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BMB2010(第33回日本分子生物学会年会 第83回日本生化学会大会)ランチョンセミナーレポート PI3K/Aktシグナルと幹細胞の多能性 ・・・ 幹細胞種によって多彩な機能を果たすことを確認! 仲野 徹 教授 大阪大学大学院生命機能研究科・医学系研究科 ヒトES細胞(胚性幹細胞)の樹立から12年、ヒトiPS細胞(人工多能性細胞)の樹立から3年が過ぎ、 再生医療への応用を見据えた幹細胞研究が、かつてないほどの熱を帯びている。たとえば基礎研究とし て、リプログラミングやエピジェネティック制御などの幹細胞の基盤メカニズムの解明が進められており、 応用研究としては、iPS細胞、ES細胞、組織幹細胞由来の細胞や組織を用いた移植実験などが行われてい る。さらに、この10月には、アメリカのジェロン社が、ヒトのES細胞から分化誘導したオリゴデンドロサ イト前駆細胞を、脊髄損傷を治療する目的で患者の 脊髄中へ移植する臨床試験を始めた。 このような状況の下、大阪大学大学院生命機能研 究科・医学系研究科の仲野 徹教授は、マウスを用 いて始原生殖細胞の形成や分化メカニズムの解明を 進め、このほど「PI3K(フォスフォイノシチド-3-キ ナーゼ)とその下流のAkt(セリン-スレオニンキ ナーゼ)によるシグナル伝達系」が、始原生殖細胞 のみならずES細胞やiPS細胞においても、さまざま なかたちで多能性の維持に関係していることを明ら かにした。 (図1) 未分化性の維持に不可欠な PI3K/ Aktシグナル 仲野教授は約10年前から、がん抑制遺伝子とし て知られ、ヒトのがんの半数以上で変異がみとめ られるPTENという遺伝子の機能解析を行ってい た。「PTENはPIP3を脱リン酸化することでPI3K の機能を抑制していること、PI3Kの下流にはAkt があることがわかっていたため、組織特異的PTEN 欠損マウスやAktトランスジェニックマウスを使う ことで、PI3K/Aktシグナル伝達系の機能解析を始 めることにしました」と仲野教授。 その結果、まず、生殖細胞で特異的にPTENを欠 損させたうえでPI3K/Aktシグナルを亢進させる と、精巣にテラトーマが形成され、ES細胞様の性 質をもつ胚性生殖細胞(EG細胞)の樹立効率が格 段に上がることがわかった。 次に、PI3K/Aktシグナルが、生殖細胞系列の分 化にも関与していることを突き止めた。ほ乳類の 場合、生殖細胞は、中胚葉への分化誘導プログラ ムが抑制されることで「多能性細胞→始原生殖細 胞への運命づけ」という一連の分化経路をたどる ことが知られている。仲野教授は、試験管内で作 り出した同様の環境においてPI3K/Aktシグナルを 亢進させると、中胚葉への分化が抑制されること を明らかにしたのである。「この条件では、 PI3K/Aktシグナルを強制発現させたES細胞は少 しだけ分化し、自己複製能をもつAktスフェアとい う細胞塊になりました。さらに、Aktスフェアを脱 分化させるとES細胞様に戻ることも確認しまし た。つまり、Aktスフェアは中胚葉までは分化して いないmetastableな状態だといえるようです」と 仲野教授。(図2・図3) Aktスフェアから脱分化させた細胞がES細胞様 であることは、マウスの全遺伝子を搭載したマイ クロアレイによる発現解析によって確認した。用 いたのは、     とよばれる超高感度のDNA チップ。     の基板は黒色の樹脂で、チッ プ表面に柱状の立体構造が成形されており、その 上面にDNAプローブが固定されている。また、発 現遺伝子由来のサンプルを反応させる際に、柱と 柱の間に配置したマイクロビーズで撹拌するよう になっている。こうした工夫により、バックグラ ウンドノイズが大幅に削減され、従来のDNAチッ プよりもきわめて高い感度・再現性・定量性が実 現されているという。アレイ解析について仲野教 授は「Aktスフェアを脱分化させた細胞には、ES 細胞と同様のNanog、C-MYC、Oct3/4などの遺伝 子が多く発現していることが確認できました」と コメントする。 細胞種によって異なっていた PI3K/Aktの機能 さらに仲野教授は、リプログラミングを可能に する既存の3手法、すなわち「核移植」、「体細胞 とES細胞との融合」、「4因子(OCT3/4・ SOX2・KLF4・C-MYC)の体細胞への導入」につ いて、PI3K/ Aktシグナルがどのように関与してい るのかについても調べてみた。「それぞれの系に おいてPI3K/Aktシグナルを亢進させてみたのです が、興味深いことに結果はさまざまでした。『核 移植』ではリプログラミングの効率が下がり、 『体細胞とES細胞とを融合』では効率が10倍に高 まり、『4因子の体細胞への導入』では多少効率が 上がるといった結果だったのです」と仲野教授。 このほかにも、ES細胞においてPI3K/Aktシグナ ルを亢進させると、未分化性の維持に不可欠な因 子であるLIFを用いなくても、ES細胞を未分化な まま培養できることなどを突き止めている。 仲野教授による一連の成果は、PI3K/Aktシグナ ルが、幹細胞種ごとにきわめて多彩な機能を果た すことを強く示唆している。さらなる解析を進め ることにより、ES細胞やiPS細胞をはじめとする幹 細胞の培養・分化誘導・クオリティー管理等に幅 広く応用可能な成果がもたらされるものと期待さ れる。 Akt 活性化 コントロール Day 74 自己複製 Day 5 中胚葉コロニー Akt-sphere の出現 Day 8 胎仔型造血 Day 11 成体型造血 Akt スフェアの誘導と自己複製 エピブラスト 発生過程 OP9 分化誘導系 始原生殖 細胞 中胚葉 Akt sphere 中胚葉 中胚葉分化の抑制 生殖系列プログラムの活性化 ES細胞 Akt Akt 生殖系列プログラムの活性化不完全? MEFs + LIF or 2inhibitors + LIF 始原生殖 細胞 中胚葉・生殖細胞への分化と Akt シグナル Nanog (-) Nanog (+) EpiSCs PGCs ES cells ES cells 多能性幹細胞からの metastable な分化状態 Akt- sphere cells 図1 図2 図3
1

2011-1 TORAY new001cs2.toray.co.jp/news/3dgene/newsrrs01.nsf/9FDC9E50BE32...BMB2010(第33回日本分子生物学会年会 第83回日本生化学会大会)ランチョンセミナーレポート

Jan 19, 2020

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BMB2010(第33回日本分子生物学会年会第83回日本生化学会大会)ランチョンセミナーレポート

PI3K/Aktシグナルと幹細胞の多能性・・・ 幹細胞種によって多彩な機能を果たすことを確認!仲野 徹 教授大阪大学大学院生命機能研究科・医学系研究科

 ヒトES細胞(胚性幹細胞)の樹立から12年、ヒトiPS細胞(人工多能性細胞)の樹立から3年が過ぎ、再生医療への応用を見据えた幹細胞研究が、かつてないほどの熱を帯びている。たとえば基礎研究として、リプログラミングやエピジェネティック制御などの幹細胞の基盤メカニズムの解明が進められており、応用研究としては、iPS細胞、ES細胞、組織幹細胞由来の細胞や組織を用いた移植実験などが行われている。さらに、この10月には、アメリカのジェロン社が、ヒトのES細胞から分化誘導したオリゴデンドロサイト前駆細胞を、脊髄損傷を治療する目的で患者の脊髄中へ移植する臨床試験を始めた。 このような状況の下、大阪大学大学院生命機能研究科・医学系研究科の仲野 徹教授は、マウスを用いて始原生殖細胞の形成や分化メカニズムの解明を進め、このほど「PI3K(フォスフォイノシチド-3-キナーゼ)とその下流のAkt(セリン-スレオニンキナーゼ)によるシグナル伝達系」が、始原生殖細胞のみならずES細胞やiPS細胞においても、さまざまなかたちで多能性の維持に関係していることを明らかにした。(図1)

  未分化性の維持に不可欠な   PI3K/ Aktシグナル 仲野教授は約10年前から、がん抑制遺伝子とし

て知られ、ヒトのがんの半数以上で変異がみとめ

られるPTENという遺伝子の機能解析を行ってい

た。「PTENはPIP3を脱リン酸化することでPI3K

の機能を抑制していること、PI3Kの下流にはAkt

があることがわかっていたため、組織特異的PTEN

欠損マウスやAktトランスジェニックマウスを使う

ことで、PI3K/Aktシグナル伝達系の機能解析を始

めることにしました」と仲野教授。

 その結果、まず、生殖細胞で特異的にPTENを欠

損させたうえでPI3K/Aktシグナルを亢進させる

と、精巣にテラトーマが形成され、ES細胞様の性

質をもつ胚性生殖細胞(EG細胞)の樹立効率が格

段に上がることがわかった。

 次に、PI3K/Aktシグナルが、生殖細胞系列の分

化にも関与していることを突き止めた。ほ乳類の

場合、生殖細胞は、中胚葉への分化誘導プログラ

ムが抑制されることで「多能性細胞→始原生殖細

胞への運命づけ」という一連の分化経路をたどる

ことが知られている。仲野教授は、試験管内で作

り出した同様の環境においてPI3K/Aktシグナルを

亢進させると、中胚葉への分化が抑制されること

を明らかにしたのである。「この条件では、

PI3K/Aktシグナルを強制発現させたES細胞は少

しだけ分化し、自己複製能をもつAktスフェアとい

う細胞塊になりました。さらに、Aktスフェアを脱

分化させるとES細胞様に戻ることも確認しまし

た。つまり、Aktスフェアは中胚葉までは分化して

いないmetastableな状態だといえるようです」と

仲野教授。(図2・図3)

 Aktスフェアから脱分化させた細胞がES細胞様

であることは、マウスの全遺伝子を搭載したマイ

クロアレイによる発現解析によって確認した。用

いたのは、     とよばれる超高感度のDNA

チップ。     の基板は黒色の樹脂で、チッ

プ表面に柱状の立体構造が成形されており、その

上面にDNAプローブが固定されている。また、発

現遺伝子由来のサンプルを反応させる際に、柱と

柱の間に配置したマイクロビーズで撹拌するよう

になっている。こうした工夫により、バックグラ

ウンドノイズが大幅に削減され、従来のDNAチッ

プよりもきわめて高い感度・再現性・定量性が実

現されているという。アレイ解析について仲野教

授は「Aktスフェアを脱分化させた細胞には、ES

細胞と同様のNanog、C-MYC、Oct3/4などの遺伝

子が多く発現していることが確認できました」と

コメントする。

  細胞種によって異なっていた  PI3K/Aktの機能 さらに仲野教授は、リプログラミングを可能に

する既存の3手法、すなわち「核移植」、「体細胞

とES細胞との融合」、「4因子(OCT3/4・

SOX2・KLF4・C-MYC)の体細胞への導入」につ

いて、PI3K/ Aktシグナルがどのように関与してい

るのかについても調べてみた。「それぞれの系に

おいてPI3K/Aktシグナルを亢進させてみたのです

が、興味深いことに結果はさまざまでした。『核

移植』ではリプログラミングの効率が下がり、

『体細胞とES細胞とを融合』では効率が10倍に高

まり、『4因子の体細胞への導入』では多少効率が

上がるといった結果だったのです」と仲野教授。

 このほかにも、ES細胞においてPI3K/Aktシグナ

ルを亢進させると、未分化性の維持に不可欠な因

子であるLIFを用いなくても、ES細胞を未分化な

まま培養できることなどを突き止めている。

 仲野教授による一連の成果は、PI3K/Aktシグナ

ルが、幹細胞種ごとにきわめて多彩な機能を果た

すことを強く示唆している。さらなる解析を進め

ることにより、ES細胞やiPS細胞をはじめとする幹

細胞の培養・分化誘導・クオリティー管理等に幅

広く応用可能な成果がもたらされるものと期待さ

れる。

Akt 活性化

コントロール

Day 74

自己複製

Day 5 中胚葉コロニー

Akt-sphereの出現

Day 8 胎仔型造血

Day 11 成体型造血

Akt スフェアの誘導と自己複製

エピブラスト

発生過程

OP9 分化誘導系

始原生殖細胞

中胚葉

Akt sphere

中胚葉

中胚葉分化の抑制

生殖系列プログラムの活性化

ES細胞

Akt

Akt

生殖系列プログラムの活性化不完全?

MEFs + LIF or 2inhibitors + LIF

始原生殖細胞

中胚葉・生殖細胞への分化と Akt シグナル

Nanog (-)

Nanog (+) EpiSCs PGCs ES cells ES cells

多能性幹細胞からの metastable な分化状態

Akt-spherecells

図1

図2

図3