1654) による書き込みも多数散見される。

  • 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』研究 (1) 83

    2. London, British Library, Harley MS 201

    この写本の製作時期はおよそ 15世紀初頭の四半世紀,すなわち 1400年か

    ら1425年 (Wright(p. xli) の推定は 1390年から 1400年ごろ)の間であ

    る叫素材は遊び紙を含めて羊皮紙が使われている。ページ数は i+ 162 ff.

    である。 F.16lrの途中,行数にすると 9529行目で終わっており,未完であ

    る。『年代記』以外の作品は含まれていない。少なくとも 4人の写字生が筆

    写に関わっていると考えられている。一人目の写字生 (A)はff.lr-52r, ニ

    人目の写字生 (B) はff.52r-95r; 101 v line 5-103rまで,三人目の写字生

    (C)はf.95v-10lv line 4および 103v,四人目の写字生 (D)はff.104r-16lr

    の担当である叫用いられた書体はゴシック体 (litteracursive angliacana

    media)である。

    出自については以下の通りである。 16世紀の書体でトーマス・スミス

    Thomas Smytheという名が f.3rにある。また f.19vにはウィリアム・フ

    ライベイク WylliamFrybaykeが 16世紀に所有していたことを示す "Thys

    is Wylliam Frybaykes boke"という書き込みが見られる。さらに f.162v

    には ThomasHacheの名前が 2度書かれている。この写本がハーレー・コ

    レクションとなった経緯は, 第 1代准男爵シモンズ・デュース卿 Sir

    Symonds d'Ewes (1602-1650)の蔵書に加えられたのが始まりだろう。そ

    れを同名の第 3代准男爵シモンズ・デュース卿 SirSimonds d'Ewes (? -

    1722)が受け継ぎ,そのコレクションをオックスフォード伯爵ロバート・ハー

    レー (1661-1724)が 1705年 10月4Bに450ポンドで購入した叫

    3. London, British Library, Additional MS 186311')

    この写本の製作年代は 1425年から 1475年までの間であると考えられてい

    る15)。ヴェラムが用いられている。書体はゴシック体 (litteracursive

    anglicana media)である。『年代記』の筆写部分は ff.4r-134vで,欠落は

  • 84 明治大学教挫論集通巻536号 (2018• 12)

    全部で 3葉あり,最初は f.72の後, f.132のあと,そして最後のフォリオ

    である。また複数の写字生が筆写に関わっている。

    写本の巻頭にある遊び紙部分 (f.2v) には, ウェールズのデンビー

    Denbighのエヴァラード・フィールディング卿 SirEverard Feildingの息

    子のウィリアム・フィールディング卿 SirWilliam Feildingによって,ハ

    プスプルグ家を祖先とするフィールディング家の家系図が描かれている。ま

    たこの写本がエヴァラード卿の所有であり,その後,息子のウィリアムのも

    のとなったことは, ウィリアム卿の替き込み "Thiswas the boke of my

    fader / Syr Euerard ffyldyng / Wylliam ffyldyng (f. 3r)"から明らか

    である。遊び紙部分には後の所有者バジル・フィールディング卿 SirBasil

    Fieldingの蔵書票が貼られている。彼が本書を引き継いだのは蔵書票の記

    述から 1703年のことであったと考えられる 16)。最終的にデンビー伯爵家か

    ら大英博物館によって購入されたのは 1851年であった 17)0

    4. London, British Library, Additional MS 19677 + London, British

    Library, Additional MS 50848

    これら 2冊の写本は元来一つであった。 Add.MS 50848は Add.MS

    19677の欠落部分である 6葉からなる。『年代記』は Add.MS 50848中, f.

    lr-vは 561行から 630行目まで, f.2r-vは 1467行から 1676行目,そして

    ff. 5r-6vは 1817行から 1955行目までを含んでいる。また Add.MS 19766

    では『年代記』を含むのは ff.lr-92v (1. 9) までであり f.92v (1. 10)か

    らf.lOOraは Bruteから EdwardIIまでのイギリス諸王の年代記, f.lOOrb

    から f.102vまでは Tabulasex aetatum mundi; tabula regum Angliae, ad

    Regem Ricardum II; tabula mirabiliumが写されている。両写本の写字生

    は同一人物であり,一人で全てを筆写したと考えられる。筆写年代はおそら

    < 1400年頃(あるいはそれ以降)で,書体はゴシック Clitteratextualis semiquadrata formata)が用いられている叫

  • 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』研究 (1) 85

    Add. MS 50848のf.2r余白上方には "T(または J).Hunt/ Margam /

    1795"191との書き込みがある。 Hudson(1965)によれば,仮に最初のイニシャ

    ルが Tではなくて Jだとするならば, Huntはおそらく JohnHuntという

    人物のことで, 1794年から死亡する 1816年まで PerpetualCurate of

    Margamを務めた人ではないかという。彼が 1795年にこの害を入手したも

    のと思われる。その後の行方は不明であるが, 1955年 12月19日のサザビー

    のオークションで Messrs.Maggsに58ポンドで売られた記録があり, 6年

    後の 1961年に再びサザビーのオークションに出て大英博物館が購入し収蔵

    に至った叫

    5. Glasgow, Glasgow University Library, MS Hunterian 415

    (V. 3. 13) 21)

    この写本が作られたのはおそらく 16世紀(カタログによれば 1499年から

    1599年であるが, Wrightは1560年から 1570年頃としている)の間である

    と推定される。素材は他の写本と異なり,紙が使われている。筆写部分は

    124葉あるが,遊び紙に後の時代の書き手によって『年代記』の続きが写さ

    れているのを含めると 125葉となる。書き込みが複数見つかるが, f.lrに

    は 17世紀初期の筆跡で "Robarteof Glocester his Chronicle"とあり,ま

    た 17世紀後期の筆跡でも "ThisRobert liued about / the end of K. Hen.

    3. Robert of Gloucester was near the Battle of Evesham 1265"と書かれ

    ている。余白書き込みは先に挙げたものを除いてほとんどなく,飾り文字を

    描くためにスペースが残されている。

    装丁部にはジョージ・カーリュー GeorgeCarew (Totnes伯爵 1555-

    1629) の紋章が見える 22)。また表紙の内側にある Poet.1の書き込みは

    Somers卿の分類であるから彼の所有であったことがわかる叫 Somers卿

    の義理の兄弟であるジョセフ・ジーキル卿 SirJoseph Jekyllが本書を持っ

    ていたようだ24)。その後,エベニーザー・マッセル EbenezerMusselの手

  • 86 明治大学教養論集通巻536号 (2018• 12)

    に渡った叫マッセルの死去に伴う蔵書売却の際, ジョン・ラトクリフ

    John Ratcliffeがこれを購入したことがカタログに記してある 26)。10年後の

    1776年 3月 27日, ラトクリフの蔵書 (BibliotecaRatcliffana) がオーク

    ションにかけられた時には商品番号 1203が当てられ,ウィリアム・ハンター

    William Hunter (1761-1823) によって購入され HunterianCollectionの

    一部となった。

    6. London, Guildhall, MS 34125, pp. 1-205

    16世紀に JohnStow21>によって写されたものであるが,今回の調査には

    直接関係がないので記述は省略する"¥

    7. London, College of Arms, Arundel MS lviii

    15世紀に書かれたこの写本は, 2つ折り判で全 342葉からなる。二人の写

    字生が関わっていて">, 『年代記』は ff.6v-303中に筆写され,その他『獅

    子心王リチャード』 RichardCoeur de Lionなどが収められている。文頭の

    大文字は装飾がなされている。余白には,かつての所有者であったジョン・

    ウィーヴァー JohnWeeverのものと思われる書き込みが多数ある。 Hearne

    はその校訂版を作成するにあたり, この写本をオックスフォードに取り寄せ

    てHarley'.¥1S201と校合し, HarleyMSの不明な語句を明らかにするのに

    役立てたJOJ0

    かつて,この写本は組み込まれている多くの散文や改変部分のために長編

    版でも短編版でもない「第 3」のヴァージョンとして分頷されていたが,

    Hudson (1963)に従って長編版として分類されるようになった3J;0

    IV. 校訂版について

    現在まで学術的に校訂された『年代記』の刊本は Hearne(1724) と

  • 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』研究 (1) 87

    Wright (1887)である。前者は London,British Library, MS Harley 201

    を,後者は London,British Library, Cotton MS Caligula A xiを基に編

    纂している。

    1724年,編者のトーマス・ハーン ThomasHearne (1678-1735) は

    Harley MS 201を某にした校訂版を刊行した (1810年再版)。オックスフォー

    ドにいた Hearneはボドリアン図書館 TheBodleian・Libraryの写本

    (Bodley MS 205のことである)に日常的に接する機会があり汽『年代記』

    (short version)を書いた Robertof Gloucesterは貴重な作家であるが,

    今まで等閑視され,刊本すら出ていない(その主たる理由を言語の古さであ

    るとした)のかと嘆いた。ロバート・オヴ・グロスターを歴史家として一級

    であると認め,世に知られるべきであると考え, BodleyMSの校訂本出版

    を計画する。 しばらくして友人のリチャード・ミード医師 Dr.Richard

    Meadを通して HarleyMSを借り受けると,その写本のテクストは Bodley

    MSよりも良いものであると確信し,転写を始め,刊行に至った叫校訂版

    は2巻本で出版され,序文,本文,付録,グロッサリー,索引からなる。語

    句の異読は London,College of Arms, Arundel MS !viiiから取られてい

    る叫

    Hearneのエディション刊行から 160年ほど後の 1887年,ウィリアム・

    ァルディス・ライト WilliamAldis Wright (1831-1914。当時ケンブリッ

    ジ大学トリニティー・コレッジのフェロー)は『年代記』の新しい校訂版を

    2巻本で Rollsseriesから出版した。第 1巻には,序文 (pp.i-xlviii), 『年

    代記』本文 (pp.1-494; 11.1-6843), 第 2巻には本文の続き (pp.495-776; IL

    6844-12049), 付録 (pp.777-887; 各写本からの異読), グロッサリー (pp.

    879-982), 索引 (pp.983-IO 10)そして訂正 (pp.1011-1018)がある。編集

    方針としては,明らかな誤りを正す以外は CottonMS Caligula A xiの読

    みにできるだけ忠実に従ったと言っている 35;。CottonMS以外に Wright

    が用いた長編版の異本は HarleyMS 201および Add.MS 19677で,短編版

  • 88 明治大学教養論集通巻536号 (2018• 12)

    も含めて他の写本から繰り返し出てくる異なる読みをすべて採録せず,ある

    程度異読を示したのちに同様の記録を取ることはやめている-16)。本文の余白

    部分には[]で Hearne版のページ番号が加えられており, Hearneのエ

    ディションとの比較が容易にできるようになっている。訂正のセクションで

    は主に HarleyMSの読みに関する訂正が多く見られるが, これは Wright

    が HarleyMSの読みを Hearneのエディションに多く負っていたことに起

    因する。 Wrightの数少ない Hearne版への言及_さほど好意的とは思え

    ないが_をここに記しておく。

    [ .. .] I trusted too much to the correctness of Hearne's edition as

    representing the Harleian MS., and gave the readings of B

    [=Harley MS] on the authority of Hearne, whose substantial accu-

    racy as an editor I had tested by comparing his text with the first

    thousand lines of the original from which he printed. Having found

    that he was not to be trusted implicitly in minute particulars, I veri-

    fied every quotation from B by the MS. itself, with the result that

    there is an apparently formidable list of errata.

    Wright (1887), p. xlvii.

    V. 写本の来歴とパラレル・テクスト作成の意義

    写本とその由来に関する記述は,現在並行して進めているパラレル・テク

    スト編集とともに『年代記』研究に資するものである。パラレル・テクスト

    を用いての研究は,年代,書写方言,字体の違い,個々の写本における筆写

    の順序の違いなどが一目瞭然であり,従来の「編集」されたテクストでは判

    然としない細かな異同を,異なる写本でいちいち見比ぺることなく明らかに

    してくれる。 これは筆者の属している東京中世写本研究会 (Tokyo

  • 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』研究 (1) 89

    Medieval Manuscript Reading Group)が今まで刊行した AncreneWisse,

    Katherine Groupおよび WooingGroupのパラレル・テクストをもとにし

    た研究が証明している 37)。それぞれの写本に現れる特徴,写本伝播の流れ,

    個々の写本の来歴 provenanceといった(写本)情報を含め,改めて総合

    的に考察されるならば,写本間の言語的な異同のみならず,写本の関係性な

    らびに各写本の持つ(作成された)意義などが少なからず浮き彫りになるこ

    とが期待される。特にこの「年代記』には愛国的な精神の萌芽,(イングリッ

    シュ・)アイデンティティとも受け取れる記述が散見され,筆写された箇所,

    加筆/削除された箇所を特定し,あるいは改変された部分などを写本間で比

    較するならば,当時の読者の求めるところや『年代記』を作らせた者,写し

    た者の(個人的な)声や文学的な嗜好やセンスも明らかになるに違いない。

    文学的な価値に乏しいという意見がある一方で38¥アーサー王伝説や聖者伝,

    特に SouthEnglish Legendaryとの関連39) は異写本間の比較において興味

    深く,さらに深められるべき分野である。

    * 本研究は科学研究助成費基盤研究(C)(研究課題/領域番号 18K00658)の助成

    を受けて行ったものである。 (https://kaken.nii.ac.jp/ grant/KAKENHI-PRO

    JECT-18K00658 /)

    《注》

    1) IMEV 727, Kennedy (1979), pp. 2617-2621, 2798-2807を参照。

    2) Robert of Gloucesterが『年代記』の主要な著者であるとする根拠は, John

    Stowによる言及(脚注 3を参照),それに続く Camden(Remaines concerning

    Britain (1605))もRobertof Gloucesterの名前を『年代記』の著者とし, "as

    Robert of Glocester in the Librarie of the industrious Antiquary maister

    lohn Stowe writeth"と述べていることによる。また Seldenもその Janus

    Anglorum (1610)の中で "RobertusGlocestrensis"と言ったり, Titles of

    Honour (1672)では "Robertof Glocester, that wrote about Edward the first",

    さらに『年代記』を "thatold English ryhtmical Story of Robert of Gloces-

    ter"あるいは "theold Rhimes of Robert of Glo. MS"と記述したりしているこ

    となども挙げられる。 (Wright,1887, p. v-vi参照)

  • 90 明治大学教養論集通巻536号 (2018• 12)

    3) 「年代記」の編者である Hearneは,作者ロバートはオックスフォードで学問

    を修め,グロスターのセント・ピーター大修道院の修道士てあったと考えている。

    4) 引用は全て Wright(1887)の校訂版から行い,行番号は Wrightのそれに従っ

    ている。

    5) Hudson (1969)に詳しい。

    6) Kooper (2013), p. 66 (Appendix)を参照。

    7) A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English (以降LALME),LP 7100 (Grid

    399 225. Gloucestershire.)を参照。

    8) Boffey & Edwards (2005), 1105.

    9) イギリスの聖人。マームズベリ大修道院長 (675年), シャーボーン司教 (705

    年)をつとめ, ラテン語による多くの韻文・ 散文を残した。 Watt(1824), p. 16r

    参照。

    10) イギリスの歴史家。 ASummarie of Englyshe Chronicles (1565), The Chroni-

    cles of England (1580), The Annales of England (1592, 1601, 1605)そして Sur-

    vey of London (1598)など多数の歴史書を著した。また古物研究家としても知

    られ,マシュー・パーカー MatthewParkerやウィリアム・カムデン William

    Camdenらとも親交があった。

    この r年代記』は Stowによって ASummarie of Englyshe Chronicles中で初めて言及された ("Thenames of Authours in this Booke alledged" to

    "Robert, a chronicler, that wrate in the tyme of Henry the thirde". (Wright,

    preface, p. v))。StowはCottonMSの他, Universityof Glasgow, Hunterian

    MS 415にも注釈を書き加えている。

    11) Kooper (2013), p. 66 (Appendix)を参照。

    12) LALME, LP 7080を参照。ここでは写字生 Bの言語が調査対象となっており,

    方言は Grid384 219. Gloucestershireとしている。

    13) J. BridgesがT.Hearneに送った 1722年あるいは 1723年 3月 12日付の手紙

    (Oxford, Bodleian Library, Rawlinson MS. 3, 83)にある。 Watson(1966)を

    参照。

    14) LALMEにはこの写本の情報は記載されていない。

    15) British Libraryのカタログでは 15世紀とだけ記載されている。

    16) 蔵書票には SirBasil Fielding (第 4代デンビー伯爵)の紋章(モットーは

    "Honor Vertutis Praemium")に "TheRight Hon. 01e Basil / Fielding Earl of

    Denbigh/ 1703"と記されている。

    17) F. lrには "Purchasedof the Earl of Denbigh/ 15 May 1851"とある。

    18) LALME, PL 5300を参照。写字生の方言は Grid384 154. Wiltshireとしてい

    る。

    19) :¥1:argamは南ウェールズのグラモーガンシャー Glamorganshireにある。

  • 『ロバート・オヴ・グロスターの年代記』研究 (1) 91

    20) Hudson (1965)および TheBritish Museum Quarterly, Vol. 25 (1962), p. 103

    を参照。因みに Add.MS 19677が大英博物館に収蔵されたのは 1853年のことで

    ある (Catalogueof Additions to the Manuscripts in the British Museum, in the

    Years MDCCCXL VIII-MDCCCLIII (1868), p. 265を参照)。

    21) LALMEにはこの写本の情報は記載されていない。

    22) Oldfield (2008)によって確認された。

    23) Ker (1983), p. 16を参照。

    24) 1739年 2月26日にジーキル卿の蔵書が売却されている。ヘ

    25) 1766年 5月30日にロンドンで行われたエベニーザー・マッセルの蔵書売却で,

    商品番号 92がこの写本に付けられ,以下のように記述されている℃hronicon

    Robertus de Gloucester, or Robert of Gloucester's Chronicle, wrote in Henry

    IIId's time, finely preserved"。

    26) Langford (1766). p. 6.

    27) L London, British Library, Cotton MS Caligula A. xiの項を参照。

    28) 詳しくは Edwardsand Gillespie (2003)を参照。

    29) LALME, LP 5411を参照。二人の写字生の言語は相似している。方言は Wilt-

    shireとしている (Grid414 143)。

    30) Hearne (1724), pp. lii-lv, lxxix-lxxxivを参照。

    31) Kennedy (1989), p. 2617を参照。

    32) 彼は 1699年から 1712年まで assistantkeeperとして,また 1712年から 1715

    年まで secondkeeperとしてボドリアン図書館に勤めていた。

    33) Hearneは "Assoon as I saw the Harleyan MS. I presently concluded, that

    it was a very good one and authentick, and therefore I immediately trans-

    rib'd it, and resolved to make it my Text". (1724, pp. lii)

    34) 序文の中で友人である JohnBridges, Esq. を通して HeraldsOfficeから借り

    た写本がこの ArundelMSである。 Hearne(1724). p. liiを参照。

    35) Wrightはただ 3例だけ本文中で写本の訂正を行っており,それらは I.4212

    "baru"を "barn"に, I.9597 "uewe"を "newe"に, Appendix.H. 21 "chiuese"

    を "chinese"に直している。

    36) List of MSS. Usedを参照 (Wright,1887, p. xlviii)。また criticalapparatus

    のために用いられた短編版は以下の通りである。 a.Cambridge, Trinity Col-

    lege, MS R. 4. 26., /3. Oxford, Bodleian Library, MS Digby 205., 7. Cambridge,

    University Library, MS Ee. 4. 31., o. London University, MS 278 (olim.

    Flintshire, Mostyn, Lord Mostyn's Library, MS. No. 259), c. Cambridge,

    Magdalene College, Pepysian Library, MS No. 2014.

    37) The Ancrene Wisseのパラレル・テクストは Kubouchiand Ikegami (eds.)

    (2003 & 2005)を, KatherineGroupはOnoand Scahill (eds.) (2011)を,そ

  • 92 明治大学教養論集通巻536号 (2018• 12)

    して WooingGroupはTanabeand Scahill (eds.) (2015)を参照。また, これ

    らのパラレル・テクストを元にした研究成果は Tanabeand Kano (eds.) (2018)

    を参照。

    38) Wrightは『年代記』の文学性に関して, "itis as worthless as twelve thou-

    sand lines of verses without one spark of poetry can be"とし,続けて "we

    find a trace of the quiet humour in which gentle dullness delights, but of

    this the instances are rare and widely scattered"とかなり厳しく述べている

    (1887, p. xl)。また FletcherもWrightの意見を継承して, "Noone can claim

    for this first distinctively English chronicle a high degree of literary merit"

    と言っている (1906,p. 194)。

    39) Pickering (2001)を参照。

    参考文献

    写本:「II.現存写本リスト」の項を参照

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