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4 - 1
4. XFEM による亀裂進展シミュレーション
4.1 概要
現在,経年した鋼橋の鋼床版における疲労き裂の発生が多数報告されており,これらの原因解
明とその効果的な補修・補強や点検等の維持管理の合理化が喫緊の課題となっている[1,2].これ
に対し,実橋に発生した疲労き裂の進展挙動を精度良くシミュレートすることが可能となれば,
以下に示すような検討が可能となる. (1) 発生した疲労き裂の挙動をシミュレーションにより再現することで,損傷原因の推定をより
確実に行える.
(2) 疲労き裂に対する補修・補強に関する緊急度が定量的に評価可能となり,補修・補強に関す
る優先度を正確に判断できるため,合理的な維持管理が可能となる.
(3) 補修・補強方法の策定にあたり,現行の疲労試験による確認と併用してシミュレーションを
実施することで,容易に多数のケースに対する検討が可能となる. このため,鋼橋における疲労き裂の発生・進展のメカニズム解明とその維持管理の合理化に有効
であると考えられる.
しかし,構造解析に広く採用されている有限要素法(FEM)は,本来,連続体を対象として構
築されたものであるため,FEM をき裂解析に適用する場合には,メッシュ生成に関して以下の解
決すべき課題が存在する(図-1(a)参照). (1) き裂による不連続面のモデル化のために,き裂形状に要素境界を一致させ,2 重節点の導入
が必要となる.
(2) 破壊力学パラメータを精度よく評価するために,き裂先端近傍において要素の細分化や特異
要素[3]の使用が必要となる.
(3) き裂の進展過程を考えた場合,進展に伴い上記(1),(2)を考慮した複雑なリメッシュ処理を繰
り返し行う必要がある. 以上の課題により,既往の研究において FEM を用いた疲労き裂の進展解析の実施例が報告されて
いるが[4-6],鋼橋の鋼床版のような複雑かつ大規模な土木構造物に局所的に発生する疲労き裂の
挙動を精度よく評価することは,高度な工夫とノウハウを要するため容易ではない.このため,
FEM による疲労き裂進展解析に基づいた対策の検討は,ほとんど実施されていないのが現状であ
る.
一方で,近年提案された拡張有限要素法(eXtended FEM: XFEM)[7]は,従来の FEM の枠組み
における数値解析手法であるにも関わらず,任意の局所的な領域において要素内部に不連続性を
含む高度な近似(エンリッチメント)の構成を可能とする.このため,き裂解析において要素と
独立にき裂のモデル化が可能となり,上記した従来の FEM を用いたき裂進展解析におけるメッシ
ュ分割に関する課題を多くの部分で解決あるいは改善することが可能であると考えられる.
しかし,従来の XFEM では,局所的なエンリッチメントを部分的に含む要素(Blending Elements;
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BE)において解析精度の低下が指摘され[8],特にき裂解析においては,き裂先端近傍に無視でき
ない誤差が発生していることが報告されていた[9].これに対して,報告者の一部は,解析領域全
体の近似精度を保証する PUFEM 近似[10]に基づいて,エンリッチメントによる高度な近似を実現
可能な,XFEM の再定式化(以下,PU-XFEM とする)を提案した[11,12].
また,近年多くの汎用 FEM 解析ソフトウェアの機能が充実し,それを用いた大規模構造物の挙
動に関して解析的な検討が実施されつつある[13,14].
そこで,この大規模構造物の解析に適した汎用 FEM 解析ソフトウェアに,き裂解析に適した
PU-XFEM を組み込むことができれば,大規模構造物に発生する疲労き裂の評価を行う上で,実用
上有効なツールとなりうると考えられる.
以上の背景より,本研究では,まず代表的な汎用の FEM 解析ソフトウェアのひとつである
ABAQUS [15]に PU-XFEM に基づくき裂解析機能を組み込むことで,効率的に 3 次元構造体に発
生した板厚方向貫通型疲労き裂の進展シミュレーションを実施可能な解析コードの開発を行った.
さらに,本解析コードを用いて,鈑桁橋の中間横桁およびバルブリブ鋼床版模擬試験体に発生し
た疲労き裂を対象として疲労き裂進展シミュレーションを実施し,開発した PU-XFEM 解析コー
ドの実問題への有用性に関して検証を行った.
4.2 XFEM の概要および疲労き裂進展解析コードの開発
本節では,まず 4.2.1 節において XFEM の概要とその再定式化である PU-XFEM について概説
する.次に 4.2.2 節において PU-XFEM の近似法に基づくき裂解析の定式化を示す.さらに 4.2.3
節および 4.2.4 節において,本研究で用いる破壊力学パラメータの評価方法および疲労き裂の進展
基準に関してそれぞれ簡単に説明する.最後に 4.2.3 節において汎用の FEM 解析ソフトウェアで
あるABAQUSに PU-XFEM近似を実装することで開発した疲労き裂の進展解析コードの概要を示
す.
4.2.1 XFEM の概要とその再定式化(PU-XFEM)
4.1 節に示した FEM のき裂進展解析に関する課題は,FEM が本来連続体を対象とする離散化手
法であることに起因する.すなわち,FEM においてき裂表面のような変位の不連続性をモデル化
するためには,き裂面に沿って要素境界の一致と二重節点の使用が必要となる.また,き裂の進
展挙動や危険性の判断基準として用いられる応力拡大係数(K 値)などの破壊力学パラメータを
評価するためには,き裂先端近傍に発生する応力やひずみの特異性をできるだけ正確に表現する
必要がある.しかし,そのためには,き裂先端近傍を微細な要素で構成するか,あるいは特異要
素を組み込む必要性が求められる.すなわち,FEM を用いてき裂の進展解析を実施した場合,図
-1(a)の模式図に示すように,き裂の進展に伴うき裂先端付近の特異場およびき裂の不連続面の変
化に対応するために,き裂の進展に合わせて要素分割を再構築する複雑な要素のリメッシュ処理
が必要となる.さらに,このリメッシュ処理と FEM 解析とをき裂の進展ごとに交互に行う必要が
あり,非常に効率の悪い計算処理が要求される.
一方,近年提案された XFEM [7]は,FEM の枠組みにおける離散化手法であるが,解析モデル
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(a) FEM
(b) XFEM
図-1 き裂進展解析の模式図
の任意の局所的な範囲において,要素内部に不連続性や特異性を含む関数を用いる「エンリッチ
メント」と呼ばれる高度な近似を構成する手法である.このエンリッチメントを用いた XFEM の
近似法により,従来の FEM が苦手とする不連続性や特異性などを容易にモデル化することが可能
となる.特にこの XFEM をき裂解析に適用した場合,通常の FEM と比較して以下に示す特徴を
有する(図-1(b)参照). (1) き裂を要素分割とは独立に定義可能となり,き裂面に沿った要素境界や二重節点の導入を必
要としない.
(2) き裂先端近傍における要素分割に関して,極小要素による細分化や特異要素の使用を必要と
せず,比較的粗い要素分割により,き裂の進展挙動や危険性の判断基準として用いる応力拡
大係数(K値)などの破壊力学パラメータを高精度に評価可能である.
(3) XFEMを用いてき裂の進展解析を実施した場合,たとえ任意の方向へき裂が進展した場合で
あっても要素と独立に定義したき裂を進展分だけ単に延長するのみでき裂形状のモデル化が
完了し,複雑なリメッシュ処理を必要としない. 以上より,XFEMを用いたき裂の進展解析では,従来のFEMとは大きく異なる利点を有し,そ
の課題の多くを改善あるいは解消することが可能であると考えられる.
ただし,従来のXFEMは,局所的に付加されたエンリッチメントを部分的に含む,不可避的に
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(a) モードI (b) モードII (c) モードIII
図-2 き裂先端近傍の変形様式
存在する要素(Blending Elements; BE)において解析精度が低下すること指摘されていた[8].特に,
XFEMのき裂解析への適用においては,き裂先端近傍に無視できない誤差が発生していることが
報告されていた[9].
最近,報告者の一部はこのXFEMに関する本質的な問題であるBEの問題を解決するために,従
来のXFEMの定式化を見直したPU-XFEMを提案した[11,12].このPU-XFEMに基づき,き裂を含む
単純な解析モデルを用いて解析精度の検証を実施した結果,従来のXFEMを用いた場合のような
解析精度の低下は発生せず,本来XFEMが有するべき既知解の特性を直接的に利用した近似の特
徴が有効となることが確認された.
以上の背景より,以下で述べる疲労き裂の進展解析コードの開発は,このPU-XFEMによるき裂
解析のモデル化に基づくものとする.
4.2.2 PU-XFEM に基づくき裂解析のモデル化
任意のき裂先端近傍の変形は,図-2 に示すモード I(開口型)・モード II(面内せん断型)・モ
ード III(面外せん断型)の 3 種類の変形様式の重ね合わせで表現される.
しかし,実橋で発生した疲労損傷において,モード I および II による面内変形と比較して,モ
ード III による面外変形の寄与は小さいと仮定できる場合が多い.このため,本研究ではき裂の進
展挙動がモード I およびモード II の重ね合わせで表現可能な面内変形により支配されているもの
と仮定でき,シェル要素でモデル化可能な 3 次元構造体を対象とする.
以下では平面シェル要素の定式化において,PU-XFEM に基づく近似を適用する面内変形のモデ
ル化についてのみ簡単に述べるものとする.なお,詳細は文献[12]を参照されたい.また,3 次元
問題への適用に必要な座標変換に関しては既往の文献[16,17]を参照されたい.
PU-XFEM に基づくき裂解析の面内変位場の近似 uap (x)は,次式で定義される.
)()()()()( apap00ap xvxxvxxu CCϕϕ += (1)
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x
y rθ
Crack tipCrack surface
図-3 き裂先端近傍の極座標系
ここで,ϕ 0 (x)およびϕ C (x)は,ϕ 0 (x) + ϕ C (x) = 1 を満足する次式の Partition of Unity(PU)である.
)(1)(
)()(
0 xx
xx
C
CIIC
ϕϕ
φϕ
−=
= ∑∈ (2)
また,v0ap(x)および vC
ap(x)は,それぞれ PU ϕ 0 (x)およびϕ C (x)のサポート上において,次式で定義
される近似関数である.
∑∑ ∑
∑∑
∈=
∈
+⎟⎠
⎞⎜⎝
⎛+=
+=
JIII
I k
kIkIIC
JIII
III
H
H
bxxcxuxxv
bxxuxxv
)()()()()(
)()()()(
4
1
ap
ap0
φγφ
φφ
(3)
以上の式(2)および(3)において,u I ,b Iおよび c Ik (k = 1,…,4)は節点自由度であり,J はき裂不連
続面近傍の節点集合,C はき裂先端近傍の節点集合である.また,φ I (x)は標準の有限要素近似で
用いる内挿関数であり,本研究では双 1 次の内挿関数を用いる.さらに,関数 H(x)およびγ k (x) (k
= 1,…,4)は,従来の XFEM で用いられるものと同一の次の式(4)および(5)で示されるエンリッチ関
数である.
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1.0
0.0
-1.01.0
0.0
-1.0
1.0
0.0
-1.0x
y
γ 1
1.0
0.0
-1.01.0
0.0
-1.0
1.0
0.0
-1.0x
y
γ 2
(a) 2
cos)(1θγ r=x (b)
2sin)(2
θγ r=x
1.0
0.0
-1.01.0
0.0
-1.0
1.0
0.0
-1.0x
y
γ 3
1.0
0.0
-1.01.0
0.0
-1.0
1.0
0.0
-1.0x
y
γ 4
(c) θθγ sin2
cos)(3 r=x (d) θθγ sin2
sin)(4 r=x
1.00.0-1.0
1.0
0.0
-1.0
Crack tip
x
y
図-4 エンリッチ関数γ k (x) (k = 1,…,4)の分布
⎩⎨⎧
Ω−Ω
=−
+
on1on1
)(xH (4)
θθγθθγθγθγ sin2
sin)(,sin2
cos)(,2
sin)(,2
cos)( 4321 rrrr ==== xxxx (5)
ここで,式(4)のエンリッチ関数 H(x)はき裂面における変位の不連続性を表す Heaviside 基底[18]
であり,Ω +およびΩ −は,それぞれエンリッチ関数 H(x)が付加される節点 J のサポートΩ J上で定
義される,き裂不連続面に対する上側および下側の部分領域である.なお,式(3)で示される近似
関数は,原則として各エンリッチ関数に対し定義されるものであるが,この Heaviside 基底を用い
たエンリッチメントに関しては BE において解析精度の低下が発生せず,例外的に対応する近似
関数を独立に定義する必要はない.
また,式(5)のエンリッチ関数γ k (x) (k = 1,…,4)は,き裂先端近傍変位場の漸近解の基底[19]であ
り,r およびθ は図-3 に示すようにき裂先端を中心とし,き裂先端方向をθ = 0 とした極座標であ
る.領域 − 1.0 ≤ x ≤ 1.0,− 1.0 ≤ y ≤ 1.0 におけるγk(x) (k = 1,…,4) の値を図-4 に示す.
以上の定式化より,PU-XFEM に基づく近似法において,き裂先端近傍に付加されるエンリッチ
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DRC
ΩC
節点集合
: C : C' : J : C' and J
き裂先端
図-5 PU-XFEM における節点集合のモデル化
メントは従来の XFEM のような節点単位の付加によってではなく,PU ϕ C (x)のサポート上の領域
ベースで定義される.
また,本研究では式(2)および式(3)で用いた節点集合 J および C を以下のように定義する.
{ }CIDNIJ I ∉≠Ω∈= ,φI (6)
{ }CI RNIC ≤−∈= tipxx (7)
ここで,x Iおよび x tipはそれぞれ節点 I およびき裂先端の座標,Ω Iは内挿関数φ I (x)のサポートで
あり,D はき裂の不連続面である.なお,節点集合 C の定義半径 RCおよび D の初期値は,入力
データとして扱う.
また,PU-XFEM に基づく定式化において,エンリッチ関数γ k (x) (k = 1,…,4)に対応する自由度
cIk (k = 1,…,4)は,PU ϕC (x)のサポート ΩC上のすべての節点で付加する必要がある.そこで,次式
により節点集合 C 'を定義する.
{ }CINIC CI ∉≠ΩΩ∈= ,' φI (8)
以上の式(6) ~ (8)で定義された節点集合に関するモデル化の模式図を図-5 に示す.
PU-XFEM における各節点自由度は,式(6) ~ (8)で定義したそれぞれの節点集合に対応して定義す
ることができる.すなわち,エンリッチ関数 H(x)に対応する自由度 b Iは節点集合 J に含まれる節
点に付加され,エンリッチ関数γ k (x) (k = 1,…,4)に対応する自由度 c Ik (k = 1,…,4)は節点集合 C ある
いは C 'に含まれる節点に付加される.
XFEM を用いたき裂解析において,要素剛性マトリクスの算出や J 積分法に基づく破壊力学パ
ラメータの評価において要素を構成する領域で積分を実行する際,き裂面 D を含む要素は被積分
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Crack tip
Crack surface
RF
11
1
1
1 111
11
1
100
0
0
0
00
00
0
0
0
0
0
000 0
0
0
0
00
0
0
0
0
00
0
0
0
01
0 0
0Crack tip
1Crack surface: D
ΩF
図-6 要素内における積分領域の分割 図-7 M 積分法の積分領域のモデル化
関数が不連続となるため,不連続面で積分領域を分割し別々に計算を実行する必要がある.これ
に対し,本研究では有限要素近似に関して双 1 次の内挿関数φ I (x)を用いることから,図-6 に示す
ように 1 要素内の不連続面を 1 線分でモデル化し,積分領域を分割するものとする.
4.2.3 破壊力学パラメータの評価
XFEM を用いたき裂解析において,応力拡大係数の評価法として最も一般的に用いられている
のは M 積分法(相互積分法)である[20].この手法は,き裂先端周りの任意の積分経路に対して
経路独立にエネルギー解放率を評価可能である J 積分法を,混合破壊モードに対応した応力拡大
係数がそれぞれ評価可能となるよう拡張した手法であり,一般に等価な領域積分が用いられる[21].
この M 積分法を用いた場合,き裂を含む要素内部においてその不連続面を考慮して積分領域を分
割する必要がある以外は XFEM の特性の影響を受けない特徴を持つ.なお,この M 積分法に関す
る詳細は付録 A-1 を参照されたい.
本研究では,M 積分の積分領域を図-5 に示した節点集合 C を定義する半径 RCの円と同様,図
-7 に示すようにき裂先端を中心とした半径 RFの円を用いてモデル化する.また,任意の曲線き裂
および屈折き裂に対応するため,M 積分の被積分関数には写像変換を適用するものとする[22].
なお,PU-XFEM を用いた場合,M 積分法の評価領域に関して従来の XFEM のようなき裂先端
近傍の応力場に関して解析精度の低下が生じないため,節点集合 C の定義半径 RCおよび M 積分
評価領域の定義半径 RFを,ともにき裂先端を含む要素に対して最小限の範囲でモデル化すること
が可能となる.このため,RCおよび RFを次式で示すように,1.0h あるいはき裂先端を含む要素を
構成する各節点とき裂先端との距離いずれかの最大値で定義する.
{ }{ }tipmax,0.1max xx −== IIFC hRR (9)
ここで,式(9)の I および h は,それぞれき裂先端が位置する要素を構成する節点および要素辺の
平均長さである.
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Crack Tip
Crack Tip
ΔaΔaθ c
図-8 疲労き裂進展解析のモデル化
4.2.4 疲労き裂の進展基準
数値解析における疲労き裂の進展挙動は,M 積分法により算出した応力拡大係数を用いて,そ
の進展方向および進展速度を評価することでモデル化することが可能となる.
き裂の進展方向の判断基準である曲折破壊基準としては多くの説が提案されている.それらは,
現時点で評価された物理量に基づき進展方向を定める「微小き裂進展前予測理論」と,仮想的に
き裂を微小距離だけ進展させた状態で評価した物理量に基づき進展方向を定める「微小き裂進展
後予測理論」に大別することができる.両者を比較した場合,一般に微小き裂進展後予測理論の
方がより正確であるとされているが,それらは陰的な方法であるため膨大な計算量を要する.
そこで本研究では,き裂の進展方向の判断基準として微小き裂進展前予測理論において最も一
般的な,き裂先端の接線応力の振れ幅Δσθ が最大の方向にき裂が進展すると仮定した,次式の最
大接線応力基準[23]に従うものとする.
⎪⎭
⎪⎬⎫
⎪⎩
⎪⎨⎧
⎟⎟⎟
⎠
⎞
⎜⎜⎜
⎝
⎛+⎟⎟
⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛±= − 8
41tan2
2
II
I
II
I1
KK
KK
c ΔΔ
ΔΔ
θ (10)
なお,この最大接線応力基準の導入に関する詳細は付録 A-2 を参照されたい.
また,モード I・II 混合モードにおける等価応力拡大係数範囲ΔK を次式で定義する[24].
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛−⎟
⎠⎞
⎜⎝⎛=
2sin
2cos3
2cos 2
II3
Ιccc KΚK θθΔθΔΔ (11)
この等価応力拡大係数範囲ΔK を用いて,疲労き裂の進展速度は,次式の応力拡大係数範囲の下限
界ΔKthを考慮したパリス則に従うものと仮定する.
( )mth
m ΚΚCdNda ΔΔ −= (12)
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ABAQUS CAE(構造体のモデル化・要素分割)
標準の要素剛性マトリクス算出
全体系剛性マトリクス組み立て
組み込みソルバーによる連立方程式計算
自由度の解の出力 変位場・応力場の
可視化
XFEM近似の導入・節点集合の定義・節点自由度の増加・エンリッチ関数の算出・要素剛性マトリクスの算出
応力拡大係数の算出・
疲労き裂進展方向・速度の評価
ABAQUS き裂形状データ(繰返し計算毎に更新)
XFEM近似を考慮した要素剛性マトリクス
読み込み
ABAQUS SOLVER
ABAQUS CAE(構造体のモデル化 INPUT.inpの作成)
標準の要素剛性マトリクス算出
全体系剛性マトリクス組み立て
組み込みソルバーによる連立方程式計算
自由度の解の出力 変位場・応力場の
可視化
PU-XFEM近似の導入・節点集合の定義・節点自由度の増加・エンリッチ関数の算出・要素剛性マトリクスの算出
応力拡大係数の算出・
疲労き裂進展方向・速度の評価
ABAQUS き裂形状データ(繰返し計算毎に更新)
PU-XFEM近似を考慮した要素剛性マトリクス
読み込み
ABAQUS SOLVER
図-9 解析コードのフローチャート
ここで C および m は材料定数である.本研究では日本鋼構造協会,鋼構造物の疲労設計指針・同
解説の平均設計曲線に基づき,それぞれの定数を C = 1.50 × 10−11,m = 2.75,ΔKth = 2.9MPa√mと
する[1].ただし,このき裂進展速度式は高い残留応力の作用下の実験値に基づいたものであり,
溶接部を対象に平均応力の影響を安全側に評価したものである.
き裂の進展のモデル化としては,図-8 に示すように各計算ステップにおいて,あらかじめ指定
したき裂の進展長さΔa により,き裂形状データを更新する.また,応力拡大係数範囲ΔK の進展
前後の数値解を線形補間により近似することで,載荷回数 N を逆算する.
4.2.3 汎用 FEM ソフトウェア ABAQUS への組み込み
本研究では,代表的な汎用 FEM 解析ソフトウェアのひとつである ABAQUS をベースとして,
以下に示すプログラムを追加することで,疲労き裂進展解析コードの開発を行った. (1) ABAQUS に PU-XFEM 近似を導入するプログラム
(2) 応力拡大係数の算出,疲労き裂進展方向・進展速度の評価およびき裂形状の更新を行うプロ
グラム
(3) 解析コード全体のフローを制御するプログラム 本解析コードにおける解析のフローチャートを図-9 に示す.この解析コードにより,平板シェ
ル要素によりモデル化可能な 3 次元構造体に発生した板厚方向貫通き裂を対象とした疲労き裂進
展シミュレーションを容易に実施可能となる.
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4 - 11
4.3 鈑桁橋中間横桁の XFEM 解析
4.3.1 概要
鈑桁橋(以下 B 橋とする)の中間横桁においてフランジおよびウェブの溶接接合部より疲労き
裂の発生が確認されている.B 橋は 1974 年竣工,斜角 50 度の単純桁であり,中間横桁は設計上
フランジを連結していないピン接合である.図-10 に B 橋の外観,図-11 にき裂近傍の拡大写真と
磁粉探傷試験(MT)の結果を示す.確認時のき裂形状は全長約 55mm であり,その進展方向は進
展初期でウェブ中央部に向かい,その後徐々に鉛直上へと変化しているものであった.主桁たわ
み差により横桁端部に応力集中が発生し,き裂が発生したものと考えられる.
以下では,この B 橋中間横桁に関して,まずき裂を含まないモデルの応力解析を行い,き裂発
生原因に関する考察を行う.次に,PU-XFEM によるき裂解析のモデル化に基づくき裂進展シミュ
レーションを実施し,開発した疲労き裂進展解析コードの有効性の確認を行う.
図-10 B 橋の外観写真
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疲労き裂疲労き裂
中間横桁主桁
A
A部拡大
図-11 B 橋中間横桁に発生した疲労き裂
600mm
200mm
A2070mm
Repeated RelativeDisplacement Δd
(a) 全体図
(b) A 部近傍拡大
図-12 鈑桁橋中間横桁の解析モデル(Model-1)
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4.3.2 疲労き裂発生前を想定した応力解析
ここでは,B 橋中間横桁に対する解析モデルを用いて,き裂発生原因の推定を目的とした応力
解析を行う.
解析モデルは,材料定数をヤング率 E = 200GPa,ポアソン比ν = 0.3 の線形弾性体とし,図-12
に示すように中間横桁の一部材のみを 3 次元シェル要素を用いてモデル化するものとする
(Model-1).また,その要素分割はその基本的な要素サイズを h = 25.0mm とした.ただし,き
裂進展の発生が確認された図-12(a)の A 部に関しては,図-12(b)に示すように h = 2.0mm 程度を要
素サイズの最小値に設定した.解析モデルにおいてボルト孔はあけず,主桁たわみ差に起因する
中間横桁に作用する荷重条件のモデル化として,図-12(a)に示すボルト位置矢印方向に最小
A
(a) 全体図
1009080706050403020100
(MPa)
(b) A 部近傍拡大
図-13 最大荷重時における最大主応力範囲分布(Model-1)
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0.0mm,最大 1.0mm の強制的な繰り返し相対変位Δd を与える.なお,き裂発生部位近傍のボルト
位置においても基準の要素サイズより細かい h = 5.0mm 程度とした.
以上の条件のもと行った応力解析において,最大荷重時(相対変位Δd = 1.0mm)における最大
主応力範囲分布の計算結果を図-13 に示す.これにより実橋にてき裂が発生した位置に応力集中
が確認された.仮に,相対変位Δd が 0.0 ~ 1.0mm となる繰り返し荷重が作用したと仮定すると,
ウェブ下端の応力集中部において約 0 ~ 120MPa の繰り返し応力が発生するため,溶接部から疲労
き裂が発生し,ウェブ内部に進展することが十分に考えられる.
4.3.3 疲労き裂進展シミュレーション
ここでは,前項でモデル化した B 橋中間横桁に対する解析モデルを用いて,4.2 節に示した
PU-XFEM によるき裂解析のモデル化に基づくき裂進展シミュレーションを実施し,開発した疲労
き裂進展解析コードの有効性の確認を行う.
シミュレーションの実行前に定義が必要なき裂形状の初期値としては,解析モデル全体のサイ
ズに対して十分に短い a0 = 3.5mm を実橋における疲労き裂の発生部位に仮定した.
以上の条件より,疲労き裂の進展シミュレーションを実施し,得られたき裂進展経路を図-14
に示す.また,図-15 に応力拡大係数範囲ΔK の推移,図-16 に載荷繰り返し数に対するき裂長さ
の関係を示す.さらに,き裂進展に伴う最大主応力分布の推移を図-17 に示す.
これらの解析結果より,進展の序盤であるき裂長さ約 60mm までの範囲において疲労き裂の進
展方向は,まず横桁の中央部に向かい,その後ゆるやかに鉛直上向きへと変化した.これは,図
-11 に示した実橋において確認されたき裂形状と同様の傾向を示しており,本解析コードにより
進展経路の再現に成功したといえる.
さらに,この疲労き裂はその後徐々に湾曲し,進展経路は外側方向へと変化した.最終的には
ボルト位置近傍において応力拡大係数範囲ΔK が急激に低下し,その下限界ΔKthを下回るためき裂
は停留し,横桁全体の破断には至らないものであると推定できる.
Page 15
4 - 15
(a) ウェブ全体
(b) き裂進展経路近傍拡大(グラフ中の数字は載荷回数を表す)
図-14 き裂進展経路の解析結果(Model-1)
0.0
150.0
300.0
450.0
600.0
0.0 300.0 600.0 900.0 1200.0 1500.0 1800.0
(mm
)
(mm)
Bolt Location
0.0
50.0
100.0
150.0
200.0
250.0
300.0
350.0
400.0
0.0 50.0 100.0 150.0 200.0 250.0 300.0
(mm
)
(mm)
Bolt Location
4.82×106
2.95×106
1.79×106
0.92×106
Page 16
4 - 16
図-15 応力拡大係数範囲ΔK の推移(Model-1)
図-16 載荷繰り返し数に対するき裂長さの関係(Model-1)
0.0
5.0
10.0
15.0
20.0
25.0
30.0
0.0 50.0 100.0 150.0 200.0 250.0 300.0 350.0 400.0
ΔK(M
Pam
)
き裂長さ : a (mm)
0.0
50.0
100.0
150.0
200.0
250.0
300.0
350.0
400.0
0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0
き裂
長さ
: a(m
m)
載荷回数 : N (106 cycle)
ΔKth = 2.9MPa√m
Page 17
4 - 17
1009080706050403020100
(MPa)
(a) a0 = 3.5mm (b) a = 53.5mm
(g) a = 303.5mm (h) a = 362.5mm
(c) a = 103.5mm (d) a = 153.5mm
(e) a = 203.5mm (f) a = 253.5mm
図-17 き裂進展に伴う最大荷重時における最大主応力範囲分布の推移(Model-1)
Page 18
4 - 18
4.4 鋼床版模擬試験体のバルブリブと横桁交差部の XFEM 解析
4.4.1 概要
近年,鋼床版橋梁のバルブリブと横リブの交差部で多数の疲労き裂が発見されており,特にそ
れらのき裂のうち,横リブのスリット下部の溶接部下端から横リブ内部へと進展する場合が全損
傷数の大部分を占めている[25].また,この種の疲労き裂は,実橋において様々な進展経路が確認
されており,その原因やメカニズムは明らかにされていない.
本節では,上記の疲労き裂の発生が確認された図-18 に示すバルブリブ鋼床版の実スケール模
擬試験体を用いて実施された疲労試験[26]を対象として,3 次元シェル要素を用いてモデル化する
ことで応力解析およびき裂進展解析を実施し,その妥当性に関して検証を行う.
本試験体は,横リブ 3 本およびバルブリブ 5 本を配置しているが,中央の横リブと左端のバル
ブリブの交差部(図-20(b)および(c)参照)において疲労き裂が確認された.疲労き裂の進展経路
を図-19 に示す.なお,疲労試験の実施範囲における最終的なき裂長さは a = 33.1mm であった.
ただし,図-19 の写真は疲労き裂の発生部位近傍を試験後に切り出したものであり,き裂先端部
のストップホールは本論文で対象とした疲労試験後に施されたものである.また,ストップホー
ルの近傍に見える孔は,疲労試験においてストップホール施工後に当て板補強を実施するための
ボルト孔である.
バルブリブ鋼床版模擬試験体
載荷位置
図-18 バルブリブ鋼床版模擬試験体全体写真
Page 19
4 - 19
ストップホール
疲労き裂
ボルト孔
図-19 疲労試験によるき裂進展経路
4.4.2 疲労き裂発生前を想定した応力解析
ここでは,バルブリブ鋼床版試験体に対し解析モデルを用いた応力解析を行い,静的載荷試験
で得られた実験値との比較を行う.
解析モデルは,前節と同様,材料定数をヤング率 E = 200GPa,ポアソン比ν = 0.3 の線形弾性体
と 3 次元シェル要素を用いてモデル化するものとする(Model-2).解析モデルの全体図およびそ
の要素分割を図-20 に示す.基本の要素サイズは h = 20mm 程度とした.ただし,図-20(b)の B 部
で示す,疲労試験にてき裂の発生が確認された中央の横リブと左端のバルブリブの交差部近傍に
おいては,図-20(c)に示すように,疲労試験で確認された最終的なき裂全長の 10 分の 1 程度であ
る h = 3.0mm 程度を要素サイズの最小値に設定し要素分割を行った.
荷重条件としては,図-20(a)に併記した載荷位置に対しΔP = 140kN を仮定した.また,境界条
件としては,実験条件と整合するようモデル最下部であるソールプレートの中央部鉛直方向変位
を拘束し,水平方向変位は自由とした.
以上の条件に基づき実施した応力解析の結果として,図-21 に B 部近傍の最大主応力分布を示
す.なお,図-21 において併記した数字は静的載荷試験の結果である.これにより,本検証にお
いて着目する B 部において,実験値および解析値の整合性が示されたと同時に,解析モデル全体
の十分な妥当性が示された.
Page 20
4 - 20
ΔP
2000mm
622mm
3200mm
(a) デッキプレートの要素分割と載荷位置
B
(b) 横リブの要素分割および疲労き裂発生部位 B
図-20 バルブリブ鋼床版模擬試験体の解析モデル(Model-2)
Page 21
4 - 21
0 20 (mm)40
(c) 疲労き裂発生部位の要素分割((b)の A 部拡大)
図-20 バルブリブ鋼床版模擬試験体の解析モデル(Model-2)
90MPa
109MPa
58MPa
102MPa
A
1009080706050403020100
(MPa)
図-21 静的載荷試験時における最大主応力分布(Model-2)
Page 22
4 - 22
4.4.3 疲労き裂進展シミュレーション
ここでは,前項でモデル化したバルブリブ鋼床版試験体に対し 4.2 節に示した PU-XFEM によ
るき裂解析のモデル化に基づくき裂進展シミュレーションを実施し,開発した疲労き裂進展解析
コードの有効性の確認を行う.
シミュレーションの実行前に定義が必要な,き裂形状の初期値としては,疲労試験の序盤であ
る載荷回数 N = 1.0 × 105 cycle で確認されたき裂長さ a 0 = 9.30mm を仮定した(図-22(a)参照).
また,荷重条件としては,疲労試験では最終的な載荷回数である N = 1.80 × 106 cycle に至るまで,
き裂の進展に伴い荷重を変化させているが(図-24 参照),解析によるシミュレーションでは荷
重を疲労試験で得られたき裂長さと対応させるものとする.
以上の条件のもと,疲労き裂進展シミュレーションを実施した.
まず,疲労き裂の進展経路に関して解析および疲労試験の結果を比較するため,それぞれの進
展経路を重ね合わせて図-22 に示す.これより,バルブリブ鋼床版の実スケール模擬試験体とい
う複雑な 3 次元構造体において,局所的な領域に発生した疲労き裂を対象としているにも関わら
ず,解析結果は疲労試験の結果と非常に良い一致を示した.したがって、本研究で用いた疲労き
裂進展シミュレーションコードにより、疲労き裂の進展経路を正確に再現可能であることが示さ
れた.
次に,応力拡大係数範囲の推移を図-23 に示し,疲労き裂の進展速度に関して解析および疲労
試験の結果を比較した結果を図-24 に示す.これより,疲労試験を実施した範囲において 2 倍程
度安全側に評価された.ここで,用いたき裂進展速度式が溶接部の高い残留応力の作用下で求め
られたものであることを考慮すれば,この程度の安全側の評価は妥当なものと考えられる.以上
より,本研究で開発した疲労き裂の進展解析コードは,疲労寿命の評価においても十分な実用性
を有していると考えられる.
図-22 疲労試験とのき裂進展経路の比較(Model-2)
Page 23
4 - 23
図-23 応力拡大係数範囲ΔK の推移(Model-2)
図-24 載荷繰り返し数に対するき裂長さの関係(Model-2)
0.0
10.0
20.0
30.0
8.0 16.0 32.0
ΔK(M
Pa m
)
き裂長さ: a (mm)
8.0
16.0
32.0
8 16 32 64 128 256
き裂
長さ:
a(m
m)
載荷回数: N (×104 cycle)
[×104 cycle] [kN]0 < N < 70 140
70 < N < 90 200 90 < N <110 280
110 < N <140 140140 < N <150 200150 < N 280
疲労試験における
荷重幅ΔPの推移
Page 24
4 - 24
4.5 まとめ
本研究では,代表的な汎用 FEM 解析ソフトウェアのひとつである ABAQUS をベースとして,
PU-XFEM によるき裂解析機能を実装することで,板厚貫通型疲労き裂の評価が可能な疲労き裂進
展解析コードの開発を行った.
さらに,鈑桁橋中間横桁に発生した疲労き裂およびバルブリブ鋼床版模擬試験体の疲労試験を
対象とした疲労き裂の進展シミュレーションを実施し,開発した解析コードの有用性に関する検
証を行い,以下の結論を得た. (1) 鈑桁橋の中間横桁を対象とした疲労き裂進展シミュレーションを行った結果,進展の序盤に
おいて疲労き裂がまずウェブ中心部へ向かい,その後ゆるやかに鉛直上方向へ向かう進展経
路が得られた.これは実橋梁で確認されたき裂形状と同様の傾向を示しており,本解析コー
ドにより進展経路の再現に成功したといえる.さらに,この疲労き裂はその後徐々に外側方
向へと進展方向を変え,最終的にはボルト位置近傍において応力拡大係数範囲ΔK が急激に低
下し,その下限界ΔKth を下回るため進展は停留し,横桁全体の破断には至らないものと推定
される.
(2) 実スケールのバルブリブ鋼床版模擬試験体を用いて実施された疲労試験を対象とした疲労き
裂進展シミュレーションの結果,従来き裂の進展解析が困難であった複雑な 3 次元構造体の
試験結果に対して,その進展経路を精度良く再現することができた.また,進展寿命に関し
ては,試験結果より 2 倍程度安全側の評価となったが,用いたき裂進展速度式の精度を考慮
すれば疲労寿命に関しても十分な実用性を有していると考えられる. 以上より,本研究で構築した,PU-XFEM を用いた疲労き裂の進展シミュレーションコードとし
て,その有効性が確認され,3 次元大規模構造体のき裂進展解析を効率的に行うことができる解
析ツールの構築化を進める上で大きく前進した.
付録 A-1. M積分法(応力拡大係数(K値)の評価手法)
ここでは,混合モードの条件下において各破壊モードに対応した応力拡大係数を評価すること
が可能な M 積分法に関して述べる.この M 積分法は,エネルギー法のひとつである J 積分法に基
づくものであり,XFEM によるき裂解析で一般的に用いられる手法である.
J 積分は非線形な挙動をする材料のき裂先端の性質を評価する目的で導入されたパラメータで
あるが,線形弾性体においてはエネルギー解放率G~に等しく,単位長さのき裂面を新たに形成す
るのに必要なエネルギーを表す.J 積分は次式で定義される[27].
∫Γ⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ Γ
∂∂
−= dx
WdyJ ut (A1)
Page 25
4 - 25
ここで x, y はき裂先端を中心とした直交座標である(図-3 参照).また,Γはき裂先端を内部に含
む積分経路,t および u はそれぞれトラクション(表面力)ベクトルおよび変位ベクトルである.
また,W は次式に示すひずみエネルギー密度である.
ijijW εσ= (A2)
面外変形を考慮しない線形破壊力学問題を考えた場合,一般的なモード I および II の混合モー
ドにおける J 積分と応力拡大係数 KIおよび KIIの関係は次式で示される.
( )2II
2I
1 KKE'
J += (A3)
ここで,E'はヤング率 E およびポアソン比νを用いて次式で定義される定数である.
⎪⎩
⎪⎨
⎧−=
stressplane
strainplane1 2
E
EE' ν (A4)
式(A1)で示される経路積分は,次式の等価な領域積分に書き直すことができる[21].
Ω∂∂
⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛−
∂∂
= ∫ dxqW
xu
JA
ii
iij 1
1
δσ (A5)
ここで,図-25に示すように,Aはき裂先端周りの2経路Γ0およびΓ1とき裂面で囲まれた領域であり,
qは外側の経路Γ0上で0,内側の経路Γ1上で1となる重み関数である.内側の経路Γ1はき裂先端に十
分に近い範囲で定義される場合が多い.
XFEMによるき裂解析では重み関数qを次式により定義できる.
I
m
II qq )()(
1xx ∑
=
= φ (A6)
ここで,mは要素を構成する節点数,φI(x)は標準の有限要素近似で用いられる内挿関数である.qI
は重み関数qの節点値である.qIは次式に示すようにき裂先端を中心とした半径RFの円を用いて定
義する場合が多い(図-7参照).
Page 26
4 - 26
( )( )⎪⎩
⎪⎨⎧
>−
≤−=
FI
FI
IR
Rq
tip
tip
0
1
xx
xx (A7)
このモデル化により,外側の経路Γ0 は要素境界と一致することとなる.このため,J 積分と等
価な領域積分は,次式に示すように∂q/∂xi が非ゼロとなる領域ΩF のみで計算すればよいこととな
る.
Ω∂∂
⎟⎟⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛−
∂∂
= ∫Ωd
xqW
xu
JF i
ii
ij 11
δσ (A8)
以上より,J積分の領域積分法はXFEMをはじめとした数値解析において容易に処理可能となる.
しかし,以上のJ積分をそのまま用いても,混合モードにおける応力拡大係数KIおよびKIIを個別
に算出することは困難である.そこで提案されたのが以下に述べるM積分法(相互積分法)であ
る[20].
M積分法では,まず応力拡大係数が未知である「実問題」に対し,独立に理想的な応力拡大係
数を提供する「補助問題」を導入する.この「実問題」および「補助問題」の重ね合わせを考え
た場合,式(A8)のJ積分の領域積分は次式で書ける.
( ) ( )( )
Ω∂∂
⎥⎦
⎤⎢⎣
⎡−
∂∂
+∂
∂++=
Ω∂∂
⎥⎥⎦
⎤
⎢⎢⎣
⎡++−⎟⎟
⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛∂
∂+
∂∂
+=
∫
∫
Ω
Ω
dxq
xu
xu
JJ
dxq
xu
xu
J
F
F
jjijij
iij
iij
iiijijijij
iiijij
1auxact
1
actaux
1
auxactauxact
1auxactauxact
1
aux
1
actauxact
δεσσσ
δεεσσσσ
(A9)
ここで,上付きの「act」は実問題,「aux」は補助問題にそれぞれ対応しており,式(A9)の右辺第
3 項を次式のように M 積分として定義する.
Ω∂∂
⎥⎦
⎤⎢⎣
⎡−
∂∂
+∂
∂= ∫Ω
dxq
xu
xu
MF j
jijiji
iji
ij 1auxact
1
actaux
1
auxact δεσσσ (A10)
また,「実問題」および「補助問題」の重ね合わせに関する J 積分は,式(A3)より次式で書き
直すことが可能である.
( ) ( ){ }
( )auxII
actII
auxI
actI
auxact
2auxII
actII
2auxI
actI
2
1
KKKKE'
JJ
KKKKE'
J
+++=
+++=
(A11)
Page 27
4 - 27
すなわち,M 積分は次式で定義することができる.
( )auxII
actII
auxI
actI
2 KKKKE'
M += (A12)
したがって,式(A10)および式(A12)より,理想的な補助問題として KIaux = 1,KII
aux = 0 あるいは
KIaux = 0,KII
aux = 0 を仮定した場合,次式で実問題における応力拡大係数 KIactおよび KII
actを算出す
ることができる.
0,1
1auxact
1
actaux
1
auxactact
IauxII
auxI
2==
ΩΩ
∂∂
⎥⎦
⎤⎢⎣
⎡−
∂∂
+∂
∂= ∫
KKjjijij
iij
iij d
xq
xu
xuE'K
F
δεσσσ (A13-a)
1,0
1auxact
1
actaux
1
auxactact
IIauxII
auxI
2==
ΩΩ
∂∂
⎥⎦
⎤⎢⎣
⎡−
∂∂
+∂
∂= ∫
KKjjijij
iij
iij d
xq
xu
xuE'K
F
δεσσσ (A13-b)
なお,補助問題の変位場および応力場は次式で示すき裂先端近傍の漸近解が用いられる.
単位単独破壊モードI(KIaux = 1,KII
aux = 0)である場合:
23cos
2cos
2sin
21
23sin
2sin1
2cos
21
23sin
2sin1
2cos
21
2cos22
2sin
21
2sin21
2cos
21
aux
aux
2aux
2aux
θθθπ
τ
θθθπ
σ
θθθπ
σ
θνθπ
θνθπ
r
r
r
rG
u
rG
u
auxxy
y
x
y
x
=
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ +=
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ −=
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ −−=
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ +−=
(A14-a)
Page 28
4 - 28
単位単独破壊モードII(KIaux = 0,KII
aux = 1)である場合:
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ −=
=
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ +−=
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ −+−=
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛ +−=
23sin
2sin1
2cos
21
23cos
2cos
2sin
21
23cos
2cos2
2sin
21
2sin21
2cos
21
2cos22
2sin
21
aux
aux
2aux
2aux
θθθπ
τ
θθθπ
σ
θθθπ
σ
θνθπ
θνθπ
r
r
r
rG
u
rG
u
auxxy
y
x
y
x
(A14-b)
ここで,rおよびθはき裂先端を中心とした極座標系(図-3参照)である.なお,これらの変位・
応力場を曲線き裂や屈折き裂に適用する場合,き裂形状を考慮した写像変換を用いることで解析
精度を大きく改善することが可能となる[22].
以上に示した M 積分法は,き裂を含む要素における面積分で応力・ひずみの不連続性を考慮す
る必要がある以外は,XFEM の特性による影響を受けることなく適用することが可能である.
A-2. 最大接線応力基準(疲労き裂の進展方向の評価)
き裂の進展方向を決定する基準である最大接線応力基準は,本来 Erdogan らによって,モード I
および II の混合モード下での脆性破壊に対して提案されたものである[28].この基準では,混合
モード下のき裂はき裂先端における接線応力が最大の方向に進展し,進展時の応力は一定であり
最大接線応力は面内の主応力に一致すると仮定する.
モード Iおよび IIの混合モード下でのき裂先端における接線応力σθ およびせん断応力τrθ は次式
で表される.
( )1cos32
cos22
1sin2
cos22
1
2sin
2cos
23
2cos
2
III
2II3I
−+=
−=
θθπ
θθπ
τ
θθπ
θπ
σ
θ
θ
rK
rK
rK
rK
r
(A15)
ここで,接線応力が最大となる条件は
0=∂∂
θσθ または 0=θτ (A16)
Page 29
4 - 29
であるから,次式が導かれる.
( ) 01cos3sin III =−+ cc KK θθ (A17)
式(A17)をき裂の進展方向θ cについて解くことで,線形破壊力学を仮定したき裂の進展方向に関
する基準である,次式の最大接線応力基準を得る。
⎪⎭
⎪⎬⎫
⎪⎩
⎪⎨⎧
⎟⎟⎟
⎠
⎞
⎜⎜⎜
⎝
⎛+⎟⎟
⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛±= − 8
41tan2
21
Ⅱ
Ⅰ
Ⅱ
Ⅰ
KK
KK
cθ (A18)
以上の最大接線応力基準を疲労き裂に適用するにあたり,北川らは応力拡大係数 KI および KII
を応力拡大係数範囲ΔKIおよびΔKIIに単純に置き換えることで,次式で示される疲労き裂の進展方
向θ cを提案した[23].
⎪⎭
⎪⎬⎫
⎪⎩
⎪⎨⎧
⎟⎟⎟
⎠
⎞
⎜⎜⎜
⎝
⎛+⎟⎟
⎠
⎞⎜⎜⎝
⎛±= − 8
41tan2
2
II
I
II
I1
KK
KK
c ΔΔ
ΔΔθ (A20)
この最大接線応力基準の疲労き裂への適用に関しては,大路らにより高張力鋼の残留応力場にお
ける検証により,その妥当性が示されている[29].
また,混合モードにおけるき裂進展解析においては,以上に示した最大接線応力基準に基づく
次式の等価応力拡大係数を用いて,パリス則に基づいた進展速度基準におけるΔK を簡易的に評価
することが可能となる[24].
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛
⎟⎠⎞
⎜⎝⎛−⎟
⎠⎞
⎜⎝⎛=
2sin
2cos3
2cos 2
II3
Ιccc KΚK θθΔθΔΔ (A21)
Page 30
4 - 30
参考文献
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