- 1 - 橘三千代 ―― 権力核の起点となった大刀自 ―― 義 江 明 子 はじめに 橘三千代は、七世紀末~八世紀前半にかけての宮廷で、大きな政治的影響力を持った女性である。その働きは、 「後宮において隠然たる勢力を振るった……」というように説明されることが多い。しかし、「隠然たる勢力」 とは何だろうか。亡くなる時に内命婦正三位の地位にあった彼女の女官としての働きは、当時の貴族男女が政治 的にどのような配置状況にあったのかを考察することなくしては理解できないだろう。また、藤原不比等の妻、 光明皇后の母としての役割も、たんに裏から夫や娘を動かしたといった次元のことではないはずである。奈良時 代初期の王権と上級貴族がどのようにして自らの権力を構築しようとしていたのか、律令官僚制の導入と旧来の 氏族原理との相克の中でどのような政治状況が生まれていたのか、こういったことを考察することによって、は