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ヒラタキクイムシの生態と防除(1)
布 村 昭 夫
戦後、南洋材の輸入が急増した昭和32年頃、ヒラタキクイムシによる被害が合板,家具,床板
等のラワン材製品に発生し、一時大いに騒がれた。
一方,このヒラタキクイムシがナラ材も食害することは古くから知られていたが,これまでナ
ラ材に集団的に発生した事例はあまりみられなかった。ところが最近,東京都内の公団住宅で使
用されたナラフローリング (写真1) にこの被害が集団発生(けやき台,西けやき台団地,被害戸数
380戸)し,早急に問題解決のための防除対策が必要となった。とくに,この材の生産地である道
フローリング業界にとっては,虫害発生経路の如何にかかわらずこの波紋が深まれば本州方面へ
の大口需要先を失う懸念も充分あり,早期に完全な防虫処理を実現する必要に迫られ,現在これ
について大いに努力しつつある。この機に,ヒラタキクイムシ防除についての一般の認識、理解
を図ることは,道ナラ業界全体の今後の問題としても必要と思われるため,これに関する文献,
当場での試験結果などから,生態と防除に関する 2,3 の点を取上げ照会してみることとした。
変色, 腐朽菌, アンブロシア菌の侵入を助長し, 樹木
を枯死させるほか,製品の歩止り,品質を著しく低下
させる等の被害を与える。加害樹種も 200余種に及ん
でいる。また,比較的湿潤材を好むものとしてこれら
甲虫と別にシロアリ科に属するイエシロアリ,ヤマト
シロアリなどは関東以南に広く分布し,マツ類,ス
ギ,ヒノキ等針葉樹材を始め,広葉樹も含めた多くの
樹種を加害し,その被害も木造建築物、電柱,枕木,
庭木等にまで及んでおり,加害程度も大きい。( プラ
スチック製品も加害される。)
これに対し,乾燥した木竹加工品でも充分これを食
害する種類としてナガシンムシ科 ( Bostrychidae ),
ヒラタキクイムシ科 ( Lyctidae ),シバンムシ科 (
Anobiidae ) の三者が知られており,これら乾燥材害
虫をとくに英米では Powder-Post Beetle ( 英では
前二者 ) と呼んでいる。従って,ヒラタキクイムシは
Lyctus Powder-Post Beetle とも呼ばれ,これら乾材
害虫のうち最も加害程度が大きく重要視されている。
2. ヒラタキクイムシの種類と分布,加害樹種
このヒラタキクイムシ科に属し,わが国で発見され
ているものは,次の 4 種である。
ヒラタキクイムシ Lyctus brunneus S TEPHENS
1.木材の食害虫とヒラタキクイムシ
木材を食害する昆虫は,生立木の材部を穿孔するも
の, 伐採直後の未乾燥材を穿孔するもの,用材となっ
て乾燥した材を穿孔するものなどに大別される。
これらの加害虫は、その種類によって加害する樹種
や穿孔の状態などを異にしている。 生立木,末乾燥材
などの湿潤材を好んで加害する昆虫には,カミキリム
シ科,ボクトウガ科,コウモリガ科のほか ゾウムシ
科,キクイムシ科,ナガキクイムシ科などがあり,そ
の種類は極めて多い。わが国で発見されている後二者
だけでも250`余種1)に達している。その種類によって
は樹心まで深く穿孔し,樹幹を直接加害すると同時に
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ヒラタキクイムシの生態と防除(1)
ナラヒラタキクイムシ Lyctus Linearis GOEZE
ケヤキヒラタキクイムシ Lyctus sinensis LESNE
アラゲヒラタキクイムシ Lyctoxylon japonum
REiTER
以上のうち,後二者はわが国では稀にしか存在せ
ず,被害の点からは問題にならない。
前二者のうちヒラタキクイムシは南方系の種類で、
その分布範囲は極めて広く、熱帯,亜熱帯、温帯に棲
息し,とくに東南アジア,オーストラリヤなどの南方
地域が原産地といわれ七いる。わが国では,可成り古
くから住みついており,明治12年に既に発見されてい
る。四国、九州 および関東以南の本州がその分布区
域 2)である。
戦後,繁殖に適するラワン材の輸入量が増加し,防
虫対策が講ぜられないまま合板,家具,床板等に大量
に使用され始めたことにより,昭和32年頃から急激に
被害も顕著になった。現在のところ,関東,関西,九
州が最も多発地帯となっている。ただ,最近道内でも
本州方面から持ち込まれた家具などについたまま移動し
たとみられるものが 2,3 例発見されている。
昭和36年に行なわれた国鉄関係の建築物被害調査 3)
によると,全国の被害件教 672件のうち,この 3地域
の被害件数が92. 5%を占めている。また被害樹種では
ラワンが最も多く全体の90. 8%を占め,キリ,タブ,
セン,タモ シオジ,ナラ等に発生したものは僅か
9. 2% に過ぎなかったと報告されている。この場合の
発生頻度のもととなる樹種別使用比率は不明である
が,このように一般にラワン材の被害が多いため,ラ
ワン材害虫として知られているが,導管の広い( 径
180μ程度以上の)材には繁殖が可能であるため,前記
広葉樹のほか南方産広葉樹の大半,及び竹材も加害樹
種に入っている。針葉樹や導管径の少さい広葉樹はシ
ロアリの被害を受けるが,このヒラタキクイムシの被
害は受けない。
一方,ナラヒラタキクイムシは,もともと北方系の
種類で,寒帯から温帯にかけて棲息し,英国を始め,
ヨーロッパ北部,シベリヤ,北米等に広く分布し,わ
が国では北海道だけがその分布範囲に入っている。形
態はヒラタキクイムシと極めて良く類似しており(写
真2 ),生態,加害樹種等も殆んど同じであるが,夫
々の棲息分布を異にしている。現在のところ,北海道
は後者のナラヒラタキクイムシの分布区域になってい
るが,近年室内環境が温暖化し,充分ヒラタキクイム
シの棲息可能な状態に変ってきているため,将来ヒラ
タキクイムシの分布区域にも入る可能性があると考え
ねばならない。また, わが国では今のところ,ナラヒ
ラタキクイムシの被害発生件数はヒラタキクイムシに
比し遥かに少なく,従ってナラヒラタキクイムシの棲
息密度は相当低いと考えられている。
ヨーロッパ方面の英4), 仏5)などでは, わが国と同種
の 2 種が分布しており,北米 6)ではこのほか,Lyc -
tus planicollis Lec. , Lyctus parallelopipedus
Mels.が分布している。インド,アフリカなどでは
Lyctus africanus L ESNE が分布し,猛威を振ってい
る。
3. ヒラタキクイムシの生態と被害 2) , 4) ~ 9)
両種共生態,習性など大差なく,卵一幼虫一蛹一成
虫の順で完全変態し,普通の状態では 1 年1世代とい
われる。
成虫:毎年 4月~8月 の時期に成虫は被害を与えて
いた材から飛出し,0. 2mm 径位の導管を対象に産卵す
る。成虫の体長は 4~8 mm の細長く扁平な褐色の甲
(ナラヒラタキクイムシの特長)
し鞘の点刻が深く条が明瞭,繊毛太く条に沿い整列する。
背面中央の 1 縦陥凹が深い。前胸部がし鞘部より細いものが多い。
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ヒラタキクイムシの生態と防除(1)
虫で, 大きさなどややコクゾウムシに似ており,材中で
羽化後2日位で材外に脱出する。自然環境では 5 ~ 6
月が最も成虫の発生頻度が高いが,冬期暖房のある室
内では幼虫の生育も早く,2~3月から出現し始める。
成虫は,脱出直後をその周囲を匍行しすぐ飛翔しない
ので ( 写真3 ), 燻蒸処理としてはこの時期が最も短時
間で効果を発揮する。成虫は夜行性であり,日中は強
い光線を避け,材の下部,裂目などに潜伏したり,脱
出した孔へ再度侵入するなどの状態を続けるが,一時
期(生理的変化?)には趨光性に変るらしく,被害場
所近くの窓際に成虫やその死骸が多く発見される。成
虫は普通1~4週生存し,この間に交尾,産卵する。
産卵:
交尾を終えた雌虫は,材表面を噛り,所謂 Tasting
Mark をつけ材中の貯蔵物,水分が幼虫の発育に適
しているかどうか確かめたのち,産卵管( 5 ~ 8mm
長 )を導管内へ挿入し産卵する。卵の直径は 0.18 ~
0.2mm長さ0.8mmの楕円形で,一匹の産卵数は 20~
70 粒であり,通常1ヶ所に 3~5 粒産下する。幼虫の
発育は澱粉質が多い辺材で, 含水率12~15%のものが
最も良いことが確かめられおり、実際にも法生含水率
附近の乾材の辺材部が産卵の好対象となっている。 心
材は成虫が脱出時にたまたま食害する ( 写真 4 下 ) が
幼虫は辺材しか食害していない(澱粉質が少ないと辺
材でも食害されにくい)。従って最初の産卵時からす
でに辺材が選択されていると思われる。含水率につい
ては 5~30%の範囲でも産卵される可能性があるとい
われている。
導管の入口に最も近い卵でも,数 mmは内部にある
ことになり,最も奥の卵は産卵数からみて10mm近く
入口より入っていると思われるから,含浸された防虫
薬剤が充分な効力をもつためには少くとも、辺材には
この程度の導管長さだけ内部へ薬剤が浸透していなけ
ればならない。
幼虫;
導管内で孵化(卵期間10日以内)した幼虫は,導管
壁をかじり,一旦休眠に入ったのち,7~10 日後に脱
皮し 2齢幼虫となり材組織中を穿孔する。孔道は径 2
mm前後の円形で,その方向は主として繊維方向が多
い。幼虫期間は最も長く翌年の春の蛹化まで 8~10ヶ
月続く。ただ,生育環境が良ければ幼虫期間は短かく
なり,逆に温度の低い所や澱粉質( 可溶性糖類のほ
か,蛋白,アミノ酸なども関係するといわれる)の少
ない材中では 2年 1世代に変るといわれ,幼虫期間は
必ずしも一定しない。
幼虫は,細かい虫糞を体の後の方へ硬くつめながら
穿孔する。更に食害が進んでも幼虫のまま材から抜け
出すことなく,常に材表面をうすく残し,辺材全体に
秋材壁に沿って平行した孔道が密につくられる。( 写真
4,上,中) たまたま同一材で被害が繰返され, 孔道が前
代の成虫の飛孔にぶつかったときは,そこから虫糞が
大量に排出されるが,被害の最初のうちは材表面から
虫糞の発生も少なく,(導管の目切れ部分より排出)
外観上はそれ程異常が認められないまま,内部は相当
に食害されていることが多い。
幼虫は,老齢幼虫のまま冬期摂食活動を停止し越冬
するが, 暖房のある室内ではそのまま活動を続け,春に
なって材表面近くに蛹室をつくり蛹化する。蛹期間は
通常 4~5 月頃では 8~20日と見られている。羽化後
孔道とは直角方向に喰いすすみ材の表面に孔をあけな
がら (このときだけ辺,心材を問わず食害する)外界に
飛出すが,この際細かい木粉(虫糞)が材から大量に
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ヒラタキクイムシの生態と防除(1)
写真 4 被害フローリング切断面(孔道の状況)
出るため虫害を受けていたことを始めて知る (写真 5)
が,このときには既に他へ移動し,次の産卵を開始し
てしまっていることの方が多いといわれる。従って,
一度この虫に侵されると一時期虫糞の発生が止み被害
がストップしたようでも年々次々発生が繰返され,2
~3 年で材の価値が大きく失なわれる状態となる。例
えば,新築の校舎に既に被害を受けていた机,椅子を
文献1)加辺;日本産キクイムシ類の加害樹種と分布(1960)
2)木材加工技協編;木材保存ハンドブック P.360(1961)
3)中島;木材工業 Vol.17,No.181,P.9(1962)
7)日塔;木材工業 Vol.17,No.181,P.9(1962)
-林産試 木材保存科- (原稿受理 43.10.9)
持込み使用したため 5 ~ 6 年で校舎の大部分に蔓延
し,床板などが落込む被害にまで到った例もある。ま
た,工場の堆積み天乾土場で成虫の飛翔が見受けら
れ,駆除したつもりでいて,2 ~ 3 年後に同工場敷地
内の寮,住宅の玄関,廊下,階段等のフローリング材
に被害が移動した例もある。シロアリなどに比べ,移
動距離,繁殖力は劣る(シロアリは年数回産卵,産卵
数も多い)が,一度発生したら,完全に絶滅するまで
充分注意しなければならない。
( 紙面の都合により, 防除法については次号(2)に掲載
予定)