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No.501 2013.6.3 34 マエストロの解説 平成15年11月に署名された現行の日米租税 条約(「所得に対する租税に関する二重課税の 回避及び脱税の防止のための日本国政府とアメ リカ合衆国政府との間の条約」。以下「現行条 約」)は、LLC等の事業体に対する条約の適 用、一定の配当、使用料等に対する源泉税免 除、特典条項の導入など、それ以前の租税条約 には見られなかった新機軸としていくつかの新 たな制度が導入された租税条約である。現行条 約が発効し(平成16年3月30日)概ね10年経 過した現在、この間の税務行政の執行状況や国 際税務における基本理念の進展に併せるべく、 現行条約にいくつかの改正を加える議定書(以 下「改正議定書」という。)が今国会(第183 回国会)での承認のために提出されている。 (執筆時、平成 25 年 4 月末時点では未承認) 以下、改正内容を順次解説する。 改正議定書の主な内容 1 改正議定書は、次のように全15条から構成 されている。 第 1 条:教授条項(第20条)の削除に伴うセ イビング・クローズの例外規定の調整。 第 2 条:個人以外の者が双方居住者となる場 合の振分け規定の改正。相互協議による解決 方法を除外し、結果的に個人以外の双方居住 者はどちらの居住者ともされないこととなる。 第 3 条:配当条項(第10条)の改正。源泉税 免税とされる配当の範囲の拡大。 第 4 条:利子条項(11条)の改正。原則とし て、源泉地国免税に改正。 第 5 条:不動産化体株式の譲渡益課税に関す る規定(第13条)の改正。両国の国内法に 則した規定に変更。 第 6 条:役員条項(第15条)の対象となる「役 # 79 品川克己 日本公認会計士協会租税 調査会専門委員(国際租 税専門部会) 税理士法人プライスウォーターハウスクーパ ース(マネージング・ディレクター) 略歴 89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国 際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及 び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロー スクールにて客員研究員として日米租税条約につ いて研究。97年より00年までOECD租税委員会 に主任行政官として出向(在フランス)し、「OECD 移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」 の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財 務省を辞職し現職。 日米租税条約 改正議定書① 今週のマエストロ&テーマ 次回のテーマ # 80 経営戦略に応える 企業再編成税制 税理士 朝長英樹 経営戦略の1つとして組織再編成税制を活 用できる方法を、同税制等の創設を主導し た筆者が事例形式で解説する。 ※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。 [email protected]
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Jul 26, 2020

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Page 1: 05 79...79 品川克己 日本公認会計士協会租税 調査会専門委員(国際租 税専門部会) 税理士法人プライスウォーターハウスクーパ ース(マネージング・ディレクター)

No.5012013.6.334

マエストロの解説

 平成15年11月に署名された現行の日米租税条約(「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の条約」。以下「現行条約」)は、LLC等の事業体に対する条約の適用、一定の配当、使用料等に対する源泉税免除、特典条項の導入など、それ以前の租税条約には見られなかった新機軸としていくつかの新たな制度が導入された租税条約である。現行条約が発効し(平成16年3月30日)概ね10年経過した現在、この間の税務行政の執行状況や国際税務における基本理念の進展に併せるべく、現行条約にいくつかの改正を加える議定書(以下「改正議定書」という。)が今国会(第183回国会)での承認のために提出されている。

(執筆時、平成25年4月末時点では未承認) 以下、改正内容を順次解説する。

改正議定書の主な内容1 改正議定書は、次のように全15条から構成されている。第 1 条:教授条項(第20条)の削除に伴うセ

イビング・クローズの例外規定の調整。第 2 条:個人以外の者が双方居住者となる場

合の振分け規定の改正。相互協議による解決方法を除外し、結果的に個人以外の双方居住者はどちらの居住者ともされないこととなる。第 3 条:配当条項(第10条)の改正。源泉税

免税とされる配当の範囲の拡大。第 4 条:利子条項(11条)の改正。原則とし

て、源泉地国免税に改正。第 5 条:不動産化体株式の譲渡益課税に関す

る規定(第13条)の改正。両国の国内法に則した規定に変更。第 6条:役員条項(第15条)の対象となる「役

今回のテーマ

マエストロの解説

#01

経営戦略に応える企業再編税制

#02

スカウト最新事情㈪ヘッドハンター 佐藤文男

#03

「スカウト力」をUPさせるキメ技

#04

キャリアシートの書き方

#05

スカウト転職に成功した人々

朝長英樹(税理士法人アクト22代表社員、元財務省主税局)

業界動向を踏まえた効果的アピール法

スカウトサービスで効率よくキャリアアップ

キャリアシートで決まるスカウト転職成功の道

経営戦略に応える企業再編税制

#02

朝長英樹(税理士法人アクト22代表社員、元財務省主税局)

今から考えておく・遺産取得課税方式で相続税対策はこう変わる

#02 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

~「理解」から「活用」の段階へ~グループ税制の使い方

#03 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

今から考えておく・遺産取得課税方式で相続税対策はこう変わる

#04 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

国際課税に潜む見落とされがちなリスク

#05 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

”複雑になりすぎた”法人税をもう一度勉強しよう

#05 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

”複雑になりすぎた”法人税をもう一度勉強しよう

#03 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

今から考えておく・遺産取得課税方式で相続税対策はこう変わる

#04 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

国際課税に潜む見落とされがちなリスク

#05 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

”複雑になりすぎた”法人税をもう一度勉強しよう

~「理解」から「活用」の段階へ~グループ税制の使い方

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#79品川克己日本公認会計士協会租税調査会専門委員(国際租税専門部会)税理士法人プライスウォーターハウスクーパース(マネージング・ディレクター)

略歴89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロースクールにて客員研究員として日米租税条約について研究。97年より00年までOECD租税委員会に主任行政官として出向(在フランス)し、「OECD移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財務省を辞職し現職。

日米租税条約改正議定書①

#02国際課税に潜む見落とされがちなリスク

今週のマエストロ&テーマ

次回のテーマ

朝長英樹(税理士法人アクト22代表社員、元財務省主税局)

#80 経営戦略に応える企業再編成税制税理士朝長英樹

経営戦略の1つとして組織再編成税制を活用できる方法を、同税制等の創設を主導した筆者が事例形式で解説する。

税務における第一人者〝税務マエストロ〟による税実務講座

※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。 [email protected]

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員」の範囲の明確化。第 7条:教授条項(第20条)の削除。第 8 条:第22条における引用法律名の変更。(「証券取引法」を「金融商品取引法」に変更)第 9 条:間接外国税額控除に関する規定(第

23条1(b))を外国子会社配当益金不算入に改正。第10条:無差別条項(第24条)の本質の改正

ではなく、単に利子条項(第11条)の改正に伴う規定の調整。第11条:従前の相互協議に関する規定(第25

条)の中に、仲裁に関する規定の創設。第12条:情報交換規定(第26条)の全文改

正。特に、交換された情報についての守秘義務に関する規定や交換されるべき情報の範囲等を明確化。第13条:徴収共助条項(第27条)の全文改

正。徴収共助に関する権利義務、手続き等、従前の抽象的な規定から実務的な規定への改正。第14条:現行条約における議定書の改正。主

に、仲裁手続きに関する詳細規定の創設。第15条:改正議定書の発効規定。 以下、重要な改正点を詳解する。

源泉税免除の範囲の拡大2(1)第10条(配当)の改正 現行条約では、配当に対する源泉税は、配当を受領する法人が所有する、配当を支払う法人の議決権のある株式の持分割合に応じて次のように定められている。i)配当の支払を受ける者が特定される日に、

議決権のある株式の10%以上を直接又は間接に所有する法人株主;5%

ii)年金基金及び配当の支払を受ける者が特定される日を末日とする12カ月の期間を通じ、

議決権のある株式の50%超を直接又は間接(両国の居住者経由の所有に限られる)に所有する法人株で一定の特典条項の要件を満たす株主;免税

iii)上記以外の株主;10%iv)日米条約の適用がない場合;日本20%、米

国30% この、配当の支払いを受ける者が「特定される日」とは、日本においては「配当に係る会計期間の終了する日」となる。 改正議定書では、配当に対する源泉税が免税になる株主法人の範囲が広げられた。具体的には、現行条約では、議決権のある株式の50%超を12カ月以上保有していることが要件とされているが、改正後は議決権のある株式の50%以上を6カ月以上保有することが要件となる。(2)第11条(利子)の改正 現行条約では、国、地方政府、中央銀行等に対する免税(主権免税)等を定める一方で、利子に対する源泉税は、原則10%とされている。改正議定書では、特定の利子を除き、利子に対する源泉税を原則源泉地国免税としている。 この例外となる(免税とならない)利子は次のものに限られるが、これらは基本的に米国の制度であることから、日本から支払われる利子にはほとんど適用ないものと考えられる。i)「債務者もしくはその関係者の収入、売上

げ、所得、利得その他の資金の流出入」、「債務者もしくはその関係者の有する資産の価値の変動」又は「債務者もしくはその関係者が支払う配当、組合の分配金その他これらに類する支払金」を基礎として金額が算定される利子に対しては、10%を限度として国内法令により課税される。

  これは、米国税法上、「Contingent Interest」として特掲される利子で、米国が締結した租税条約では通常別途の規定、取扱いが設けら

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れるが、現行条約にはこうした規定が定められていなかった。この点につき、米国議会租税合同委員会(The Joint Committee on Taxation)より懸念が表明されていたもので、改正議定書によって米国議会対策を行った意味もある。ただ、現行条約では限度税率を10%とされていたことに加え、免税とされる利子の範囲が限定的であったため、特定の金融機関に支払われる利子を除き、実質的にこうした規定は必要なかったといえる。 今般の改正議定書により、利子に対する源泉税が原則免除とされたことにより、この規定を設ける必要性が生じたものである。つまり、利子条項が原則源泉税国免税とされたことにより、「Contingent Interest」に対しては、一般配当に対する限度税率(10%)と同税率で課税することを定める規定が必要となったのである。したがって米国税法上、非居住者及び外国法人に支払われるポートフォリオ投資に係る一般利子は源泉税免税とされる一方で、Contingent Interest はこの例外とし、一般配当に対する租税条約上の限度税率で課税されることとなる。いずれにせよ、日本における源泉徴収には特に影響はない。

ii)「不動産により担保された債権」又は「その他の資産の流動化を行うための団体の持分」に関して支払われる利子の額のうち、法令で規定されている比較可能な債権の利子の額を超える部分については、国内法の税率が適用される(条約の適用はない)。

  これは、現行条約では第11条9項に規定され て い る 米 国 の 不 動 産 担 保 共 同 出 資

(REMIC)を対象としたもので、その残余権証券に対する超過利子額に対しては米国税法上の課税が行われる。

 また、現行条約第11条8項(改正後は第6項)では、独立企業間価格を超えて支払われる利子については5%で源泉税課税するという規

定がある。現行条約上は、限度税率が10%とされていたため、独立企業間の利子を超える部分に対してより優遇的な5%の税率を適用することは全く不合理、不自然であった(米国側ではそれなりの意味もあるが、少なくとも日本側交渉担当者の理解が足りなかったのではないかと推察される。)。改正議定書により、利子に対する源泉税免除が原則となったことから、今後はこの規定も意味を持ってくるといえる。

不動産化体株式の譲渡益課税3 現行条約では、原則として、法人の株式の譲渡益については源泉地での免税を規定している。例えば、米国法人がM&A等により日本法人(日本子会社)を譲渡する場合など、通常はその子会社株式の譲渡益には日本で課税されない。しかしながら例外的に、その法人(子会社)の資産価値の50%以上が、相手国(子会社の所在する国)にある不動産によって構成される場合には、その株式譲渡益については源泉地国(子会社の所在する国)で課税できることとされている。こうした法人の株式譲渡は、実質的には不動産の譲渡と同様のものであるとの考えに基づくもので、不動産化体株式譲渡と言われている。 改正議定書では、不動産化体株式譲渡を定める第2項を改正しているが、これは課税原則を変更するものではなく、不動産化体株式譲渡についての課税原則をより明確な規定とするものとなっている。具体的には、こうした株式を

「不動産」の定義に含め、米国税法上の不動産化体株式譲渡と日本の税法上の不動産化体株式譲渡を区分して規定し、それぞれの国内法の課税原則に対応しやすく改正したものと言える。(1)米国における不動産化体株式譲渡 米国の不動産化体株式譲渡は FIRAPTA

(Foreign Investment in Real Property Tax

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Act)と呼ばれる制度である。「合衆国不動産持分(United States real property interest)」を不動産として扱うことになる。この「合衆国不動産持分」の範囲は、米国税法(IRC897c)によることとなるが、米国内の不動産の価値が、法人の資産の50%以上(直接及び間接)である場合が該当することとなる。(2)日本における不動産化体株式譲渡 現行条約締結時には、日本側は不動産化体株式の譲渡益に対する制度を有していなかったため、実質的にはアメリカにのみ課税を認める片務的な規定となっていた。しかしながら、平成17年度税制改正において、当該制度が創設され、日本側においても課税権が確保されることとなったものである。日本側は、不動産化体株式の範囲として、法人の資産の価値の総額の50%以上が国内にある土地等である法人及び50%以上がこうした法人の株式である法人(不動産関連法人)の株式が該当する。国内法上は日本国内の不動産を有する外国法人の株式も該当し、改正議定書における定義も内国法人ではなく「法人」とされている。

役員の範囲の明確化4 現行条約において源泉地国課税(支払法人の所在する国での課税)を認める「役員報酬」は、「役員の資格で取得する役員報酬」とされているが、この「役員」の範囲はこれまで特に定められておらず、日米それぞれの法律によることとなっていた。したがって、それぞれの税法、会社法等の違いから、この条項の対象となる役員報酬の範囲も当然異なっていたと考えられる。 今般の改正議定書では、本条項の対象を「取

締役会の構成員の資格で取得する報酬その他これに類する支払金」と改正し、「役員」の範囲が明確にされた。改正後は、取締役会の構成員のみが役員条項の対象となる役員となるが、取締役会を設置していない非公開会社や合同会社の取扱いで混乱が生じることも予想される。なお、交換公文において、取締役会の構成員としての役務提供でない場合には役職又は地位にかかわらず本条項の適用がないこと、取締役会の構成員であっても使用人、相談役、コンサルタントといった職務で行った職務に対する報酬についても本条項の適用がないことが明示されている。

教授条項の削除5 現行条約では、一時的に滞在する個人で、その教育又は研究につき取得する報酬については、到着日から2年を超えない期間、滞在地国の租税が免除されている(教授条項第20条)。改正議定書により、この免税規定が削除された。 教授条項については、従前から次のような問題点が指摘されていた。・特定の職業だけ課税上の優遇措置を与える不

公平さ・公立校の教授(公務員)と私立校の教授で課

税上の差が生じる・課税の真空地帯が生じる可能性があること・優秀な教授等の海外流失につながる可能性が

あること 従前はこうした問題点・懸念点に比べ、学術文化交流の促進という政策目的をより重視していたが、今回その方向転換を図ったものと捉える事ができる。