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25 1.はじめに 2008年岩手・宮城内陸地震は,これまで活断層の存在が 確認されていなかった地域に発生した(第1図).そのた め,「古い地質断層」の活動が地震の原因とする説も唱え られるなど,活断層に基づく地震発生予測に疑問を呈する 意見も流れた.この地域では,縮尺1万分の1レベルの航 空写真を用いた活断層地形の判読など,詳細な調査が行わ れておらず,地震の原因を考察するためにも,活断層の存 否を確認することが急務であった. このような背景のもとで,筆者らは地震発生直後から一 関市厳美町周辺(第2図)について重点的な現地調査を行 い,地表地震断層を確認するとともに,地震直後および 1976年に撮影された航空写真を用いた活断層地形判読,お よびトレンチ調査を実施した. 2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義 ─一関市厳美町付近の調査速報─ 鈴木康弘 渡辺満久 2 中田 高 3 小岩直人 4 杉戸信彦 熊原康博 5 廣内大助 6 澤 祥 中村優太 丸島直史 8 島崎邦彦 9 The active fault related to the 2008 Iwate-Miyagi Nairiku Earthquake in Japan Preliminary report of the earthquake fault in Genbi-cho, Ichinoseki cityYasuhiro SUZUKI Mitsuhisa WATANABE 2 Takashi NAKATA 3 Naoto KOIWA 4 Nobuhiko SUGITO Yasuhiro KUMAHARA 5 Daisuke HIROUCHI 6 Hiroshi SAWA Yuta NAKAMURA Naofumi MARUSHIMA 8 and Kunihiko SHIMAZAKI 9 Abstract Since the 2008 Iwate-Miyagi Nairiku Earthquake occurred in the area where detailed active fault studies had not been done before, it is important to define whether the earthquake is related to any existing active fault or inactive fault. We interpret large-scale aerial photographs taken in 96 as well as taken immediately after the earthquake, in order to compare well-defined surface fault ruptures with pre-existing fault-related landform sporadically distributed along the Koino’oka river in Genbi-cho, Ichinoseki city. In the field, we confirmed that these surface ruptures and deformation partially appeared along the pre-existing fault-related landform. Further, we excavated trenches across the earthquake fault, and found that the fault has been repeatedly moved during Holocene. Thus we confirmed that the cause of the earthquake was strongly related to this newly found active fault. 活断層研究 29号 25〜34 2008 *1 名古屋大学  *2 東洋大学 *3 広島工業大学  *4 弘前大学 *5 群馬大学  *6 信州大学 *7 鶴岡工業高等専門学校  *8 東北大学 *9 東京大学 *1 Nagoya University *2 Toyo University *3 Hiroshima Institute of Technology *4 Hirosaki University *5 Gunma University *6 Shinshu University *7 Tsuruoka National College of Technology *8 Tohoku University *9 University of Tokyo
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2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義 ─一関市 ... · 2009. 6. 8. · Daisuke HIROUCHI*6 Hiroshi SAWA * Yuta NAKAMURA* Naofumi MARUSHIMA*8

Jan 30, 2021

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    1.はじめに

     2008年岩手・宮城内陸地震は,これまで活断層の存在が確認されていなかった地域に発生した(第1図).そのため,「古い地質断層」の活動が地震の原因とする説も唱えられるなど,活断層に基づく地震発生予測に疑問を呈する意見も流れた.この地域では,縮尺1万分の1レベルの航

    空写真を用いた活断層地形の判読など,詳細な調査が行われておらず,地震の原因を考察するためにも,活断層の存否を確認することが急務であった. このような背景のもとで,筆者らは地震発生直後から一関市厳美町周辺(第2図)について重点的な現地調査を行い,地表地震断層を確認するとともに,地震直後および1976年に撮影された航空写真を用いた活断層地形判読,およびトレンチ調査を実施した.

    2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義─一関市厳美町付近の調査速報─

    鈴木康弘*� 渡辺満久*2 中田 高*3 小岩直人*4

    杉戸信彦*� 熊原康博*5 廣内大助*6 澤 祥*�

    中村優太*� 丸島直史*8 島崎邦彦*9

    The active fault related to the 2008 Iwate-Miyagi Nairiku Earthquake in Japan─Preliminary report of the earthquake fault in Genbi-cho, Ichinoseki city─

    Yasuhiro SUZUKI *� Mitsuhisa WATANABE*2 Takashi NAKATA*3

    Naoto KOIWA*4 Nobuhiko SUGITO*� Yasuhiro KUMAHARA*5

    Daisuke HIROUCHI*6 Hiroshi SAWA *� Yuta NAKAMURA*�

    Naofumi MARUSHIMA*8 and Kunihiko SHIMAZAKI*9

    Abstract

      Since the 2008 Iwate-Miyagi Nairiku Earthquake occurred in the area where detailed active fault studies had not been done before, it is important to define whether the earthquake is related to any existing active fault

    or inactive fault. We interpret large-scale aerial photographs taken in �9�6 as well as taken immediately after

    the earthquake, in order to compare well-defined surface fault ruptures with pre-existing fault-related landform

    sporadically distributed along the Koino’oka river in Genbi-cho, Ichinoseki city. In the field, we confirmed that

    these surface ruptures and deformation partially appeared along the pre-existing fault-related landform. Further,

    we excavated trenches across the earthquake fault, and found that the fault has been repeatedly moved during

    Holocene. Thus we confirmed that the cause of the earthquake was strongly related to this newly found active

    fault.

    活断層研究 29号 25〜34 2008

    *1 名古屋大学 *2 東洋大学*3 広島工業大学 *4 弘前大学*5 群馬大学 *6 信州大学*7 鶴岡工業高等専門学校 *8 東北大学*9 東京大学

    *1 Nagoya University *2 Toyo University*3 Hiroshima Institute of Technology *4 Hirosaki University*5 Gunma University *6 Shinshu University*7 Tsuruoka National College of Technology *8 Tohoku University*9 University of Tokyo

  • 鈴木康弘・渡辺満久・中田 高・小岩直人・杉戸信彦・熊原康博・廣内大助・澤 祥・中村優太・丸島直史・島崎邦彦 26 2008

     これまでに判明した事実は以下の通りである.1 )一関市厳美町内の小猪岡川に沿う南北3〜4km程度の範囲内に断層変位地形の可能性のある地形が断続的に確認できる.2 )これに沿って変位地形と調和的な地震時の地表変位が確認できる.3 )特に,枛

    はの

    木き

    立だち

    地点では逆向き断層による変位地形が明瞭で,低位段丘面に変位が確認される.4 )トレンチ調査により,この断層は最近5千年間にも複数回の活動をした活断層である. 以上のことから,岩手・宮城内陸地震は活断層に関連した地震であったことが明らかになった.本論文においてはこの結論の論拠を速報として記載する.さらに広域かつ詳細な調査結果については他の研究グループが調査中であり,今回の地震と活断層の具体的関連については,それらの調査結果の集積を待って最終的に議論されるべきであるが,本論文においては,これまでに判明した事実から,今後の地震発生予測に対してどのような課題が提起されるかに焦点を絞り,考察を加える.

    2.一関市厳美町枛木立付近の地震断層

     岩手・宮城内陸地震は北上低地西縁断層よりも南方で発生し,この地域には従来,活断層の存在が確認されていなかった.地震直後,石山ほか(2008a),遠田ほか(2008)は一関市厳美町枛木立付近において,明瞭な地震断層が出現したことを速報した. 第3図は地震直後に国土地理院によって撮影されたものであり,地震の際の地表変状が写し出されている.まず明瞭に認められるのは東上がりの地震断層である.水田を横切る地点で断層線の東側の水田が約30cm隆起し干上がってる(P1,P2付近).東上がりの地震断層はさらに南方へ同様の変位量を持ったまま続き,小猪岡川の護岸や舗装道路を破壊し,その南西方の水田にも変位を及ぼし,南端では斜面崩壊を生じさせている.P1付近より北方延長部では,盛土部を通過し,断層変位は不明瞭になるが,舗装

    第1図 岩手・宮城内陸地震の本震・余震の震央と既知の活断層および本研究の調査地域

      震央分布は防災科学技術研究所(2008a)による.観測期間は2008年 6 月�4日〜 8 月�9日.★:本震,太線:既知の活断層,細線:県境,本研究の調査範囲は小さい四角の範囲.

    第2図 岩手・宮城内陸地震震源域付近の活断層と地表変状位置図

      黒およびグレーの線は推定活断層.黒は確実度が高い.実線:位置明瞭,破線:位置不明瞭,点線:地震前には変位地形が残存していなかった伏在部.★:主な地表変状確認地点.基図として国土地理院2.5万分の � 地形図「本寺」図幅の一部を使用.

  • 2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義-一関市厳美町付近の調査速報-活断層研究 29号 2�

    第3図 枛木立付近の地震後に撮影された航空写真  国土地理院撮影CTO-2008-3 C�-43の一部.実線:地震断層,ケバ:沈降側,矢印:地震

    時の撓みの向き,P�〜4:第 4 図 に示す地形断面測線位置,Loc.�〜2:トレンチ掘削地点.

    第4図 地震時変位および累積変位を示す地形測量断面  デジタルレベルにより測量.測線位置は第 3 図 に示す.P2測線では一連の地形面は一回分の変

    位のみ受けている.P3では低位段丘面上に累積変形がある.P�においては,今回の断層変位分を戻しても断層より東側の幅約50mの範囲に数�0cmの高まりが残る.

  • 鈴木康弘・渡辺満久・中田 高・小岩直人・杉戸信彦・熊原康博・廣内大助・澤 祥・中村優太・丸島直史・島崎邦彦 28 2008

    道路を横切る地点では,路面に西側低下約30cmの明瞭な撓曲変位が確認される. 一方,同様の東上がりの地震断層は約100m西方にも並走している.明瞭に確認できるのは第3図北部の水田と南部の水田の2箇所であり,北部で比高約40cm,南部で約20cm東側が隆起している.この地震断層も南北両端において斜面崩壊を起こしている.   第4図のP1測線とP2測線は,東上がりの断層変位を示し,その量は約30cmである.一方,P1測線の東端付近では,水田面が10〜20cm程度,東方向へ撓んでいる.第3図のP3測線付近では水田面が撓み,水田の北西縁が干上がっている様子が明瞭に見える.第5図は測線P3付近で撮影した写真である.P4は水田面上の測線であり,今回の地震時に東へ10cm傾いている.P3およびP4測線で計測される東方への撓みの量はそれぞれ20cm,10cm程度であり,F1による上下変位量は30cm以上と判断される.この量は逆向き断層による変位にほぼ匹敵する可能性が高い. 第6図は今回の地震の際の地震断層の特徴を模式的にまとめたものである.逆断層運動による地表変形は一般に広域的に現れることが多く,その上盤側に逆向き断層を伴うことが多い.後述するように逆向き断層が確認された範囲

    第6図 枛木立付近の地震時変位から推定される断層構造  F�:西上がりの断層本体.地表に明瞭な崖を形成していな

    いことから浅層において変位が急減している. F2:バックスラスト.

    第5図  枛木立における水田の干上がり(2008年6月��日撮影)

    は,西上がりの変形が確認された範囲より短く,局所的な現象であることから,上盤側に生じたバックスラスト(F2)と判断される.一方,西上がりの逆断層F1は地表の撓みを形成したが,ほとんどの箇所で地表を切断するには至っていないため,地表下に伏在した状況にあると考えられる.第2図にはF1の推定地表到達位置を破線もしくは点線で示している.なお, 木立では東上がりの断層トレースは2列あることから,F2が2条並走して存在していると考えられる.

    3.枛木立付近の活断層変位地形

     1976年に国土地理院が撮影した縮尺約1万5千分の1航空写真を判読したところ, 木立において明瞭な逆向き(東上がり)の断層変位地形が見出された.第7図の矢印で示す位置に,北北東方向へ延びる東上がりの比高1.5m程度の低崖があり,東側の低位段丘面と西側の沖積凹地とを境している.この凹地は細長く北東側が閉じた形状をしているため,河川浸食によって形成されたものとは考えられず,断層変位地形と判断される.前章で述べた地震断層

    (逆向き断層)の一部は,ちょうどこの変位地形の直上および延長部に確認され,活断層の再活動の可能性が強く示唆される. 一方,変位の累積性について以下の2点が確認される.まず,P3測線の地形断面には,低位段丘面に西上がりの逆断層F1に伴う撓曲と,逆傾斜が確認される(第4図).P3の低位段丘面に見られる撓曲変位は,P4が示す今回の地震時の変形より明らかに大きいことから,低位段丘面のバルジ状の変形は今回の地震だけで生じたものではなく,それ以前からの変形の累積であると判断される. 沖積面の一部にも累積変形が認められる.P1,P2は,ともに河川沿いに形成された沖積面の地形断面であるが,P1測線の方が相対的に高位の沖積面上にあり,P2測線が載る沖積面との間には比高1m未満の北西-南東走向の

  • 2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義-一関市厳美町付近の調査速報-活断層研究 29号 29

    浸食崖がある.これらの沖積面が形成された当時の河川は現在と同じく,この地点においては局所的に北西から南東へ流れたと考えられる.このためP1,P2の地形断面は,もともと南東方へ一様に傾斜していたはずである.P2においては,今回の地震の際の変位量を差し引くと,ほぼ一様に南東方向へ傾くプロファイルが復元されるのに対して,P1においては,今回の地震時の変位量を差し引いても,断層より東側に波長約50m程度の緩やかな高まりが残る.その高まりは上述の低位段丘面バルジ状の変形と同傾向である.このことから高位の沖積面は今回の地震以前にも変形していたと判断される. 以上のことから,枛木立地点における今回の地震時変位のうち,逆向き断層(F2)は活断層変位地形に沿って出現している.また,西上がりの逆断層(F1)についても,その断層運動がもたらした撓み上がる変形が,累積的な変位地形として確認された.

    4.枛木立地点におけるトレンチ調査

     枛木立で地震前の航空写真により確認される逆向き断層崖は,今回の地震の際に生じた高さ数10cmの撓曲と比較して明らかに比高が大きい.このことから変位の累積性が確認され,活断層の存在が確認される.これらの累積変位を生じた断層の活動時期や繰り返し間隔を具体的に明らかにするために,枛木立の2地点(第3図のLoc.1,Loc.2)においてトレンチ調査を実施した.第1次:7月4日〜7日,第2次:12日〜15日の2回実施されたが,ここでは速報として第1次調査の概要を報告し,第2次調査結果については年代測定結果を待って稿を改める.

    第7図  枛木立付近の�9�6年航空写真ステレオペア 国土地理院撮影CTO-�6-�3 C�2D-5,6の一部.矢印の先に低断層崖が見える.

    4-1.�第1地点(枛木立南)の結果 第1地点(Loc.1)は低断層崖が現れた牧草地である

    (第8図).ここは小猪岡川沿いの最低位の地形面であり,この面に累積変位は認められない.かつて一枚の水田であり,地震前は平坦であったが,地震の際に東上がり30cmの低断層崖が出現した.この低断層崖と直交する方向に長さ7m,深さ2〜2.5mのトレンチを掘削した. トレンチ壁面には,比較的高角度で南東に傾下する逆断層が確認される(第9図:南壁面).断層面の走向傾斜は,N40°E, 50〜80°Eである.S3〜4の深度2m付近には基盤岩の高まりがあり,小猪岡川が下刻した際に削り残したものと判断される. トレンチ壁面の堆積物は以下の3層に大別される.Ⅰ層:地表から深度1.5m付近までの礫層で,淘汰の良くない亜角礫からなり,小猪川の河床堆積物と判断される.深度50cm以浅は相対的に細粒かつ淘汰が良好で,この部分をⅠa層,これより下位をⅠb層と細分することができる.Ⅱ層:Ⅰ層に比べるとややマトリクスの多い亜角礫からなる礫層で,腐植物を含むシルト層を上部に挟在させている.礫層の部分をⅡb層,シルト層をⅡa層とする.層理は明瞭で,両者の境界は比較的明瞭に区分できる.Ⅲ層:やや赤みを帯び,比較的淘汰の良い小礫を多く含む礫層であり,下部には最大粒径50cmの礫も含まれる. Ⅰ層は,Ⅱa層を明瞭に切断する断層(Fa)の上部延長において撓曲変形している.その上下変位量は今回の地震1回分であり,Ⅰa層下限およびⅠb層下限の上下変位は地表に現れた上下変位量30cmにほぼ等しい.Ⅱa層とⅠb層は一部傾斜不整合の関係にある.すなわち,Ⅱa層が断層付近で撓み上がる変形をした後,Ⅰb層基底がこれを平

  • 鈴木康弘・渡辺満久・中田 高・小岩直人・杉戸信彦・熊原康博・廣内大助・澤 祥・中村優太・丸島直史・島崎邦彦 30 2008

    坦化している.したがってここに1回前の断層活動を確実に認定できる.Ⅱa層基底に見られる上下変位量は約60cmである. さらにⅢ層中に確認されるFbは,Ⅱa層以上を変位させていない.このことからもうひとつ前の断層活動が,Ⅲ層堆積後,Ⅱa層堆積前にあった可能性がある. 年代測定結果の速報値として,Ⅲ層中の腐植質シルト層から,4420±40y BP (Beta-246516;AMSによる補正年代.暦年換算(1シグマ)で Cal BC 3100〜3010もしくはCal

    BC 2970〜2960)という年代値が得られた.このことから,約5千年前以降に今回を含めて複数回の断層活動が推定される.

    4-2.�第2地点(枛木立)の結果 第2トレンチは,Loc.2(第3図)で実施した.ここは第7図で確認された低断層崖のトレース上である.北壁面の写真を第10図として示した.ここでは基盤岩が比較的高角度で湿地性堆積物の上に衝上している.基盤岩の上には

    第9図 枛木立第 � 地点におけるトレンチ壁面(南面) 太い白色の破線は断層の位置.細い白線は層序区分,実線は明瞭,破線は不明瞭な地層境界.

    第8図  枛木立におけるトレンチ掘削風景 第1地点から北方を望む.太矢印:地表地震断層の出現位置.2008年 � 月 5 日撮影.

  • 2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義-一関市厳美町付近の調査速報-活断層研究 29号 3�

    これを不整合で被う低位段丘堆積物(礫層)があり,基盤岩と湿地堆積物との間には,この礫層の一部が断層に沿って巻き込まれている. 今回の地震時には,トレンチ壁面で観察される深度1〜2m以浅では撓曲変形が主で,この壁面に見られる逆断層そのものは明瞭なずれを伴っていない.撓み上がる変形が生じた低位段丘礫層の中に破断が生じている.トレンチ掘削地点付近の地表変状も撓曲であり,一部に雁行するクラックが確認される.このような変形とトレンチ内で確認された変形は整合的である. 湿地性堆積物は腐植に富んでいる.古い断層活動によって切られている地層と,その断層を被っている地層を区分できるため,古地震活動時期を特定できる.最上部の腐植層中には,To-a(AD915;町田・新井,2003)が確認され,この地層は断層によって切られていないことから,10世紀以前の活動が確認され,これが一つ前の活動である可能性がある.なお,火山灰の同定は,EPMA法による火山ガラスの主成分組成をもとに行い,青木・町田(2006)を参考にした.

    5.小猪岡川沿いの変位地形と地表変位

     小猪岡川流域において地震前(1976年)に撮影された航空写真を判読すると, 木立周辺の断層変位地形は,全般

    第10図  枛木立第2地点におけるトレンチ壁面(北面) 太い白実線:断層,太い白破線:地割れ,細い白破線:地層境界

    に不明瞭である.しかしながら,変位地形の可能性のある地形が小猪岡川沿いに点在していることは速報できる(第2図). 北部の前田付近(地点a)では,西から流下する小扇状地が増傾斜している.また前田の西方の支谷沿い(地点xがある谷)沿いでは地形面の段化が著しく,推定断層線より西側で現河床との比高が大きくなっている.南部の落合付近(地点cの北)および落合の南約1kmの地点(地点e〜f間)では,地形面が西上がりに撓曲状に変形している

    (第2図).以上の地形はいずれも小猪岡川沿いの低地と西側の山地との境界に位置し,西方隆起の可能性を示唆している. このような変位地形の可能性のある場所を中心に,地震時の地表変状を確認すると以下のような状況である.詳細な現地観察・測量成果は別稿に委ねるとして,ここでは小荒井ほか(2008)によって有効性が確認された,地震直後に撮影された国土地理院の航空写真により,変位の様子を確認する. 地点a,b付近では,水田面が東に傾斜し,水田の一部(西半分)が干上がる傾向にある(第11図).地点c〜fにおいても,水田の西半分が干上がり,東に傾斜したことを証拠づけている(第12図).特に地点eとfでは,傾動のみでなく比較的短波長の撓曲変形が確認される.これらの地表変状は,変位地形の可能性のある地形の分布と整合的であり,

  • 鈴木康弘・渡辺満久・中田 高・小岩直人・杉戸信彦・熊原康博・廣内大助・澤 祥・中村優太・丸島直史・島崎邦彦 32 2008

    ここに活断層が存在する可能性を指摘することができる. なお,地点x(第11図)においては明瞭な西上がりの地震断層が現れている.第2図によればグレーの線で描かれる推定活断層上にある.石山ほか(2008b)は地点xから約2km北方の磐井川沿いにおいて地表変状を認めており,これとの関連については今後精査されることになろう.

    6.認定される短い活断層とその意義

     以上に述べたように, 木立付近には短いながらも明瞭な断層変位地形があり,低位段丘礫層堆積期以降に複数回,比較的活発な活動を繰り返していることが明らかとなった.地形の大局的な配置から,この変位地形は「より東方に位置する逆断層によるバックスラストにあたる」という考えにもとづいて,西上がりの活断層の存在の確認と活動履歴を検討することは重要である.このような西上がりの変動を示唆する地形の連続性は必ずしも良いとは言えないが,これらをつないだ線上に今回の地震に伴う地表変状(水田の傾動や撓曲)が見出されることから,結果的に,第2図に示す長さ3〜4kmの活断層が推定される. このような状況から,事前に詳細な航空写真判読を行えば,局地的に東上がりの逆向き断層は確実に認められたが,その一方で,3〜4kmの長さの活断層を把握することは容易ではなかったと思われる.したがって今後の教訓として,「枛木立のように,活断層の存在を明確に示す地形的な証拠が局地的に認められる場合,その延長部や周辺の地形・地質構造について,トレンチ掘削調査を実施する等,

    第11図  地震後撮影の航空写真に写る前田周辺の地表変状  円内で水田面が傾き,一部干上がっている.国土地理院撮

    影CTO-2008-3 C�5-52

    第12図  地震後撮影の航空写真に写る落合周辺の地表変状  円内で水田面が傾き,一部干上がっている.国土地理院撮

    影CTO-2008-3 C3-26

    慎重な検討が必要である」ということを改めて確認する必要がある. いずれにしても,岩手・宮城内陸地震の震源域に短くとも活断層が存在し,それが地震活動と密接な関係を有していることが明らかになったことは,地震発生の長期予測において極めて重要である.少なくとも活断層が全く存在しない地域におきたわけではなく,震源断層の活動と深く関わる活断層は存在している.変動地形学的に認定される活断層が短い場合にどのような検討が必要かについては,既に島崎(2008)が先見性をもって述べている.すなわち,短い活断層でも,その地下の弱面の存在が重力異常分布や地質図などで認められる場合には,地表で認められる長さより長い震源断層が地下に存在すると考えて,評価すべきであるとしている.活断層の長さが短くてもM7.2クラスの地震を想定する必要があることを,今回の地震は明確に示している. ところで,第13図は防災科学技術研究所(2008b)に

  • 2008年岩手・宮城内陸地震に関わる活断層とその意義-一関市厳美町付近の調査速報-活断層研究 29号 33

    よって推定された震源断層モデルである.これを見ると活断層として認定される区間とアスペリティとの位置関係は非常に明瞭である.山中(2008)や八木・西村(2008)らのモデルではアスペリティは多少南方へも拡がるが,大局的には同様の結果となっている.SARの解析結果(国土地理院,2008)においても活断層付近に比較的明瞭な変位が確認されている.以上のことから,浅部のアスペリティに対応した活断層が確認されたということができる. トレンチ調査の結果から,枛木立の活断層の活動性がかなり高いことが判明した.このことは,今回のように浅部にアスペリティを持つ地震活動は,この地域において特徴的であり,度々繰り返されている可能性が高いことを示している.この点も,この地域の地震テクトニクスを解明する上で重要な知見である.

    7.まとめ

     岩手・宮城内陸地震(M7.2)は,活断層がこれまでに確認されていない地域で起きた.活断層が存在しない地域でこの地震が本当に起きたのかどうかを確認することは,地震の原因を明らかにする上で緊急の課題であった.地震後1ヶ月以内に実施した調査結果の速報として,以下のようにまとめられる.1 )地震前に撮影された縮尺1万5千分の1の航空写真を

    判読し,厳美町内の小猪岡川沿いの南北3〜4km程度の区間に,活断層変位地形の可能性のある地形を見出した.

    2 )地表変状を調査したところ,上記による推定活断層に

    第13図 インバージョン解析によるすべり分布(防災科学技術研究所,2008b)と活断層との位置関係

      浅部に見られる明瞭なアスペリティの位置と本論文で明らかにした活断層の位置とは明瞭に一致している.

    沿って,水田面の傾きや撓み等の地表変状を確認した.3 )枛木立地点には明瞭な活断層地形があり,変位の累積

    性も確認できる.4 )枛木立地点でトレンチ調査を実施したところ,約5千

    年前以降,今回を含めて複数回の活動をしていることが明らかになった.

    5 )以上のことから,岩手・宮城内陸地震は活断層に関連した地震であることが判明した.

    6 )他機関により報告されている震源断層モデルにおけるアスペリティの位置とこの活断層は極めて対応が良く,こうした断層活動が過去にも繰り返していた可能性が高いと考えられる.

     なお,地表変状については産業技術総合研究所(2008)などが精力的にさらに広域的な調査を実施している.本論文では,鈴木・渡辺(2006a,b)で述べたとおり,地表地震断層の認定においては,変位地形もしくは地質露頭によって変位の反復性が明確に確認されることを重視する.このため地震後1ヶ月の時点で,変位の反復性が明確に確認されたもののみを検討対象とした.

    謝辞

     岩手・宮城内陸地震において,枛木立周辺でも農地の地盤災害を中心に深刻な被害が生じた.大きな人的被害は免れたものの,地震後1ヶ月以内の状況においては生活の立て直しに多用な時期であり,そのような中,トレンチ調査地の所有者,槻山 茂 氏と槻山 隆 氏には,調査に全面的なご協力をいただいた.一関市川崎町門崎の有限会社 伊藤組には,掘削調査に多大なご協力をいただいた.火山ガラスのEPMA分析は弘前大学大学院理工学研究科教授 柴 正敏氏に依頼した.群馬大学教育学部の土屋宏晃氏と松田恵李氏,弘前大学教育学部の葛西未央氏にはトレンチ観察および現地測量の補助をしていただいた.さらに産業技術総合研究所の遠田晋次氏には編集委員として,吉岡敏和氏と小松原琢氏には査読者として,本稿の改善につながる重要なご指摘を頂いた.以上方々に厚く御礼申し上げます. なお,トレンチ掘削調査には,平成20年度地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)経費(東京大学地震研究所)を使用した.

    文  献

    青木かおり・町田 洋,2006,日本に分布する第四紀後期広域テフラの主元素組成―K2O-TiO2図によるテフラの識別,地質調査研究報告,5�,No.�/8号,239-258.

    防災科学技術研究所, 2008a, 防災科研Hi-net自動処理による震源分布図,http://www.hinet.bosai.go.jp/topics/iwate-

  • 鈴木康弘・渡辺満久・中田 高・小岩直人・杉戸信彦・熊原康博・廣内大助・澤 祥・中村優太・丸島直史・島崎邦彦 34 2008

    miyagi0806�4/

    防災科学技術研究所, 2008b, 近地地震動記録による平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震の震源インバージョン(暫定版),http://www.k-net.bosai.go.jp/k-net/topics/Iwatemiyaginairiku_0806�4/inversion/

    石山達也・今泉俊文・大槻憲四郎・越谷 信・中村教博,2008a,2008年岩手・宮城内陸地震の地震断層調査(第1報),http://www.dges.tohoku.ac.jp/~geomorph/08iwatemiyagijisin/jishinsokuhou�dan.html

    石山達也・今泉俊文・越谷 信・杉戸信彦・堤 浩之・廣内大助・丸島直史,2008b,2008年岩手・宮城内陸地震の地震断層調査(第2報),http://www.dges.tohoku.ac.jp/~geomorph/08iwatemiyagijisin/jishinsokuhou2dan.html

    小荒井衛・神谷泉・岩橋純子・中埜貴元・関口辰夫,2008,空中写真判読で把握した平成20 年岩手・宮城内陸地震の地表変状,http://cais.gsi.go.jp/Research/geoinfo/Iwate-Miyagi_Nairiku_Earthquake.pdf

    国土地理院,2008,平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震に伴う地殻変動と震源断層, 地理地殻活動研究センタートピックス, http://cais.gsi.go.jp/Research/topics/topic080625/index.html

    町田洋・新井房夫, 2003, 「新編火山灰アトラス - 日本列島とその周辺」,東京大学出版会.

    産業技術総合研究所,2008,2008年岩手・宮城内陸地震速報,

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    html島崎邦彦, 2008, 活断層で発生する大地震の長期評価:発生頻

    度推定の課題,活断層研究,28,4�-5�.鈴木康弘・渡辺満久, 2006a, 新潟県中越地震の地表地震断層-

    地震断層認定の論理と回避すべき誤解-,月刊地球,号外,53,90-96.

    鈴木康弘・渡辺満久,2006b,新潟県中越地震にみる変動地形学の地震解明・地震防災への貢献-地表地震断層認定の本質的意義-,E-journal GEO, �, 30-4�.

    遠田晋次・丸山 正・吉見雅行,2008, 2008年岩手・宮城内陸地震速報,緊急現地調査速報(第1報:2008.6.�5),

     http://unit.aist.go.jp/actfault/katsudo/jishin/iwate_miyagi/report/0806�5/index.html

    八木勇治・西村直樹,2008, 2008年6月�4日岩手・宮城内陸地震(暫定)http://www.geo.tsukuba.ac.jp/press_HP/yagi/EQ/200806�3/

    山中佳子,2008,6月�4日岩手・宮城内陸地震(M�.2)NGY地震学ノート,No.9a,近地波形解析(暫定解),http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/sanchu/Seismo_Note/2008/NGY9a.html

    (2008年8月3日受付) (2008年9月3日受理)

    キーワード

    2008年岩手・宮城内陸地震,地震断層,活断層,航空写真判読,トレンチ調査Key words : The 2008 Iwate-Miyagi Nairiku Earthquake, Earthquake fault, Active fault, Aero-photograph interpretation, Excavation

    study