酪農経営と牛群検定 - LINliaj.lin.gr.jp/japanese/liajnews/no.92/news92-12.pdf · ているのではなく、やむを得ずやっている。大多数の...
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1.焦燥感と不安感に苦しむ酪農家がいる
今年は牛群検定30年の節目ですが、酪農そのものにとっても大きな節目に入っているように思われます。酪農家からいろいろ難しい相談を受けてから、強くそう感じています。「牛乳消費が停滞していると聞くが、酪農はこれからどうなるのか…、また規模拡大をしても大丈夫なのか…。」というような相談です。巷では規模拡大のニュースが取りざたされ、建設業
界などから新規参入したメガファームも気がかり。このままでは自分一人が取り残されてしまうのではないか…。だんだんと酪農が土地から離れていく現実とその後ろめたい気持ち。モヤモヤした焦燥感と不安感。ホントにどうしたらいいのか…。この気持ちはよく分かります。また、こんな意見まで飛び出しました。最近は耕地
があっても自給飼料を作らない酪農家が増えている。自給飼料を食わせて搾った牛乳と輸入粗飼料で搾った牛乳とどちらがホントの牛乳なのか…、牛乳中の微量成分たとえばビタミン、カロテンのようなものも測ってみてはどうか…、乳価に差をつけてもいいのではないか…。まだ一部の酪農家ではありますが、このような基本
的問題を真剣に考えようとする動きも出始めています。この酪農家の純粋な気持ちに接しますと、いままでやってきた施策に問題はなかったのか…。いろいろと悩まされます。土地もあり、機械も持ち、飼料作物を作れる環境にありながら、輸入粗飼料に依存するようになってしまった。この輸入粗飼料依存の経営がこのまま定着してしまっていいのだろうか…。なかには
搾乳牛まで輸入に頼ろうとしている。エサも牛も外国に依存する。この他力本願の刹那主義的経営をどう位置づければよいのでしょうか…。“酪農の永続性とは何か…”、“酪農業のホントの価値は…”、“酪農の社会
的責任は…”などいろいろなことが脳裏をかけ巡ります。振り返ってみますと、日本の酪農は昭和55年の計画
生産(生産調整)を余儀なくされたときから大きく変わってきました。乳価は安く低迷し続けているので、規模拡大によって対応せざるを得なくなってきた。その結果が現在のこの状況を作っていると考えても差し支えありません。さあ、どうすればよいのでしょうか…。
2.実際に耕地依存型と流通依存型の経営を比較してみよう
現実の酪農経済のことは酪農家自身が一番知っています。規模拡大すれば流通粗飼料に頼らざるを得ない。コストも省力化も考えなければならない。好んでやっているのではなく、やむを得ずやっている。大多数の酪農家はこういう心境にあると思います。表1を見て下さい。実際に耕地依存と流通依存の経営を比較してみまし
ょう。参考にして下さい。この調査は中央畜産会が毎年行っているもので、先進的酪農経営の動向(平成15年)の分析表から、その数値を筆者が変動損益計算書に組み替えて損益分析を行ったものです。調査の対象は、経産牛頭数がおおむね30頭以上、単
一経営で技術面あるいは経済面からみて先進性・普及
技術情報技術情報�
相談役 川井 倫次
新しい時代には新しい酪農理念を…第2回
これからどうなる!どうする!酪農経営と牛群検定<酪農家とゆっくり語ろう>
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技術情報�
性を有すると見られる経営となっています。これを経営類型別に草地依存、耕地依存、流通依存の3類型に分けて分析してあります。その類型区分は次のとおりです。○草地依存―粗飼料自給(DM)40%以上及び土地面積
草地50%以上、○耕地依存―粗飼料自給(DM)40%以上及び土地面積草地50%未満、○流通依存―粗飼料自給(DM)40%未満平成15年では流通依存が急激に増えて98戸(121戸
のうち)となり、耕地依存は15戸、草地依存は8戸となっています。耕地依存の経営がだんだん少なくなっています。この調査でも以前は耕地依存が多かったのですが、ここ数年で大きく変わってしまいました。特に重要な利益率を耕地依存と流通依存で比較してみましょう。耕地依存が9.3%流通依存が9.1%でほぼ同率となっています。また、変動費(飼料費)は397,000円と406,000円でこの差は僅かです。さらに安全率も
15.8%、15.2%でほぼ同じです。このように流通依存型の経営が立派に成立していることが分かります。しかし、この調査は対象戸数が少なく、類型分けの
DM自給率40%の線引きに問題があるのではないかという意見もあります。これを60%~70%に引き上げればどうなるのか…。その辺の調査も今後必要だと思いますが、いまその数字を持ち合わせていません。いずれにしましても、流通依存型の経営が確実に増えていること、そして経済的に十分に成り立っていること、この事実は事実として認めざるを得ません。
3.輸入粗飼料の輸入量と自給粗飼料の作付面積の現状をみてみよう
まず、流通飼料依存型経営が普及してきた歴史的背景を
8,945kg�
95.0円�
170hr�
28.7%�
901,099 100�
315,146 �
585,953 65.0�
436,319 �
149,634 16.6�
671,260�
7,460�
79,0�
25.5�
�
9,175�
96.0�
140�
27.1�
947,492 100�
396,917 �
550,575 58.1�
462,830 �
87,745 9.3�
797,980�
8,870�
93.9�
15.8�
�
8,571�
98.7�
142�
23.5�
918,760 100�
406,270 �
512,490 55.8�
428,572 �
83,918 9.1�
779,220�
8,660�
91.7�
15.2�
�
草地依存(8戸)� 耕地依存(15戸)� 流通依存(98戸)�
収益性�
損益分析�
分岐点�
一頭当り乳量�
乳価�
一頭当り労働時間�
所得率�
売上高�
変動費(飼料費のみ)�
限界利益率 �
固定費(飼料費以外)�
利益率 �
損益分岐点―売上高�
―乳量(乳価90円)�
―乳価(乳量8,500kg)�
安全率�
注 (1)販売一般管理費、営業外収益、営業外費用は除く�
(2)売上高―飼料費=限界利益、限界利益―固定費=利益�
表2 粗飼料の輸入量と価格の推移 全酪連COW BELLより
ヘイキュウブ�
乾 草�
稲 ワ ラ�
ヘイキュウブ�
乾 草�
稲 ワ ラ�
円/ドル�
昭55�
295�
115�
48�
46�
51�
38�
217
60�
492�
200�
87�
37�
40�
30�
221
平2�
695�
885�
181�
31�
35�
32�
141
7�
701�
1384�
214�
22�
26�
23�
97
10�
577�
1652�
217�
25�
28�
22�
128
11�
534�
1759�
255�
19�
23�
24�
112
13�
445�
1848�
264�
26�
29�
26�
125
14�
446�
2212�
33�
26�
28�
29�
122
輸 入 量�
(千トン)�
価 格�
(円/kg)�
為 替�
表1 経営類型別損益分析点分析(H15年・都府県)
32
技術情報�
表3 自給飼料作付面積の推移(2000/1995の比較) 単位:ha %
全国�
北海道�
岩手�
栃木�
群馬�
千葉�
愛知�
兵庫�
岡山�
熊本�
1995年 �
827,400�
583,700�
43,100�
8,410�
4,350�
2,390�
2,210�
1,640�
5,350�
14,900
2000年 �
809,100�
576,300�
44,500�
8,110�
4,020�
1,800�
1,630�
1,270�
3,740�
13,100
2000/1995�
97.8�
98.7�
103.2�
96.4�
92.4�
*75.3�
*73.8�
*77.7�
*69.9�
87.9
1995年 �
106,800�
37,600�
6,800�
4,790�
4,400�
1,600�
458�
797�
1,270�
6,670
2000年 �
95,900�
36,900�
6,050�
4,730�
3,820�
1,440�
285�
380�
755�
6,080
2000/1995�
89.8�
98.1�
89.0�
98.7�
86.8�
90.0�
*62.2�
*47.7�
*59.4�
91.1
牧草� トウモロコシ�
(農水省ホームページ 統計情報データーベースより抜粋)�
みましょう。それは貿易港に近い酪農地帯から広がっていきました。たとえば名古屋近郊などです。頭数規模からみて土地基盤が少なく、さらに安く買えるなどの条件がそろった地域です。とりわけ円高恩恵で輸入粗飼料の価格が大幅に下がったことが一番の要因といえます。さらに昭和62年の乳脂肪率3.5%基準になったこともこれに拍車をかけることになりました。表2を見てください。これが輸入粗飼料の現状です。昭和55年から示していますが、この時期は乳価が低迷している時期であり、コストを下げるために安い輸入粗飼料に目がいくのは当然の結果でした。特に平成に入ってからは大幅に安くなっていることが分かります。平成2年からは乾草の輸入量が急増し、昭和60年に20万トンだったものが、平成14年ではなんと221万トンとなり10倍以上の増加となっています。驚くべき量ですね…。問題はこのような安い価格がこれからも長く保証されるかどうかということです。たとえば為替の変動、天候異変による作柄状況の悪化、社会情勢と政治情勢の変化などによって大幅に価格上昇にでもなったら、どう対応するのか…。「そのときはそのときに考えればいいさ…」と簡単に割り切っている酪農家もいるかもしれませんが、多くの酪農家は不安を感じているのではないでしょうか…。つぎに、自給飼料作付け状況を農林統計から見てみましょう。表3を見てください。全国の酪農主要都府県について示しています。作付面積を1995年と2000年の5年間で比較してみま
すと、都道府県の格差が大きくなっており、トウモロコシでは40%~50%台まで減少している県もあります。
5年間で半分に減っちゃった…。やはり都市近郊で大幅な減少となっています。この表は2000年までの数字ですので、これを2005年の10年間で比較すれば、さらに大きく減少しているのではないかと憂慮されます。
4.国も自給飼料政策に本腰を入れようとしている
作付けできるところにはしっかり作って、不足分を輸入に頼る。こうありたいものですが、いまのこの不安定な状態をいつまでも放っておくことはできないということで、農水省は自給飼料政策に本腰で取り組もうとしています。その基本的考え方を紹介します。図4を見てください。農水省は三つの柱“食料自給率の向上、国土の有効
活用、資源循環型畜産の確立”を立て、まさに三位一体の政策として推進しようとしています。具体的には、転作田における稲発酵粗飼料の作付け
拡大、放牧等による未利用地の活用の推進など揚げています。また、飼料作物の生産を請け負うコントラクターの利用などの外部化を進めるとしています。これは畜産農家だけではできるものではありませんので、耕種農家との連携が不可欠であります。この耕種と畜産の連携を図るためには、農協が中心的な役割を果たすとともに、地域の行政組織が積極的に支援することが重要であります。酪農家の皆さんもこれについては十分に理解できるものであり、早く進めてほしいと願っていると思います。特に酪農協の幹部の皆さんには、優先的にこの課題に取り組んでほしいのです。いまこそ、
33
技術情報�
酪農協も酪農家も意識改革が必要な時だと思います。
5.精神的支柱となるべき「酪農理念」について考えてみよう
これらの自給粗飼料施策を長期的に確実なものにしていくためには、酪農家の精神的な支柱となるべきしっかりとした礎が必要になると思います。単なる政策だけではなく酪農哲学、酪農理念のようなものです。そんなことは考える余裕などないと言われればそれまでですが、あえてこれを取り上げてみたいと思います。このごろ酪農とは全く関係のない人たちと話す機会
が増え、酪農を離れたところから見ることが多くなりました。遠くから見ると広く見える、その感じですね…。いま酪農にとって最も重要な問題は何かと問われたらどう答えますか…。組織、生産、技術、コスト、乳価、飼料、環境、消費、あるいは安全・安心…。まだ他にもいろいろあるでしょう。どれも重要な問題ばかりですので、当事者としてはそれぞれの考え方があるのは当然のことです。遠くから第三者の立場で見ていると、こう答えたくなります。“牛乳の価値から酪農の価値へ、価値の領域を広げよう”。
昔から「牛乳の価値」については誰もが認めていますが、「酪農の価値」となりますと分かっているようで分かっていない。酪農の価値とは「価値ある牛乳」を生産すること。確かにそのとおりですが、牛乳の価値だけを宣伝していると「牛乳は輸入すればよい」という議論になりかねない。これでは片肺飛行です。「牛乳の価値」と「酪農の価値」が両者一体で認められてはじめて安定飛行ができ、一般生活者からも支持されることになるのです。それでは「酪農の価値」とは何か、ということにな
りますが…。これは当事者自身もなかなか明快に答えることは難しい。昔は“土作り・草作り・牛作り”とか“健土健民”という言葉がありました。北海道の酪農先覚者が掲げた一つの理念ですが、酪農家はこの言葉を酪農の礎として頑張ってきました。しかし、最近はこの精神が少しおろそかにされているように思います。特に若い酪農家にその傾向があるのではないかと危惧されます。実は、この言葉の中に「酪農の価値」を見いだすこ
とができるのではないでしょうか…。この言葉はまさに酪農の生命線であり普遍的理念であります。この失われつつある理念を「酪農の価値」として現在に甦らせなければなりません。
○輸入飼料への依存から脱却し、自給飼料に立脚した安全・安心な畜産物の生産を図る。�○飼料自給率が仮に10%上昇すると、食料自給率は1%上昇する。したがって食料自給� 率を向上させるためには、自給飼料の生産拡大が重要。�○国内における自給飼料生産の意義は、耕作放棄地の解消や水田の機能維持という国土� の有効活用の観点から、また家畜排泄物の適切な利用による資源循環型畜産の確立の� 観点からも評価し、その生産拡大を図るべき。��
食料自給率の向上�
国土の有効活用� 資源循環型畜産の確立�
(農水省 ホームページより抜粋)�
図4 自給飼料政策の基本的考え方(農水省生産局畜産部)
34
技術情報�
酪農経営が発展していく過程では、よく対立した課題や矛盾した関係が発生することがあります。その典型的事例がいままで述べてきた自給粗飼料と輸入粗飼料の関係です。自給粗飼料中心の経営が理想ではあるが、現実は輸
入粗飼料に依存せざるを得ない。これは矛盾する関係ですね…。この議論をいくら進めてみても理想と現実のはざ間で悩むばかりです。いずれくることを覚悟しなければならない一般生活者の厳しい視線。いつまで座して待つ時間が残されているか分かりませんが、後ろめたい思いから早く開放されて、誇りを持って経営に取り組みたい。一般生活者から拒絶反応でも起きたら大変だ…。酪農家の心中を察することができます。これを解決するには、結局、酪農理念や酪農哲学を持ち出すしかないのかも知れません。図5を見て下さい。前から考えてはいたのですが、この三つの礎を設定してみました。参考にしてみて下さい。この基本的考え方は、酪農業とは“土地から離れて
は絶対に成り立たない”という宿命に生まれ、“地域住民の生活と健康に貢献する”という使命に生き、そして自らは“技術と情報に支えられて発展する”という運命のもとにある。酪農には「3つの命」が託されていると考えればいいと思います。
(1)酪農は土地利用型農業として、「土―草―牛」の資源循環型経営を進め、国土の有効利用とその保全に務める。(国土保全産業―宿命に生まれ)
(2)酪農は社会共生型農業として、地域社会と共に生き「牛乳」というかけがえのない食料を通じて国民の健康に寄与する。(生命産業―使命に生き)
(3)酪農は技術開発型農業として、技術と情報(牛群検定など)を積極的に活用して低コスト・高収益酪農の実現を図る。(技術開発型農業―運命を切り開く)
重要なことは、この3つの柱のうち1つでも欠けると倒れてしまう。勿論一本足では立てません。この3本の柱がしっかり結びついていることが必要なのです。酪農理念とか酪農哲学を持ち出しますと、「理想と現実は違うからね…、なかなか思うようにはいかんよ…」と逃げられます。いつまでも背中合わせにしているのではなく、ぼつぼつ真剣に向き合う時がきているのではなでしょうか。これからの酪農が永続的に発展していくために…。現状に甘んじていると、いずれ大きな壁に突き当たる時が来るかもしれません。それが心配なのです。
図5 新しい「酪農理念」の提案
外圧�
土地利用型農業�<宿命に生まれ>�国土保全産業�
技術開発型農業�<運命を切開く>�高度情報産業�
社会共生型農業�<使命に生き>�生命産業�
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