ウェブチャプター23B アミノ酸とタンパク質...1 ウェブチャプター23B アミノ酸とタンパク質 目 次 23B.1 アミノ酸 23B.1.1 アミノ酸の構造と分類
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1
ウェブチャプター23B アミノ酸とタンパク質 目 次 23B.1 アミノ酸
23B.1.1 アミノ酸の構造と分類 23B.1.2 アミノ酸の酸・塩基としての性質
23B.2 アミノ酸の合成 23B.2.1 生合成 23B.2.2 有機合成法 a ラセミ体の生成 b 立体選択的合成法
23B.3 アミノ酸の分離 23B.3.1 光学分割 23B.3.2 分離分析
23B.4 ペプチド 23B.4.1 ペプチド結合 23B.4.2 ペプチドにおけるジスルフィド結合 23B.4.3 ペプチドの例
23B.5 ペプチドの合成 23B.5.1 保護基の利用 23B.5.2 固相ペプチド合成と自動合成への展開
23B.6 ポリペプチドのアミノ酸配列 23B.6.1 ポリペプチドの開裂 a ジスルフィド架橋の切断 b ペプチドの酸性加水分解 c Edman分解 d 臭化シアンによる切断 e 加水分解酵素による切断 トピックス ジスルフィド架橋の応用 23B.6.2 質量分析による配列決定 23B.6.3 遺伝子による配列決定
23B.7 タンパク質の構造 23B.7.1 二次構造 a βプリーツシート b αヘリックス c 実際のタンパク質の二次構造 23B.7.2 三次構造 23B.7.3 四次構造
まとめ 問 題
2
タンパク質(protein)はα-アミノ酸がアミド結合(ペプチド結合ということが多い)でつながってできた高分子(ポリアミド)であり,多様な機能をもっている.よ
り短いものはペプチド(peptide)とよばれ,ホルモンなどの作用をもつものもある.
図 23B.1 α–アミノ酸とタンパク質の構造
生体の構造をつくりその強度を保っているものは構造タンパク質とよばれ,ケラチ
ン(keratin)とコラーゲン(collagen)がある.ケラチンは,毛,角,爪,真皮などをつくっており,コラーゲンは骨,軟骨,結合組織,腱などを構成している.一方,機
能タンパク質とよばれるものには,酵素(enzyme)のように生体反応の触媒になるものや防御機能を示すものもある.血液凝固タンパク質は血管が障害を受けたときに,
それを保護する.抗体は免疫によって病気からわれわれを守っている.膜タンパク質
は細胞の内外で分子やイオンを輸送するはたらきをしている.酸素を運搬するヘモグ
ロビンもタンパク質である. それぞれの機能をもつタンパク質は,核酸の指令によって一定のアミノ酸配列をも
つように合成される.これについてはウェブチャプター23C で説明する.また酵素反応についてはウェブチャプター23Eで説明する 23B.1 アミノ酸
23B.1.1 アミノ酸の構造と分類 タンパク質を形成するアミノ酸は,カルボキシ基の隣の炭素(α炭素)にアミノ基
をもつα-アミノ酸(α–amino acid)である(図 23.2).アミノ酸の二つの官能基は酸と塩基として作用するので,分子内でプロトン移動した形の双性イオン(zwitterion)として存在する.α炭素は,グリシンを除いて,キラル中心になっており,天然の α–アミノ酸は L 系列とよばれる立体配置をもっている.これは Fischer 投影式で表すとNH2 基が左に出た形になり,糖の(末端から二番目の)OH が右に出ているのとは対照的である.ただし,微生物などには例外的に D形のアミノ酸もみられる.
図 23B.2 L–α–アミノ酸の構造
HN
NH
HN
NH
O
R
R
O R
O R
OH2N
R
O
OH– n H2On
アミド結合(ペプチド結合)
タンパク質α-アミノ酸
CO2–
RHH3N
CO2H
RHH2NC
CO2H
RHH2N
RC
CO2H
HH2N+
≡ ≡
L–!–アミノ酸の構造 イオン構造双性
3
表 23B.1にタンパク質の加水分解で得られる 20種のアミノ酸を示す.アミノ酸のアミノ基は,プロリン以外は第一級である.プロリンは第二級の五員環アミンをもつ.
天然には表にあげたもの以外にも多くのアミノ酸が存在するが,その存在度は非常に
低い.
表 23B.1 α–アミノ酸の構造と pKa値
pH 7.0 におけるおもな形で示し,( )内の英語名と二通りの略号を示す.
pKa値は,名称の下にカルボキシ基,アミノ(アンモニオ)基,側鎖の順に示してある. *印は必須アミノ酸を示す.
CO2–
CHMe2
HH3N
NH2
CO2–
CO2–
CH3
HH3N
CO2–
CH2CH2SMeHH3N
CO2–
HH3NH
CH2CH3
CH3
CO2–
HHH3N
CO2–
CH2
HH3N
CHMe2
CO2–
HH3N
+ + +
+ +
+
+
+
CO2–
HH3N
OHCO2–
HH3N
NH
CO2–
HH3N
CH3
OHH
CO2–
HH3NCH2CH2C(O)NH2
CO2–
CH2OHHH3N
CO2–
HH3NCH2C(O)NH2
CO2–
CH2SHHH3N
+ ++
+ + +
+
CO2–
HH3N
N NH
CO2–
HH3NCH2CH2CO2–
CO2–
HH3N
(CH2)3NHCNH2NH2
CO2–
HH3N(CH2)4NH3+
CO2–
HH3NCH2CO2–
+ +
+ +
+
+
グリシン(glycine: Gly,G)2.34, 9.60
ロイシン*(leucine: Leu, L)2.36, 9.60
アラニン(alanine: Ala, A)2.34, 9.69
バリン*(valine: Val, V)2.32, 9.62
イソロイシン*(isoleucine: Ileu, I)2.36, 9.68
フェニルアラニン*(phenylalanine: Phe, F)2.16, 9.18
(a) 無極性側鎖をもつもの
(c) 酸性側鎖をもつもの
(b) 極性側鎖をもつが中性のもの
(d) 塩基性側鎖をもつもの
メチオニン*(methionine: Met, M)2.34, 9.69
プロリン(proline: Pro, P)1.99, 10.60
グルタミン(glutamine: Gln, Q)2.17, 8.84
セリン(serine: Ser, S)2.21, 9.15
チロシン(tyrosine: Tyr, Y)2.20, 9.11, 10.07
アスパラギン(asparagine: Asn, N)2.02, 8.84
トレオニン*(threonine: Thr, T)2.63, 9.10
トリプトファン*(tryptophan: Trp, W)2.38, 9.39
システイン(cysteine: Cys, C)1.92, 10.46, 8.35
アスパラギン酸(aspartic acid: Asp, D)2.09, 9.82, 3.86
グルタミン酸(glutamic acid: Glu, E)2.19, 9.67, 4.25
リシン*(lysine: Lys, K)2.18, 8.95, 10.79
ヒスチジン*(histidine: His, H)1.82, 9.17, 6.04
アルギニン(arginine: Arg, R))2.17, 9.04, 12.48
4
表 23B.1に示すように,アミノ酸は側鎖 Rの極性と酸・塩基の性質によって分類される.R が単純なアルキル基とフェニル基をもつもののほかにメチルチオ基をもつメチオニンが非極性側鎖をもつアミノ酸 (a) である.pH 7で解離しない OH,SH,アミド基をもつものは中性の極性側鎖もつアミノ酸として (b) に分類されているが,フェノール部位をもつチロシンと SHをもつシステインは pH 8~10で解離する.インドールは一種のヘテロ環アミンあるが,その塩基性は極めて低いのでトリプトファンは中
性アミノ酸である.二つ目のカルボキシ基をもつアスパラギン酸とグルタミン酸は酸
性アミノ酸(c)であるが,側鎖のカルボン酸がアミドになったアスパラギンとグルタミンは中性アミノ酸に分類されている.塩基性アミノ酸(d)は側鎖にアミンをもつものであり,ヒスチジン,リシン,アルギニンはそれぞれイミダゾール,第一級アミン,
グアニジンをもっているが,この順に塩基性が高く共役酸の pKa値は大きくなる. 10種類のアミノ酸に必須アミノ酸(essential amino acid)として*印をつけたが,
これらはヒトの体内で全く合成されないか,必要なだけ合成されないので食物から摂
取する必要のあるものである. –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 例題 23B.1 表 23B.1 にあげたアミノ酸のうちで,イソロイシンとトレオニンは側鎖にもキラル中心をもつ.それぞれの L体をジグザグ構造で表し,キラル炭素の R,S配置を帰属せよ.
解 答
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.1 次のアミノ酸の L体をジグザグ構造で表し,R,S配置を帰属せよ. (a) アラニン (b) バリン (c) システイン 問題 23B.2 次のアミノ酸の pH 2および pH 11におけるおもな形を構造式で示せ. (a) アラニン (b) システイン (c) グルタミン酸 (d) グルタミン –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23B.1.2 アミノ酸の酸・塩基としての性質 アミノ酸の共役酸の形からみれば,二官能性の酸(ジプロトン酸)とみることがで
きる.通常のアミノ酸の pKa1 = 約 2, pKa2 = 約 9である.pKa1はプロトン化されたア
ミノ基(アンモニオ基)の正電荷の影響を受けたカルボン酸の pKaとして妥当であり,
L–イソロイシン
OH
O
NH2H
Me H
L–トレオニン
OH
O
NH2H
H OH
RSS
S
5
pKa2 はアンモニオ基の解離に相当するが,これは解離したカルボキシラート(–CO2–)
基の影響を受ける.カルボキシラート基はカルボニル基と負電荷の効果が相殺されて
電子的な影響は小さく,通常のアルキルアミンの pKaとあまり違わない数値になって
いる.これら二つの解離のために pH 7近傍では前節で述べたように双性イオンになっている. 側鎖のカルボン酸やアミノ基はそれぞれの官能基に特徴的な pKa値を示している.
このようなアミノ酸は三官能性であり,三つの pKa値をもち,pHによって 4種類のイオン化構造をもつことになる.たとえば,ヒスチジンの pKaは 1.82,6.04,9.17 であり,pH を変えていくと pH = pKaを中心にして解離が起こる[テキスト 6 章(p.99) Henderson–Hasselbalchの式を参照のこと].したがって,図 23B.3の構造式の下に示した pH領域でそれぞれの構造がおもな形になる.
図 23B.3 ヒスチジンの酸解離と各 pH領域におけるおもな形
電荷をもつ化学種(イオン)は水に溶けやすいが,電荷をもたないと有機化合物の
水溶性は低下する.また後述するように,イオン化状態は分離分析にも利用される.
分子全体として電荷をもたないアミノ酸の形が最も多くなる pHを等電点(isoelectric point, pI)といい,側鎖にイオン解離する基をもたない単純なアミノ酸では pI = (pKa1 + pKa2)/2,すなわち二つの pKa値の平均となる. しかし,側鎖にイオン化する基がある場合には,中性の形をはさんで同じ方向に(正
電荷をもつ形から中性に,中性から負電荷をもつ形に)イオン化する基の pKa値の平
均になる.これは具体例で考えるとわかりやすいだろう. –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 例題 23B.2 側鎖に酸あるいは塩基部位をもつアミノ酸の等電点は,アスパラギン酸の場合 pI = (pKa1 + pKa2)/2であるが,リシンの場合には pI = (pKa2 + pKa3)/2となることを説明せよ.
解 答 側鎖に酸性部位がもう一つある場合,強酸性領域ではアンモニウム部位の正電荷をもつが pKa1で中性(双性イオン)になり,ついで pKa2でアニオンになる.
したがって,pKa1 と pKa2の平均値が pI となる.すなわち,アスパラギン酸の pI = 2.93である.
CO2HHH3N
HN NH
+
(pH < 1)
pKa1 = 1.82
CO2–
HH3N
HN NH
+
+
CO2–
HH3N
N NH
+CO2–
HH2N
N NH+
pKa2 = 6.04 pKa3 = 9.17
(pH 3~5) (pH 7~8) (pH > 8)
6
一方,塩基性部位をもつリシンは,強酸性領域では二つの塩基性部位がともに
正電荷をもち,pKa1で +1 の電荷になり,pKa2で中性,ついで pKa3で –1 になる.したがって,中性形が最も多くなるのは pKa2と pKa3の平均値となる.すなわち,
リシンの pI = 9.87である.
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.3 次のアミノ酸の等電点を求めよ. (a) グリシン (b) アスパラギン (c) ヒスチジン 問題 23B.4 チロシンの等電点はどのように求めたらよいか説明せよ. –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23B.2 アミノ酸の合成
23B.2.1 生合成 生体においては, L–α–アミノ酸は酵素によって選択的に合成されている.その中心となるのは,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(脱水素酵素)による 2–オキソペンタン二酸からの L–グルタミン酸の生合成であり,還元的アミノ化を起こしている.さらにアミノトランスフェラーゼ(トランスアミナーゼともいう:アミノ基転移酵素)に
よって,別のアミノ酸が生合成される.
23B.2.2 有機合成法 a ラセミ体の生成 アミノ酸は有機合成によっても得られるが,キラル源(不斉源)がなければラセミ体しか得られない.ラセミ体は必要に応じて光学分割する必
CO2H
H3N H
CH2CO2H
CO2–
H3N H
CH2CO2H
CO2–
H2N H
CH2CO2–
+ +
pK1 = 2.09 pK2 = 3.86–H+ –H+
+H+ +H+
CO2–
H3N H
CH2CO2–
+
pK3 = 9.82–H+
+H+
L–アスパラギン酸
CO2–
HH3N(CH2)4NH3+
+CO2H
HH3N(CH2)4NH3+
+
pK1 = 2.18–H+
+H+
pK2 = 8.95–H+
+H+
CO2–
H2N H
(CH2)4NH3+
pK3 = 10.79–H+
+H+
CO2–
H2N H
(CH2)4NH2
L–リシン
HO2C CO2H
O
+ NH3グルタミン酸
NADH
デヒドロゲナーゼHO2C CO2–
NH3+
2–オキソペンタン二酸 L–グルタミン酸
R CO2–
NH3+
R' CO2–
O+
トランスアミナーゼ
R CO2–
O+
R' CO2–+
NH3
7
要がある(23B.3.1項). α-ブロモカルボン酸の SN2 反応が最もわかりやすい合成反応であろう.ブロモカルボン酸は PBr3(Pでもよい)を触媒とするα-臭素化(Hell‒Volhard‒Zelinsky反応ともいう)で得られる.その一例を次に示す.
プロパン二酸(マロン酸)は容易にα-ハロゲン化されるので,その誘導体を用いる
と,より収率のよい合成ができる.
図 23B.4 プロパン二酸誘導体を用いるアミノ酸の合成
アセトアミドマロン酸ジエチル(2-アセチルアミノプロパン二酸ジエチル)は市販されているので,これを用いて同じように合成することもできる.
もう一つよく知られているアミノ酸の合成法は Strecker 反応を用いるものである.Strecker 反応はシアノヒドリン生成類似の反応であり,アンモニア存在下にアルデヒドと HCN を反応させる(実際には NH4Cl と NaCN を使えばよい)と,シアノアミンが生成する.これを加水分解すればアミノ酸が得られる.
CH3CH2CO2HBr2PBr3
CH3CHCO2H
BrNH3H2O
CH3CHCO2–NH3+
アラニンプロパン酸
Br CH(CO2Et)2
N– K+
O
O
Gabriel 合成CH(CO2Et)2N
O
O
1) NaOEt, EtOH2) RX3) H3O+, H2O
CO2H
CO2HC(CO2H)2N
O
O
R
– 2EtOH
加熱
– CO2CHCO2HN
O
O
R H3O+, H2O
–
CHCO2–H3NR
+
CH(CO2Et)2AcNH
1) NaOEt, EtOH2) RX 加熱
C(CO2Et)2AcNHR H3O+, H2O
– 2EtOH
– CO2– AcOH
CHCO2–H3NR
+
Strecker 反応
O
R H
NH4Cl, NaCN
R H
H2N CN H3O+, H2O
R H
H3N CO2–+
8
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.5 アセトアミドマロン酸ジエチルを用いて,フェニルアラニンを合成するための反応を段階的に詳しく書け.
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– b 立体選択的合成法 より望ましいのは生合成と同じように純粋なエナンチオマーとして立体選択的にアミノ酸を合成することである. 実験室で立体選択的に一方のエナンチオマーを合成するためのキラル源として,キ
ラル補助剤あるいはキラル触媒が用いられる.L–α–アミノ酸を選択的に得るにはアルケンの不斉水素化によるのがよく,水素化のキラル触媒の一つとして軸性キラリティ
ーをもつ BINAPの Rh(I) 錯体が用いられる.フェニルアラニンの合成例を示す.
グリシンをエナンチオ面選択的にアルキル化できれば,同じ目的を達成できる.SN2機構によるアルキル化を達成するために,イミノエステル誘導体とキラルな相間移動
触媒を用いた反応が開発されている.相間移動触媒には BINAPを組み込んだもののほか,種々のキラル分子が工夫されている.
23B.3 アミノ酸の分離
23B.3.1 光学分割 ラセミ体として合成されたアミノ酸を光学分割して一方のエナンチオマーを得る.
光学分割(optical resolution)については,テキストの 11 章(11.4.3 項)でも述べた
P
P
(R)–BINAP
NHC(O)Ph
CO2HH2 (3~4 atm), EtOH
(R)–BINAP NHC(O)Ph
CO2H
ee 100%
HO–
H2O NH3
CO2–
+
(S)–フェニルアラニン
室温,48 h
錯体Rh(I)Rh
OMe
OMeClO4–
錯体Rh(I)
+
Ph Ph
Ph Ph
H
H
収率 97%,
(R)–アミノ酸誘導体
相間移動触媒*O
Ot–BuN
Ph
Ph
Ph Br+
O
Ot–BuN
Ph
Ph
H Ph
ee 99%収率 98%,
(0.05 mol%)
50% KOH/H2O/MePh, 0 ˚C, 2 h
H2O CO2–
NH3+
Ph
(R)–フェニルアラニン
加水分解
9
が,ジアステレオ的な相互作用を用いる必要がある. 一つはジアステレオマー塩として分別結晶させる方法である.一般的には,アミノ
酸のアミノ基をアミドとして保護し,カルボン酸と光学活性なアミンとの塩をつくる
と,その塩はジアステレオマーになる.光学活性なアミンとしてよく用いられるのは
天然物のアルカロイドである.もっとわかりやすい例として,(R)–1–アミノエチルベンゼンを用いたアラニンの光学分割の概略を図 23B.5に従って説明しよう.
図 23B.5 アミノ酸のラセミ体の光学分割
まず,無水酢酸で (±)–アラニンを N–アセチル化する.このラセミ体アミドと光学活性なアミンの塩をつくると,ジアステレオマー塩の S–Rと R–Rの混合物ができる.こ
+Me CO2–
NH3+
Me CO2–
NH3+
(S)–アラニン (R)–アラニン
Ac2O
+Me CO2H
NHAc
+
Me CO2H
NHAc
H2N Me
Ph(R)–1–アミノエチルベンゼン
(R)(S)
Me CO2–
NHAc
H3N Me
Ph+ +Me CO2–
NHAc
H3N Me
Ph
(S–R) (R–R)
分別結晶
+Me CO2–
NHAc
H3N Me
Ph
(S–R)
+Me CO2–
NHAc
H3N Me
Ph
(R–R)
HO–/H2OHO–/H2O
+Me CO2–
NH3+
Me CO2–
NH3+
(S)–アラニン (R)–アラニンH2N Me
Ph
加水分解
ラセミ体
アラニンのアセトアミド
ジアステレオマー塩
分離
(混合物)
ジアステレオマー塩純粋な
回収された分割剤
純粋なエナンチオマー
(分割剤)
10
れらジアステレオマー塩の性質の違いを利用すれば分離が可能になる.分別結晶で分
離できれば,それぞれを加水分解して純粋なエナンチオマーとしてアミノ酸が得られ
る. このような分離は,光学活性な固定相を用いるクロマトグラフィーによって行うこ
ともできるが,この方法はおもに分析に応用される. 光学分割のもう一つの戦略は,速度論的分割(kinetic resolution)とよばれるもので,キラルな反応剤あるいは触媒に対するエナンチオマーの反応性の差を利用している.
この目的でよく用いられるのは酵素である.たとえば,加水分解酵素(アシラーゼ)
を使って N–アセチルアラニンのラセミ体を加水分解すると天然形のアミノ酸のアミドだけが選択的に加水分解されるので,L–アラニンが生成し N–アセチル–D–アラニンが未反応のまま残る.両者は容易に分離することができる.さらに,不要なエナンチ
オマーの異性化反応を組み合わせて,目的の異性体の収率を上げるようなプロセスも
開発されている. 23B.2.2 分離分析 アミノ酸の分離に関しては,ラセミ体の分割だけでなく,種類の異なるアミノ酸の
分析も重要である.たとえば,ポリペプチドを加水分解すると種類の異なるアミノ酸
の混合物が得られるが,これらを分離・定量することはペプチドのアミノ酸配列決定
の出発点となる.ここではとくにアミノ酸に適した分離分析法について説明する. 電気泳動(electrophoresis)は,アミノ酸の酸塩基特性を利用して行うアミノ酸混合物の分離分析法である.緩衝液(一定 pH)で湿らせたろ紙あるいはゲル(ポリアクリルアミドなど)の中央にアミノ酸混合物を置き,これに電流を流す(図 23B.6).このとき正電荷をもつものは陰極のほうに,負電荷をもつものは陽極のほうに移動する.
アミノ酸の電荷は等電点(pI)に依存し,緩衝液の pHよりも pI値が大きければ正に,小さければ負に帯電しており,帯電したアミノ酸成分の割合は pIの大きさにも依存する.したがって,移動の方向だけでなく,移動速度は pI値の大きさ(およびアミノ酸分子の大きさ)に依存する.もし,pI 値が pH に等しければ(平均的には)電荷をもたないのでアミノ酸は移動しない.たとえば,混合物にアラニン(pI 6.02),グルタミン酸(pI 3.22),アルギニン(pI 10.76)が含まれており,緩衝液の pHが 6.0であったとすると,この電気泳動では Alaはほとんど動かず,Gluは陽極,Argは陰極のほうへ移動する.
図 23B.6 電気泳動による分離:概念図
Arg Ala Glu(pI = 10.76) (pI = 6.02) (pI = 3.22)
11
このように分離したアミノ酸のスポットは呈色反応で可視化して確かめることがで
きる.呈色反応にはニンヒドリンが用いられる.ニンヒドリンの溶液をろ紙上に噴霧
し,乾燥器で加熱すると紫色を呈する.アミノ酸の同定は標準物質を用いて移動度を
比較することによって行う.アミノ酸とニンヒドリンは次の反応式に示すような紫色
色素を生成する.
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.6 pH 6.0の緩衝液を用いて電気泳動を行うと,次のアミノ酸はどちらの電極のほうへ移動するか.等電点を計算して説明せよ.
(a) ロイシン (b) アスパラギン酸 (c) ヒスチジン 問題 23B.7 ニンヒドリンとアミノ酸から紫色色素が生成する反応の機構を書け(イミンの生成と脱炭酸を経て進行する).
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– ろ紙クロマトグラフィー(paper chromatography)は,かつては簡便なアミノ酸分離法として用いられたが,現在では薄層クロマトグラフィー(thin-layer chromatography)に取って代わられた.しかし,これらは主として分析に利用される.クロマトグラ
フィー(chromatography)については,ウェブノート 2.2 に述べ,その原理と応用について簡単に説明したが,移動相(mobile phase:液相の場合が多い)と固定相(stationary phase:固相の場合が多い)との間の相互作用の差を利用する分離法である. アミノ酸などのイオン化する化合物の分離には,イオン交換クロマトグラフィー
(ion-exchange chromatography)が有用である.この方法はイオン交換樹脂を固定相に用いる液体クロマトグラフィー(図 23B.7)であり,円筒管にビーズ状のイオン交換樹脂を詰めたカラムを使用する.このカラムの上端部にアミノ酸混合物を載せ,つい
で緩衝液をカラムの上から流す.アミノ酸はその種類によって,カラムの中を異なる
速度で移動し分離される.
ninhydrin
O
OOH
OH
ニンヒドリン
H3NCHCO2–+
R2 +
O
O
N
O
–O
紫色色素
+ RCHO + CO2 + H3O+
(!max 570 nm)
12
図 23B.7 液体クロマトグラフィーの概念図
イオン交換樹脂は側鎖にイオンをもつ不活性なポリマーであり,典型的な例はスチ
レンとジビニルベンゼンの共重合体であり,スチレンのベンゼン環には部分的にスル
ホン酸が結合しておりイオン化している(図 23B.8).この樹脂を詰めたカラムでグルタミン酸とリシンの混合物を pH 6の緩衝液を使って分離したとすると,負に帯電したグルタミン酸はスルホン酸イオンの負電荷と反発してカラム中を速く移動する.それ
に対して,正に荷電したリシンはスルホン酸イオンと強く相互作用するのでカラム中
の移動速度は遅い.すなわち,樹脂上の-SO3–基の対イオン Na+が正電荷をもつ物質(ア
ミノ酸)と交換される.このような性質をもつ樹脂をカチオン交換樹脂
(cation–exchange resin)という.正に荷電した側鎖(たとえば–CH2N+Me3)をもつよ
うな樹脂もあり,アニオン交換樹脂という.
図 23B.8 カチオン交換樹脂の部分構造
イオン交換クロマトグラフィーを自動化した機器として,アミノ酸分析計(amino acid analyzer)が広く使われている. 23B.4 ペプチド
この章のはじめに述べたように,ペプチドやタンパク質はα-アミノ酸がペプチド結
合(アミド結合)でつながってできており,構成アミノ酸はアミノ酸残基(amino acid
CH2 CH CH2 CH CH CH2 CH CH2 CH CH2 CH CH2 CH
SO3– Na+ SO3– Na+ SO3– Na+
CH CHCH2 CH CH2CH2 CH2 CH CH2 CHCHCH2
SO3– Na+SO3– Na+
13
residue)とよばれる.また,ペプチドやタンパク質を表すとき,慣わしとして,遊離のアミノ基をもつアミン酸(N–末端アミノ酸)を左側に,遊離のカルボキシ基をもつアミノ酸(C–末端アミノ酸)を右側に書く.
–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.8 次のトリペプチドの構造を pH 6と pH 10におけるおもなイオン化状態で示せ.
(a) Ala–Gly–Ser (b) Ser–Arg–Asn –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23B.4.1 ペプチド結合 アミドのカルボニル炭素は sp2 混成であり平面構造をもっている.そして,共鳴で
表されるように N 原子上の非共有電子対が非局在化し,共役のために C-N 結合は二重結合性をもっている(約 40%の二重結合性をもつといわれる).
その結果.C-N結合まわりの回転には制約があるので自由回転できず,s-トランスと s-シスの立体配座が可能である.一般的には二つのアルキル基に立体反発のために,二つのアルキル基 Rについて s-トランス形のほうが安定である.
ペプチド結合の共役の結果としてみられるもう一つの特徴は,この結合に関与する
6 原子が同一平面上にあり固定されていることである.この平面性は,ペプチド鎖のの折りたたみ構造に影響し,ポリペプチドやタンパク質の三次元構造に関係している.
H2N NH
HN
OH
O
R1
R2
O R3
O
トリペプチド
ペプチド結合
N 末端 C 末端
+
O
NH
O
NH
–
ペプチド結合の共鳴
s–トランス
O
R NR
H
O
R NH
Rs–シス
OC
C NC
H
120˚
120˚
平面性
14
図 23B.9 ポリペプチドの部分構造
ペプチド結合平面を四角形で示している. 23B.4.2 ペプチドにおけるジスルフィド結合 チオールが温和な条件で酸化されてジスルフィドになることは,14 章(14.7.2 項)で述べ,生体反応における役割についても言及した.
チオール官能基をもつアミノ酸としてシステインがあり,その SH 基もジスルフィドに酸化される.このジスルフィドはシスチンとよばれる.
ペプチドやタンパク質のシステイン残基の SH も同じようにジスルフィド結合を生成する.これはペプチド鎖の離れた位置にある官能基間につくられる共有結合であり, ジスルフィド架橋とよばれ,ペプチドやタンパク質全体の三次元構造を保つ役割を果
たしている.次項で述べるホルモンのインスリンはジスルフィド架橋によって二つの
ペプチド鎖が連結されている. 23B.4.3 ペプチドの例 いくつかの興味深いペプチドの例をあげておこう.合成甘味料のアスパルテームは
ジペプチドのメチルエステルであり,アスパラギン酸とフェニルアラニンからなる.
グルタチオンは生体内の還元剤として有毒な酸化剤を取除く役目をしているトリペプ
チドであるが,アミド結合の一つはグルタミン酸の側鎖カルボキシ基を使っているの
で N末端の構造は特別である.
NN
NN
NO
R
R
O R
O R
O
H
H
H
H
H
O
R
NH
O
R SH R S S Rチオール ジスルフィド
酸化
還元2
システイン
HSCH2CHCO2–2酸化
NH3+SCH2CHCO2––O2CCHCH2S
NH3+ NH3+
シスチンcysteine cystine
15
エンケファリンは生体内で合成されるペンタペプチドであり,脳内物質として鎮痛
作用をもつ.C 末端アミノ酸残基の異なる 2 種類のエンケファリンがあり次の構造をもっている.
ペプチドホルモンとして働くものも知られている.そのうち,ブラジキニンはノナ
ペプチドで,血管拡張作用があり血圧を下げるはたらきをする.
バソプレッシンとオキシトシンもノナペプチドであり,前者は抗利尿ホルモンとして
体内水分を保ち,血圧にも関係する.後者は女性だけがもっており,妊婦の陣痛を誘
発し,母乳の分泌を促す.互いによく似た構造をもっており,赤で示した二つのアミ
ノ酸残基が異なるだけで,全く異なる作用を示す.いずれも C末端がアミドになっているのでアミノ酸配列式に NH2が書き加えられている.また二つのシステイン残基が
ジスルフィド結合をつくっている.
血糖値を調節するホルモンとして知られるインスリンは,21個のアミノ酸残基からなるペプチド鎖と 30 個のアミノ酸残基からなるペプチド鎖がシステインのジスルフィド結合で架橋された構造をもつ.
aspartame
NH
H2NO
OMe
OCO2H
Ph
H2NHN
NH
CO2H
CO2H
OSH
O
glutathioneアスパルテーム グルタチオン
H2N NH
HN
NH
HN
OH
O
O
O
O
OPh
R
OH enkephalinR = CH2SMe: [met]enkephalinR = CHMe2: [leu]enkephalin
エンケファリン
Arg-Pro-Pro-Gly-Phe-Ser-Pro-Phe-Arg
bradykininブラジキニン
Cys-Tyr-Phe-Gln-Asn-Cys-Pro-Arg-Gly-NH2S S
Cys-Tyr-Ile-Gln-Asn-Cys-Pro-Leu-Gly-NH2S S
vasopressinバソプレッシン
oxytocinオキシトシン
16
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.9 メチオニンエンケファリンの構造をアミノ酸の略号で表せ. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23B.5 ペプチドの合成
23B.5.1 保護基の利用 アミノ酸には官能基が二つあるので,特定のペプチドを合成しようとすると,2 種類のアミノ酸を反応させようとしただけでも問題が生じる.たとえば,グリシン(Gly)とアラニン(Ala)を反応させようとすると次のような 4種類のジペプチドができてくるし,さらにトリペプチドなどもできるかもしれない.
目的とするジペプチドが Gly–Ala であったとすると,Gly のアミノ基を保護して,このアミノ基を使ったペプチド結合ができないようにする必要がある.もう一つのアミ
ノ酸 Alaは,カルボキシル基をエステルとして保護しておくとよい. アミノ基の保護については 22章(22.3.2項)で述べたが,よく用いられる保護基には t-ブトキシカルボニル(Boc)基と 9–フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)基がある.これらの保護基を導入するための反応剤として,それぞれジ-t-ブチルジカルボナートと 9–フルオレニルメチルクロロホルマートが用いられる.
ジペプチド Gly–Ala の合成をどう進めるか考えてみよう.まずグリシンのアミノ基を保護し,カルボキシ基はジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)で活性化する.
Gly–Ile– Val–Glu–Gln–Cys–Cys–Ala–Ser–Val–Cys–Ser–Leu–Tyr–Gln–Leu–Glu–Asn–Tyr–Cys–Asn
Phe– Val–Asn–Gln–His–Leu–Cys–Gly–Ser–His–Leu–Val–Glu–Ala–Leu–Tyr–Leu–Val–Cys–Gly–Glu–Arg–Gly–Phe–Phe–Tyr–Thr–Pro–Lys–Ala
SS
SS
S S
インスリン (insulin)
A 鎖
B 鎖
H3N NH
O–O Me
O
+H3N N
HO–
O
O
+H3N N
HO–
O
Me
Me
O
+
Gly–Ala Gly–Gly
H3N NH
O–O
Me O
+
Ala–Ala Ala–Gly
ジ-t-ブチルジカルボナート
O
OOMe3C O
CMe3
O
(Boc2O)
OO
Cl
9–フルオレニルメチル
9–fluorenylmethyl chloroformateクロロホルマート
di-t-butyl dicarbonate
17
アミノ基の保護:
カルボキシ基の活性化:
そこにアラニンのメチルエステルを加えれば目的のペプチド結合が生成する.最後に
保護基を外せばよい.Boc基は酸性条件で,エステルは塩基性条件で脱保護できる.
ペプチド結合生成:
N末端の脱保護:
C末端の脱保護:
さらに高次のペプチドを合成するためには,保護,活性化,結合反応,脱保護を繰
り返す必要があり,必然的に収率は低くなる(これは 22.4節で説明した直線型合成に相当する).また,各段階で中間生成物を単離・精製する作業も労力と時間を要する.
H2N CO2– +
O
Ot-BuO O-t-Bu
OEt3N
O
NH
t-BuO CO2––t-BuOH –CO2
BocNH
CO2–
グリシン Boc2O 保護されたグリシン
保護
BocNH
CO2H +
dicyclohexylcarbodiimide(DCC)
BocNH
CO2– BocNHCH2 CO
O CNN
CN
++
NCN
HNH
カルボジイミドジシクロヘキシル
BocNHCH2 CO
O CN
NH
H2N CO2Me
Me
BocNHCH2 C O CN
NHNHCMeCO2Me
OH
H
BocNHHN CO2Me
O Me
NH C NHO+
アラニンメチルエステル
O
NH
OHN CO2Me
O
H3O+ Cl–
AcOH
+H3N
HN CO2Me
O
+ + CO2Cl–
脱保護
ジペプチド(共役塩基)
+H3N
HN CO2Me
OCl–
NaOH
H2O, MeOHH2N
HN CO2–
O
Gly–Ala
18
これらの問題点は,1960年代に R.B. Merrifield(米国・ロックフェラー大学,1984年ノーベル化学賞受賞)によって開発された固相ペプチド合成(solid-phase peptide synthesis)によって大幅に改善された. 23B.5.2 固相ペプチド合成と自動合成への展開 前項で述べた方法は,小さいペプチドを合成するには有効であるが,大きいタンパ
ク質には事実上適用できない.固相合成では,不溶なポリマーにアミノ酸を連結して,
それに一つずつ順番にアミノ酸をペプチド結合でつないでいく.その反応は上に述べ
たものと同じである.図 23B.10に示すように,最初に N末端を保護したアミノ酸を C末端でポリマーに結合させるので,C末端から N末端に向かってポリペプチドを合成していくことになる.1 段階ごとに,不純物や余分の反応剤は溶媒で洗い流すことができるので,単離・精製の手間が省ける.
図 23B.10 固相合成によるトリペプチドの合成
CH2Cl
CH2Cl
FmocNH CO2–
R1
ClCH2+ FmocNH CO
R1
CH2
O
H2N CO
R1
CH2
O
FmocNH CO2H
R2
+ DCC
NH
CO
R1
CH2
O
OFmocNH
R2
FmocNH CO2H
R3
+ DCC
NH
CO
R1
CH2
O
OHN
R2
FmocNHO
R3
NH
CO2H
R1
HOCH2
OHN
R2
H2NO
R3
HF
+
NH
NH
NH
SN2
固相合成に使う固相担体(ポリスチレン誘導体)
固相担体 塩基
N 末端を保護したアミノ酸
脱保護
脱保護
担体への連結
脱保護
担体からの脱離
ペプチド結合の生成
ペプチド結合の生成
固相担体
固相担体
固相担体
固相担体
固相担体
トリペプチド
19
固相担体として用いられるのは,通常ポリスチレンのベンジル型誘導体であり,ポ
リマー鎖のベンゼン環の一部に CH2Cl基が結合しており,そこに保護されたアミノ酸をエステルの形で連結する.ついで,脱保護とペプチド結合生成を繰り返し,最後に
液体 HF でポリマーからポリペプチドを切り離せばよい(液体 HF はポリペプチドの溶媒になる). この方法は,今では完全に自動化されており,Merrifield の自動固相ペプチド合成(automated solid-phase peptide synthesis)とよばれている.この方法を用いれば,数時間から数日の単位でポリペプチドを合成することができる.たとえば,ノナペプチド
のブラジキニンは 27時間で 87%の収率で合成され,128のアミノ酸残基を含むタンパク質のリボヌクレアーゼは 4日間で 17%の収率で合成された.後者では 369段階の反応を含むので,各段階の収率は>99%である. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.10 アミノ酸のアミノ基の保護に Bocあるいは Fmocが用いられるのは,それぞれ脱保護を温和な酸性あるいは塩基性条件で行うことができるからである.
脱保護の反応は単分子的な脱離反応として進む.その反応を示せ. 問題 23B.11 固相合成によって Gly–Lys–Alaを合成するために,まず三つのアミノ酸をそれぞれ Fmocで保護した.これらの Fmoc保護したアミノ酸を使って次のように反応した.担体ポリマーに Fmoc–Alaを連結・脱保護,ついで Fmocで保護したLysを反応・脱保護,次に Fmoc–Glyの反応・脱保護した後,最後に担体から脱離して目的のトリペプチドを取り出そうとしたところ,3種類のペプチドの混合物が得られた.なぜこのような結果になったか,得られた 3 種類のペプチドの構造を示して説明せよ.
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– さらに,1980年代からは遺伝子工学の技術を用いてタンパク質が合成できるようになった.DNA鎖を細菌の細胞に導入し,その細胞に目的とするタパク質を大量に合成させることができる.その一例は,遺伝子改変した大腸菌によるヒトのインスリンの
大量生産である.遺伝子工学は,天然のタンパク質のアミノ酸残基の一つあるいは数
個を入れ換えたタンパク質をつくることにも威力を発揮している.このような合成タ
ンパク質は生命科学研究に利用されている. 23B.6 ポリペプチドのアミノ酸配列
ポリペプチド鎖におけるアミノ酸の結合順,配列(sequence)を化学的に決定するためには,まず大きなポリペプチドやタンパク質は小さい断片にする.そして,それ
ぞれの配列を決定し,それらの断片をつなぎ合わせることにより全体の配列を決める
という手順をとる.この操作はポリペプチドの配列決定(sequencing)とよばれる.
20
23B.6.1 ポリペプチドの開裂 a ジスルフィド架橋の切断 別のチオールを還元剤として過剰に用いると,ジスルフィドは容易に還元されチオールにもどる.よく用いられるのは 2-メルカプトエタノールあるいは 2,3–ジヒドロキシブタン–1,4–ジチオール(ジチオトレイトール)であり,ポリペプチドのジスルフィド架橋が切断され,チオール反応剤がジスルフィド
になる.生成したペプチド鎖の SH は,空気酸化によって元に戻るのを防ぐために,ヨードエタン酸と反応させる.この反応はジスルフィド架橋の位置を決めることにも
なる.
図 23B.11 ジスルフィド架橋の切断 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.12 ジチオトレイトールのジスルフィド体と 2 当量の 2-メルカプトエタノールの反応を式で示せ.
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– ジスルフィド架橋の応用 頭髪にパーマネントをかけてウェーブをつくる美容室の仕事は,タンパク質のポ
リペプチド鎖のジスルフィド架橋の還元と酸化を行うことに他ならない.まず,チ
オール液でジスルフィド架橋を切断し,望みのカールにセットして,加熱によって
ジチオール架橋を再構築する. ゴム工業においては天然ゴムや合成ゴムの二重結合間にジスルフィド結合をつ
くることによって,ゴムの粘性を調節している.この工程は加硫(vulcanization)といわれる.
b ペプチドの酸性加水分解 アミドは加水分解されにくいが,ポリペプチドをかなり強い酸あるいは塩基性条件で加熱すると,完全にアミノ酸まで分解される.そ
NHCH CO
CH2S
NHCH COCH2
S
NHCH CO
CH2SH
NHCH COCH2
SH+
ジスルフィド架橋2
+HSHS
OH
OH
SS
OH
OH
NHCH CO
CH2SCH2CO2H
ICH2CO2H
dithiothreitol (DTT)ジチオトレイトール
塩基
21
のアミノ酸をイオン交換クロマトグラフィーなどで分析すればポリペプチドを構成し
ていたアミノ酸の組成を決定することができる.
しかし,温和な条件で部分的に加水分解すれば,適当な長さのペプチド鎖断片が得
られる.これらの断片のアミノ酸配列を,次のような特異的な切断法を用いて決定し,
それらをつなぎ合わせて全体の配列を決定する. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.13 ポリペプチドを強酸性条件で加水分解すると,アスパラギンとグルタミンおよびトリプトファン残基には問題が生じる.どうなるか説明せよ.
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– c Edman 分解 ポリペプチドの N 末端アミノ酸を決める化学的な方法としてEdman(エドマン)分解(degradation)がよく知られている.フェニルイソチオシアナートをペプチドと反応させると,N 末端アミノ酸と反応してチオ尿素誘導体が生成する.この生成物は温和な酸で処理すると,ペプチド鎖から末端アミノ酸を取り込ん
だチアゾリノン誘導体が外れ,さらに転位してフェニルチオヒダントインになる.ア
ミノ酸によって生成するフェニルチオヒダントインが異なるので,N 末端アミノ酸を同定することができる.
図 23B.12 Edman分解
ペプチドH3O+ Cl– (6 mol dm–3)
100 ˚C, 24 hアミノ酸
++
–
phenyl isothiocyanate
NH
OHN
R2H2N
O
R1 R3
O
Ph N C S
フェニルイソチオシアナート ペプチド
NH
OHN
R2HN
O
R1 R3
OSN
HPh
NH
OHN
R2
R1 R3
OHN
S O–
PhHN
チオ尿素部位
H+ +NH
OH2N
R2
R1 R3
OHN
S O
PhHN
SHN O
PhHN
R1
NH
OH2N
R2
R3
O
+
NHN O
S
R1
Phチアゾリノン誘導体 フェニルチオヒダントイン
H3O+ Cl– 転位
22
d 臭化シアンによる切断 臭化シアン(cyanogen bromide: BrCN)はメチオニン残基の C末端側のアミド結合を加水分解する.メチオニンの Sが求核的に BrCNを攻撃し,MeSCNが脱離基として外れ,五員環を形成する.
図 23B.13 臭化シアンによるペプチドの開裂 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 例題 23B.3 ペプチドの N末端アミノ酸残基を決めるもう一つの方法として 2,4–ジニトロフルオロベンゼンを用いる方法がある.この反応剤をペプチドに結合させた
あと,加水分解すればこの芳香族基をもつアミノ酸が N 末端にあったことがわかる.反応式を書いてこの方法を説明せよ.
解 答 この反応剤は典型的な芳香族求核置換反応の基質であり,末端アミノ基と反応す
る.ペプチドの加水分解後.ジニトロフェニル基をもつアミノ酸が N末端にあったことがわかる.ジニトロフェニル基は黄色を呈するのでクロマトグラフィーよる分
離同定が容易に行える.
+
+
NH
OHN
NH
O
R R
O
MeSBr C N
NH
OHN
NH
O
R R
O
MeS CN
– Br–
+
MeS CN–
NH
HN
NH
O
R R
O
OH3O+ Cl– +
H3N
R
O
HN
NH
O
R
O
O
+H3O+ Cl–
+H3N
R
O
HN
NH
O
R
OH
O
OH
F
NO2O2N
2,4-dinitrofluorobenzene(Sanger 反応剤)
H3O+
NH
OHN
R2NH
O
R1O2N
NO2
NaHCO3SNAr
CO2HNH
R1O2N
NO2
NH
OHN
R2H2N
O
R1
+R3
O
R3
O
+
2,4–ジニトロフルオロベンゼンペプチド
加水分解他のアミノ酸
黄色
23
この方法は英国の化学者 F. Sanger によって見いだされた方法であり,Sanger 法とよばれる.
Sangerはこの方法でウシインスリンの一次構造を決定し,1958年ノーベル化学賞を受賞した.
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– e 加水分解酵素による切断 タンパク質加水分解酵素はプロテアーゼ proteaseまたはペプチダーゼ peptidaseとよばれる.特定の酵素を用いると,特異的にペプチド結合を加水分解することができる.ペプチド鎖の内側のアミノ酸を切断する酵素はエ
ンドペプチダーゼと総称されるが,そのうちトリプシン(trypsin)はアルギニンあるいはリシン(塩基性アミノ酸)残基のカルボキシ基側ペプチド結合の加水分解を触媒
する.また,キモトリプシン(chymotrypsin)はフェニルアラニン,トリプトファン,チロシンのような芳香族基をもつアミノ酸の C末端側で加水分解する(他のかさ高い側鎖をもつアミノ酸残基のところで作用することもある).しかし,これら二つの酵素
はプロリン残基に隣接するアミノ酸の位置でははたらかない.エラスターゼ(elastase)は脂肪族アミノ酸(グリシンやアラニン)を C末端側で切断する. 一方,末端アミノ酸を選択的に切断する酵素はエキソペプチダーゼとよばれ,代表
的なものは C末端アミノ酸を切断するカルボキシペプチダーゼ(carboxypeptidase)である.これには Aと Bの 2種類があり,Bは C末端にアルギニンかリシンがあるときこれを切断し,他の C末端アミノ酸はカルボキシペプチダーゼ Aによって切断される.特異的な結合切断法をまとめると表 23B.2のようになる.
表 23B.2 ポリペプチドの特異的切断法 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 反応剤 特異的切断位置 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 反応試薬 フェニルイソチオシアナート N末端アミノ酸を除去(Edman分解) 臭化シアン Metの C末端側 エンドペプチダーゼ(endopeptidase) トリプシン* 塩基性アミノ酸の Argと Lys の C末端側 キモトリプシン* 芳香族基をもつアミノ酸の C末端側(Tyr, Phe, Trp) エラスターゼ 中性の脂肪族アミノ酸の C末端側(Gly, Ala)
エキソペプチダーゼ(exopeptidase) カルボキシペプチダーゼ A C末端アミノ酸を除去(Argと Lys以外) カルボキシペプチダーゼ B C末端にある Argと Lysを除去 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– * Proに隣接する場合を除く.
24
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.14 次のトリペプチドをトリプシンあるいはキモトリプシンで加水分解すると,どのような断片が得られるか.
(a) Glu–Arg–Ser (b) Phe–Gly–Ala 問題 23B.15 次のペプチドをトリプシンあるいはキモトリプシンで加水分解すると,どうなるか.
Gly–Arg–Phe–Ala–Lys–Asp–Trp–Arg–Glu–Tyr–Val–Ala ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23B.6.2 質量分析による配列決定 タンパク質の配列決定に質量分析が使えるようになってきた.これはエレクトロス
プレーイオン化法(ESI)と MALDI法が開発されたおかげである(これらの方法を開発した田中耕一と J.B. Fenn に 2002 年にノーベル化学賞が授与された).質量分析計(MS)によって,ポリペプチドはさまざまな断片に切断される.切断可能な位置はたくさんあるが,おもな位置はペプチド結合である.それらのペプチド断片の質量がわ
かれば,アミノ酸の分子量からアミノ酸組成がわかる.異性体であるロイシンとイソ
ロイシンを除いて,すべてのアミノ酸は分子量が異なる.コンピューターを用いて同
じ配列をもった部分を重ねてつなぎ合わせていくと,最終的にポリペプチドの全配列
が決まる. 大きなタンパク質の場合には,前項の方法,とくに酵素加水分解で小さなポリペプ
チドにしたものを MS にかける.この加水分解でできたポリペプチドの混合物は,分離することなくタンデム質量分析計(MS–MS)に導入して分析することも可能である.この装置では,一つ目の MS で酵素分解ペプチドを質量によって分離し,二つ目のMS でそれぞれのペプチドを分析し,配列を決定する.この方法では,通常タンパク質がピコモル(pmol: 10–12 mol)程度あれば配列決定できる. 23B.6.3 遺伝子による配列決定 タンパク質のアミノ酸配列は,ウェブチャプター23C で述べるように,核酸によって暗号化されている.核酸の塩基配列の決定が容易に行えるようになったので,タン
パク質のアミノ酸配列を決定するよりも,核酸の塩基配列を決定することのほうが簡
単であることが多い.すなわち,遺伝子によってアミノ酸配列が決定できる. 23B.7 タンパク質の構造
タンパク質の形は階層的な構造によって表現されるが,究極的にはアミノ酸配列に
よって決まる.共有結合に基づくタンパク質の構造を一次構造(primary structure)といい,アミノ酸配列自体とジスルフィド架橋の位置が含まれる.タンパク質骨格の規
則的な立体配座に基づく一定の領域の(局所的な)折りたたみ構造は二次構造
25
(secondary structure)とよばれ,ポリペプチド全体の三次元構造は三次構造(tertiary structure)とよばれる.さらに,2分子以上のポリペプチドからなるタンパク質は,それらがどのように配置されているかによって四次構造(quaternary structure)をもつ. 23B.7.1 二次構造 ペプチド結合の特徴は 23B.4.1 項で述べたように,C-N 結合の部分的二重結合性のために平面性をもつことであり,平面部分はアミド平面とよばれる.これはペプチド
鎖の立体配座に制約を加えている.また,アミド水素(N-H)とカルボニル酸素は水素結合をつくることができる(図 23B.14).それに加えて,アミノ酸側鎖間の相互作用(立体障害と同種電荷間の反発など)が,タンパク質の二次構造を決めている.
図 23B.14 ペプチドのアミド平面と水素結合
a βプリーツシート いちばんわかりやすい二次構造の例はβプリーツシート(β–pleated sheet: 単にβシートともいう)であろう.ポリペプチド鎖はジグザグ構造をとるように伸びており,カルボニル炭素と窒素の結合以外は回転しやすい.図
23B.15では四角形で平面性を示し,赤色で回転しやすい結合を示している.
図 23B.15 ペプチド鎖のジグザグ構造における平面部分と回転可能な結合(赤)
このように伸びたポリペプチド鎖は互いに隣り合わせに並んで水素結合をつくり,
安定になっている.隣りあったペプチド鎖は N末端から C末端に同じ方向に並んでいる場合(平行:parallel)と逆向きに並んでいる場合(逆平行:antiparallel)がある(図23B.16a).このように並んだ結果,同じ平面内におさまっている原子群もあるが,全体としては平面状になれない.側鎖(R)の反発的な相互作用が小さくなるように並んでいる.その結果は,側面図(図 23B.16b)に示すようにジグザグ鎖の並びをシートとしてみるとひだ形になり,R は上下に突き出したように交互に並んでいる.この全体の形がプリーツシートとよばれる所以であり,ひだの繰り返し周期は平均的には
70 nm(7.0 Å)である.
CO
NCH R
CO
NCH R H
H
水素結合アミド平面
NN
NN
NO
R
R
O R
O R
O
H
H
H
H
H
O
R
NH
O
26
図 23B.16 βプリーツシート
(a) 逆平行形と平行形部分. (b) 横から見た形(ひだを横から見た形). ポリペプチド鎖間の水素結合は,別のペプチド分子間であってもよいし,大きいポ
リペプチドやタンパク質では折れ曲がって同一分子内のものでもよい.分子内水素結
合をつくるために起こる最も一般的にみられる折れ曲がりはβターン(β–turn)とよばれるものであり,三つ離れたアミノ酸残基が互いに水素結合をつくるような形にな
る(図 23B.17a).また,プロリン残基があるとその位置でポリペプチド鎖の規則正しいジグザグ構造に支障が生じ折れ曲がりの原因になる(図 23B.17b).プロリン自体には N-H結合がないので水素結合はつくらない.
図 23B.17 ポリペプチド鎖の折れ曲がり
(a) βターン.(b) プロリン残基のトランスとシス立体配座. βプリーツシートの構造をつくっているポリペプチド鎖間の規則的な水素結合の形
成はわかりやすいが,タンパク質の構造としては次に述べるαヘリックスのほうがよ
り広くみられる.(ここで,αヘリックスとβシートのαとβという定義に科学的な意
味はないので,気にすることはない.歴史的にαヘリックスのほうが先に発見され,
命名されたというにすぎない.)
NN
NN
O
R
R
OR
O H
H
H
H O
R
NH
O
NN
NN
O
R
R
OR
O H
H
H
H O
R
NH
O
N
O
H R
NH
O
R
R
RN
O
N
O
H
H
NN
NN
O
R
R
O R
OH
H
H
HO
R
NH
N
O
HR
R
O
平行形
逆平行形
(a)
N C
R
NO
C N
R
R
C N C N C N C
R
R
RH H
O O OH H
HOOH側面図
(b)
NH
O
R1
NH
N
O
H
R4
O
プロリン(a)
N
R2
O H
R3(b)
N
O
H O
R
N
ON
H
HR
N
O
H O
R
N
OH
NH
R
トランス形 シス形
プロリン
27
b αヘリックス 同じポリペプチド鎖の 4 残基はなれたアミノ酸単位のカルボニル基と N-H 基の間につくられる規則的な水素結合によって右巻きのらせんがつくられる(図 23B.18).これがαヘリックス(α–helix)であり,タンパク質の主要な二次構造になっている.アミノ酸残基の側鎖 Rは立体障害を避けてらせん構造の外側に突き出ている.らせんは 3.6アミノ酸残基で 1回転し,その反復距離は平均 54 nm(5.4 Å)である.βシートに関連して上で述べたように,プロリンは水素結合をつくること
ができず,ペプチドのジグザグ鎖にゆがみをつくるが,αヘリックスの規則性にもよ
く適合せずゆがみを生じる.
図 23B.18 タンパク質のαヘリックス c 実際のタンパク質の二次構造 二次構造は,いくつかのタンパク質の性質に深くかかわっている.羊毛や筋肉中の繊維状タンパク質(fibrous protein)などは,二次構造としてほとんどすべてαヘリックスになっている.これらは,軸方向に並んだ
水素結合が弱いので,伸び縮みすることができる.一方,絹やクモの糸をつくってい
るタンパク質の二次構造は,おもにβプリーツシートである.この構造では水素結合
は長軸に垂直になっており,ポリペプチド鎖は伸びきった構造になっているので,こ
れらの繊維は伸縮性がない. しかし,ほとんどのタンパク質は球に近い形になっており,球状タンパク質(globular protein)とよばれる.含まれるタンパク質の二次構造は,αヘリックスもβシートも繊維状タンパク質に比べるとずっと短い.球状タンパク質はいくらか水に溶けるもの
もあるが,繊維状タンパク質には水溶性は全くない.この 2種類のタンパク質の違いは四次構造に基づくものである.
28
23B.7.2 三次構造 タンパク質の三次構造は,1 本のポリペプチド鎖のすべての原子の三次元配置を示すものである.タンパク質は,溶液中でより安定な形になるために引力相互作用によ
って折りたたみ構造をとっている.三次構造を保っている相互作用には,ジスルフィ
ド結合,水素結合,静電引力(イオン結合),それに疎水性相互作用(hydrophobic interaction)がある.ジスルフィド結合以外は,いわゆる非結合性相互作用(non-covalent interaction)であり,2章(2.10節)で説明した. アミノ酸は側鎖の性質に従って分類し,表 23B.1 にまとめてあるので,以下の説明はこの表を参考にしながらみていこう. ・疎水性相互作用:アミノ酸には側鎖に炭化水素基(アルキルまたはアリール)をも
っているものも多い.水溶液中では,これらの非極性側鎖は疎水性を示して凝集す
る傾向があり,水相を避けてタンパク質の内部に集まって疎水性領域をつくる.こ
の相互作用がタンパク質の折れ曲がりの大きな要因になっている.しかし,このよ
うな疎水性側鎖をもつアミノ酸残基は非常に多いので,タンパク質内部に疎水性基
がおさまり切らない.その結果,疎水性炭化水素基は内部だけでなく外部表面にも
同程度分布している.親水性基のほとんどは外部表面にみられる. ・水素結合:カルボニル酸素とアミド N-Hの間につくられる水素結合は,αヘリックスとβシートの二次構造の形成にかかわっていたが,球状タンパク質の最終的な形
にもかかわっている.水素結合には,ポリペプチド骨格だけでなく,アミノ酸の極
性側鎖や水分子も関与している.セリン,トレオニン,チロシン,システインの側
鎖の OHや SHも水素結合に関与し,タンパク質の立体配座にも影響している. ・静電引力:中性の水溶液中では,アミノ酸側鎖のカルボキシ基(アスパラギン酸,
グルタミン酸)はイオン化してアニオンに,アミノ基(リシン,アルギニン)はプ
ロトン化されてカチオンになっている.これらの親水性基は,球状タンパク質の疎
水性内部に単独でみられることはなく,外部表面に露出して水分子による溶媒和を
受けている.しかし,アニオンとカチオンがイオン対をつくればタンパク質内部に
存在することも可能である. このようにしてタンパク質分子の三次構造が決まり,αヘリックス,βシート,ラ
ンダムコイルの領域をつくる.三次構造は一般的にリボン構造を使って表現されるが,
卵白リゾチームの例(図 23B.19)に示すように,この表現によりαヘリックスやβシートの領域も明らかである.
29
図 23B.19 リボン構造で表した卵白リゾチームの三次構造(©Yikrazuul) タンパク質の安定な三次構造は自発的に形成される.そのことは天然と同じ配列の
タンパク質を合成することによって確かめられる.たとえば,固相法で合成されたリ
ボヌクレアーゼが活性な酵素作用を示すことが確かめられている.また,天然のタン
パク質を変性(denaturation)させたものが,可逆的に天然の状態に戻ることを確かめることもできる.変性とは三次構造を化学的物理的方法で破壊して性質を変えること
であり,pH変化,有機溶媒や化学薬品,加熱などによって起こすことができ,可逆的に起こる場合が多い(卵の加熱のように不可逆的な変性もある). 23B.7.3 四次構造 分子量が 50,000を越えるようなタンパク質は,ほとんどの場合 2分子以上のポリペプチド(サブユニットとよばれる)によって構成されている.このような集合体の構
造をタンパク質の四次構造という.四次構造をもつタンパク質の代表例はヘモグロビ
ンであり,四つのサブユニットからなる四量体である.この場合,わずかに配列の異
なる 2種類のサブユニット 2個ずつからなり,図 23B.20にみられるように正四面体形に配置している(それぞれのユニットにヘムが含まれ酸素の運搬を担っている).この
ような集合体を形成する相互作用は非結合性のものであり,おもに疎水性相互作用で
ある.一般的には,四次構造を形成するサブユニットは同じものでも異なるものでも
よい.
30
図 23B.20 ヘモグロビンの三次構造と四次構造
(© Zephyris at the English Wikipedia) ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23B.16 次のアミノ酸のうち,水溶液中で球状タンパク質の表面に存在する可能性の高いものはどれか.理由とともに答えよ.
(a) Phe (b) Ser (c) Asp (d) Lys (e) Val (f) Gln ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– まとめ
・ペプチドとタンパク質(ポリペプチドと総称する)は α–アミノ酸のポリマーである.
・天然のキラルな α–アミノ酸は,通常 L立体配置をもっており,システイン以外は S配置に相当する.
・α–アミノ酸は pH 7では双性イオンになっており,側鎖に酸あるいは塩基官能基をもつものもある.
・アミノ酸(あるいはペプチド)の電荷をもたない形が最も多くなる pH を等電点という.
・L–α–アミノ酸は,2–オキソカルボン酸から脱水素酵素(水素化を触媒)による還元的アミノ化あるいはアミノ基転移酵素によるアミノ基転移によって生合成される.
31
・α–アミノ酸の一般的な有機合成法には,アンモニアの α–ハロカルボン酸によるアルキル化,アセトアミドマロン酸ジエチルのアルキル化と加水分解-脱炭酸による方法,
Strecker反応などがある.また,立体選択的な合成には BINAPや類似の配位子を用いる金属触媒や有機分子触媒あるいは酵素が用いられる.
・α–アミノ酸の純粋なエナンチオマーは光学分割によっても得られる.ジアステレオマー塩による分割や速度論的分割法がある.
・ポリペプチドの酸性加水分解によって得られたアミノ酸混合物やその他の異なるア
ミノ酸の混合物の分離分析は,クロマトグラフィーによるのが一般的であり,アミ
ノ酸に対しては電気泳動とイオン交換クロマトグラフィーが特に有用である.
後者は自動化され,アミノ酸分析計として広く使われている. ・アミノ酸の呈色反応にはニンヒドリンが用いられる. ・ペプチドのアミド結合はペプチド結合ともよばれ,C–N 結合の回転が制約されており,平面性(アミド平面)をもつ.これはポリペプチドの三次元構造に関係して
いる.また,ジスルフィド架橋がポリペプチドの構造を保つ役割をもつ. ・低分子量のペプチドにはホルモンや補酵素の役割をするものがある. ・ペプチドの合成は,アミノ酸のアミノ基を Boc や Fmoc で保護し,カルボキシ基を
DCCなどで活性化して,別のアミノ酸のエステルと反応させてペプチド結合をつくることによって進める.
・固相ペプチド合成では,不溶なポリマー(通常クロロメチル基をもつポリスチレ
ン)にアミノ基を保護したアミノ酸をエステル結合でつなぎ,脱保護とペプチド結
合生成を繰り返し,最後に酸でポリマーから切り離す.この方法は自動化されてい
る. ・ポリペプチドのアミノ酸配列を決定するには,まずジスルフィド架橋を切断し,タ
ンパク質のように大きいものは酸性加水分解によって適当なペプチド断片に開裂
し,断片の配列を決め,それらをつなぎ合わせて全体の配列を決定する. ・ペプチドの特異的な切断法を適用した結果から,アミノ酸配列の情報が得られる.
フェニルイソチアシアナートは N–末端アミノ酸を順番に切り出して決定することができる(Edman 分解).BrCN は Met の C 末端側で切断する.酵素を用いると,位置特異的に切断できる(例:トリプシンは Argと Lysの C末端側,キモトリプシンは Tyr, Phe, Trpの C末端側).
・ペプチド配列は,現在では,質量分析や遺伝子を用いる方法で決定される. ・タンパク質の一次構造は共有結合によって決まり,アミノ酸配列とジスルフィド架
橋の位置を含む. ・タンパク質の二次構造は,ペプチド結合のアミド平面の相対的な配向によって決ま
り,代表的なものはβプリーツシートとαヘリックスである.これらはおもに
NHとカルボニル酸素間の水素結合によって決まっている. ・タンパク質の三次構造は,1本のポリペプチド鎖の完全な三次元構造であり,水素結合と van der Waals力によって決まっている.水溶性タンパク質の三次元構造には溶媒の水との相互作用も重要である.三次構造はリボン表示で表されることが多い.
32
・タンパク質が機能を発現するためにタンパク質分子が凝集することもあり,その集
合体構造を四次構造という. 問 題
23B.17 次のアミノ酸の L体をジグザグ構造で表し,R,S配置を帰属せよ. (a) ロイシン (b) イソロイシン (c) メチオニン 23B.18 次のアミノ酸の pH 2と pH 11におけるおもな形を構造式で示せ. (a) セリン (b) リシン (c) チロシン (d) トリプトファン 23B.19 次の pHにおけるアスパラギン酸のおもな形を示せ. (a) pH 0 (b) pH 3 (c) pH 7 (d) pH 11 23B.20 システインの解離平衡式を示し,等電点を求めよ. 23B.21 プロパン二酸ジエチルを用いてロイシンを合成する反応を書け. 23B.22 pH 6.0の緩衝液を用いて電気泳動を行うと,次のアミノ酸はどちらの電極のほうへ移動するか.等電点を計算して説明せよ.
(a) イソロイシン (b) セリン (c) リシン 23B.23 次のペプチドの構造を pH 7におけるおもな形で示せ. (a) Gly–His–Ala (b) Phe–Cys–Glu 23B.24 アミノ酸を Boc基で保護する反応の機構を書け. 23B.25 より反応性の高いポリマー担体として次のような塩化ベンジル型側鎖をもつポリマーが固相ペプチド合成に用いられる.なぜこのポリマーの反応性が高いの
か説明せよ.
CH2NHCCH2OO
CH2Cl
担体ポリマー
33
23B.26 図 23B.12の Edman分解において,酸触媒によるチアゾリノン誘導体からフェニルチオヒダントインへの転位は,酸触媒によるチオエステル部分の開裂とア
ミド型結合の生成による再環化によって説明できる.この反応を式で示せ. 23B.27 例題 23B.3 で取り上げた Sanger 法において,2,4–ジニトロフルオロベンゼンはリシンのように側鎖にアミノ基をもつアミノ酸は側鎖でも反応するので注意す
る必要がある.この反応を式で示せ. 23B.28 次のトリペプチドをトリプシンあるいはキモトリプシンで加水分解すると,どのような断片が得られるか.
(a) Gly–Arg–Phe–Ala (b) Lys–Trp–Ile–Arg 23B.29 あるデカペプチドを塩酸で加水分解して分析したところ,次のようなアミノ酸組成であることがわかった.
Ala, Arg, Cys, Glu, Gly2, His, Leu, Phe, Val また,部分加水分解によって次のトリペプチドが得られた. Cys-Val–Leu + Glu–Phe–Gly + Gly–Arg–Cys + His–Glu–Phe + Leu–Gly–Ala さらに Edman分解の生成物はヒスチジンのフェニルチオヒダントインであった.これらの結果から,このデカペプチドのアミノ酸配列を推定せよ.
23B.30 アミノ酸分析法の一つとして次のようなキノリン誘導体を反応させる方法がある.アミノ酸に結合したキノリンが 254 nmに紫外吸収をもち,395 nmに蛍光を発するからである.この反応の機構を示せ.
23B.31 次のアミノ酸の側鎖のうち,セリンの側鎖と水素結合できるのはどれか. (a) ロイシン (b) アスパラギン (c) ヒスチジン (d) フェニルアラニン (e) チロシン
N
HN
O
ON
O
O
+
1–(6–キノリルアミノカルボニルオキシ)–2,5–ピロリジンジオン
H2NCHCO2–
R
pH 9
H2O
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