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日本企業海外進出の決定要因 内部化の費用便益分析 1 はじめに 本稿では,日本企業の海外進出意志決定問題をミクロ経済理論的に考 察する.特に内部化理論の視座に依拠して次の三つの基本的問を追究し たい:日本企業が海外進出としてそもそも輸出を始める誘因は何か;進出 形態として,輸出取引ではなく海外での直接生産販売を選択するのは何 故か;更には,輸出企業が海外子会社を設立することにより海外進出を深 化させる誘因は何か.これらの追究では,進出地域を対米地域と対欧アジ ア地域に二分した上で,各地域で異なる貿易決済通貨選択のもとで分析 を行い,得られた結果について地域差の含意を探りたい. このミクロ理論研究に取り組む動機となったのは,日本の海外直接投 資,輸出の誘因を探る実証研究を行った小島 (1997) に遡る. 小島 (1997) で,日本の産業レベルの四半期データを用いて標本期間 1974:Q3–1994:Q3 について得られた多変量時系列分析結果は以下の三つ が主なものであった:(i) 為替レートが日本産業の直接投資と輸出の極め て強い動因となっている.(ii) 輸出と直接投資間の関係は,代替的よりむ しろ (長い期間にわたって) 補完的である (即ち「輸出投資総合型」の日本 産業像が明らかにされた)1 (iii) 内部化理論を基礎とする仮説 (その一つ この論文は日本オペレーションズリサーチ学会研究部会「システム最適化の理論と応 用」(九州大学経済学部,1999 年6月19日) で発表された.杉原敏夫氏 (長崎大学),岩本 誠一氏,時永祥三氏 (九州大学) の貴重なコメントに感謝します. 1 一般に,貿易活動と対外直接投資とは様々に関係 (代替,補完,又は独立関係) し合い つつ,時系列的に発展していく (田中 1995,pp.218–223 をみよ) .ここで「代替」とは新た 1
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日本企業海外進出の決定要因 - 西南学院大学kojima/hirao/going_abroad.pdf日本企業海外進出の決定要因∗ 内部化の費用便益分析 小 島 平 夫 1

Jul 24, 2020

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日本企業海外進出の決定要因∗

内部化の費用便益分析

小 島 平 夫 

1 はじめに

本稿では,日本企業の海外進出意志決定問題をミクロ経済理論的に考

察する.特に内部化理論の視座に依拠して次の三つの基本的問を追究し

たい:日本企業が海外進出としてそもそも輸出を始める誘因は何か;進出

形態として,輸出取引ではなく海外での直接生産販売を選択するのは何

故か;更には,輸出企業が海外子会社を設立することにより海外進出を深

化させる誘因は何か.これらの追究では,進出地域を対米地域と対欧アジ

ア地域に二分した上で,各地域で異なる貿易決済通貨選択のもとで分析

を行い,得られた結果について地域差の含意を探りたい.

このミクロ理論研究に取り組む動機となったのは,日本の海外直接投

資,輸出の誘因を探る実証研究を行った小島 (1997)に遡る.小島 (1997)で,日本の産業レベルの四半期データを用いて標本期間

1974:Q3–1994:Q3について得られた多変量時系列分析結果は以下の三つが主なものであった:(i) 為替レートが日本産業の直接投資と輸出の極めて強い動因となっている.(ii) 輸出と直接投資間の関係は,代替的よりむしろ (長い期間にわたって)補完的である (即ち「輸出投資総合型」の日本産業像が明らかにされた).1 (iii) 内部化理論を基礎とする仮説 (その一つ

∗この論文は日本オペレーションズリサーチ学会研究部会「システム最適化の理論と応用」(九州大学経済学部,1999年6月19日) で発表された.杉原敏夫氏 (長崎大学),岩本誠一氏,時永祥三氏 (九州大学) の貴重なコメントに感謝します.

1一般に,貿易活動と対外直接投資とは様々に関係 (代替,補完,又は独立関係) し合いつつ,時系列的に発展していく (田中 1995,pp.218–223をみよ).ここで「代替」とは新た

1

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2 小島平夫 海外進出の決定要因

「経営資源の優位性として,自己資本の豊かさ,設備の充実は,自国産業

の輸出・海外直接投資の拡大要因である」)のテスト結果では数々の疑問点,問題点が提起された.

(i)と (ii)はある程度の明確さをもって得られた結果であり,これは,貿易理論,直接投資・多国籍企業理論における配置/立地理論の研究成果に充分な蓄積,深化がみられることとも符合している.他方,疑問,問題が

残った (iii)は,内部化理論自体が (配置理論とは対照的に)直接投資・多国籍企業理論固有に近く,学界で広く受け容れられ得る定着した理論的研

究成果を生み出すまでには至っていないこととも符合していよう.

やはり,(i ii)のように内部化理論に絞った研究は,その蓄積と深化が依然として要求されているのであり,本稿でもその蓄積に貢献すべく,この

理論に依拠して海外進出の決定要因をミクロ理論的に探ろうとするので

ある.

本稿では,海外進出方法の意志決定問題をいくつかのケースに分けて

考察したい.国内のみで生産販売を行う企業が初めて海外市場へ進出す

るに際して,

ケース 1:輸出のみを考えている.ケース 2:海外生産子会社の設立のみを考えている.

又,ケース 1で既に輸出を選択した企業 (輸出企業)があって,ケース 3:(輸出に加えて)海外生産子会社の設立を考えている.

特に,ケース 2, 3では, Dunning(1979)の「所有,立地,内部化の優位性」仮説 (これ直接投資の形態をとった海外進出の必要十分条件)に依拠した海外進出意志決定理論を提示することになる;更に,これらのケー

スについては,内部化の費用便益分析視角とも呼べるものを適用するこ

とになり,これは本稿で採用する独自の分析視角となっている.

更に考察すべきケースとして,ケース 1と 2の混合型「輸出か海外生産

に直接投資が行われるとき輸出活動が低下すること (輸出と直接投資とは逆方向に変動),「補完」とは輸出活動も同時に活発に行われること (輸出と直接投資とは同方向に変動),「独立」とは両者間に関係が認められないこと (輸出と直接投資間に因果関係なし),を表す (田中,p.218) .特に日本企業については,例えば貿易相手国の輸入制限的な動き (高関税率など),自国

政府による輸出自主規制の実施などに因り,輸出と直接投資間に「代替」関係が結果するとも考えられる.しかし,実際は小島 (1997) で補完関係の方が検出されている.

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小島平夫 海外進出の決定要因 3

子会社の設立かの二者択一,ないしは両方選択」する企業も想定できる.

これらはしかし本稿では敢えて取り上げない;現実の日本企業の海外進出

選択行動には次に述べるような経時的変化がみられるからである.

日本製造業企業の場合,経時的にみると,初期においてケース 1の意志決定問題があって,そこで輸出を選択した企業がその後にしばらくして

ケース 3の意志決定状況に入っていく,というダイナミックプロセスが当てはまると考えられる.これは次のような観察事実を背景としている:2

1970年代末迄は日本企業は輸出に重点を置いており,多国籍化を計ろうとした企業は主に海外販売子会社の設立を試み,この海外進出は日本から

の輸出を支援することを主旨としていた;しかし,1980年代にはいってから,国際競争が激化する中で海外消費者ニーズの変化に適切に対応する

には自国内生産のみでは無理があり,更には貿易摩擦,円高などが相まっ

て,輸出を代替または補完する形の海外生産子会社の設立が始まった.

つまり,ケース1から 3への経時的ダイナミクス側面をもつ日本企業の海外進出モデルは動態的であるべきであろう.しかし単純化のために,

本稿ではケース1と 3を全く切り離して取り上げ,ケース毎に静態的モデリングを試みる.この静態的アプローチによっても,ケース1, 2, 3間の海外進出決定理論に興味深い相違点を見い出すことができ,それらに対

する解釈は本稿の成果を成している.

以下は次のような構成となっている.第 2節は海外進出意思決定のモデリングにおける基本仮定を示し,第 3節では国内生産販売のみの企業による進出 (ケース1,2),第 4節は輸出企業の多国籍化 (ケース 3)を考察する.結びは第5節で示す.

2 海外進出意思決定のモデリング

2.1 基本仮定

いま海外進出を考えている企業の自国 (日本)を H,進出先外国を F

と表す.海外進出として子会社設立 (ケース 2, 3)の場合,(日本国 H の)2長谷川 (1998, p.26) をみよ.又,下掲の表1「対外直接投資」全世界データに見られ

る経時変化に留意したい.

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4 小島平夫 海外進出の決定要因

親企業と (外国 F の)在外子会社から成る多国籍企業は連結決算ベースの経営「連結経営」を行うとする.

1期間のみの計画期間をもつ企業は,その期首において,当該期間の

生産量 QH と輸出量 QX (Qp = QH + QX) を決定しようとしているが,3

この意思決定は期末の直物為替レートが不確実な状態下で行われる.こ

の為替レート不確実性に対処するための先物カバリングは行われないと

する.4 又,企業は危険嫌悪型の行動をとり,期首において自国 H 通貨で

表示された期末の利益の期待効用を最大化すると仮定する.

輸出取引の決済通貨については次のような地域差を仮定する:5 対米地

域輸出売上は,日本企業はいずれの製造業種目 (食料品,繊維,化学,非鉄金属,金属,機械器具)についても,(米国) F の通貨で請求し受け取る

が,対欧アジア地域輸出売上は特に機械器具種目製造の企業を対象にし

て,(日本国) H の通貨で請求し受け取るとする.

海外進出として子会社設立 (ケース 2, 3)の場合,本来,親企業が在外子会社経営を行う形態は両者間の関係によって様々に異なる.即ち,子会

社が,親企業が買収した既存の外国企業なのか,又は全く新規に設立され

たものなのか (この場合,親企業の 100%出資の完全支配なのか,それとも現地企業も出資した合弁企業の形態なのか),によって親企業による在外子会社経営は異なった様相をみせる.そしてこの点は経営資源の効率的

移転・運用という経営戦略の観点から重要な含意をもつことは明らかであ

ろう.6 例えば技術移転について若杉 (1996,pp.110-112)のモデルでは,親

3本稿ではいわゆる企業内貿易 (“intra-firm trade”;例えば親企業から在外子会社への)は扱わない.一般に,日本の多国籍企業で一般機械・電気機器・輸送用機器の産業については,企業内貿易が国際貿易に占める比重は約 20∼40%と高い,という研究報告がみられる.又,米国およびスウェーデンの多国籍企業については,企業内貿易は R&D 集約的な企業においてより重要と実証報告されている.(但し,企業内貿易に関する統計的研究はデータの未整備に因りその蓄積が未だ十分ではないことに留意したい.)  山脇 (1995, pp.253–254)をみよ.

4先物カバリングは小島 (1995) で考察している.5この仮定は,Kawai(1994, Tables 7 and 8 ,pp.38-39) の 1987-1994 年データに依拠

している.Kawai(Figure 1) では,1987-1991 年平均を用いて,輸出種目による通貨建ての違いも明らかにされている:対米地域輸出の場合,米ドルはすべての製造業種目 (食料品,繊維,化学,非鉄金属,金属,機械器具) で 70%を越えるシェアである.他方,対欧地域の場合,円が食料品と非鉄金属が 60%近くから 70%(他の種目も 40%近くを越える),対アジア地域の場合,円が機械器具で 60%近くを占める (他の種目 40%を下回っているが).

6田中 (1995, pp.42-47) をみよ.

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小島平夫 海外進出の決定要因 5

企業は海外子会社の収益を出資比率に比例した配分だけ受け取ると仮定

した上で,親企業の出資比率の高まりは経営資源の移転量 (移転努力)を高める,という結果が得られている.

本論文では,100%出資の完全支配,従って親企業は海外子会社の収益すべてを配分される,という仮定のもとで考察を進める.

直物為替レートの確率分布そして期末の財価格は所与と仮定する.特

に,F 通貨の価値を H の通貨で表示した直物為替レート e は期待値 µe,

標準偏差 σe の正規分布に従っている.

期末の変数において,為替レートのみが唯一の確率変数であり,財価格

と生産量・輸出量は非確率的と仮定する.即ち,企業にとって,自国 H

と外国 F における期末の需要曲線の位置は確定しているとする;特に,

これら需要曲線のいずれも為替レートの不確実性には影響されない.

一般均衡の枠組みでは為替レートと価格・生産量・貿易量は本来内生的

に決定される.本論文ではしかし,為替レートを外生変数と扱いつつそれ

が企業の生産・貿易量に影響を及ぼす状況を分析する,という部分均衡モ

デルの接近を採る.

以上の基本的仮定に加えて更に詳細なモデリング仮定が必要である.そ

れらは次節以降で順次に提示する.7

2.2 国内のみで生産販売を行う企業

いま,日本国内のみで生産販売を行う企業を p と記して,この企業に

ついて,期末の財販売からの H 通貨表示 (税引き前)利益は

πHp = P HQp − TCH

p . (1)

ここで PH は自国通貨表示の国内価格;TCH は自国通貨表示の生産費用

である.後者の費用について特に次の仮定を設ける:期末に生産する際

に,親企業は国内で調達可能な生産要素のみを採用している.

さて,期末時点の費用関数は生産関数の特定化に依存することになるが,

その特定化として一般化コブ―ダグラス型 (a generalized Cobb-Douglass

7特に,次の 2.2 節では小島 (1995) のミクロ解析と同様な仮定を設ける.

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6 小島平夫 海外進出の決定要因

type)を取り上げる:Qp = θpx

ωp

1p x1/2−ωp

2p . (2)

ここで 0 < ωp < 12;二つの (国内の)生産要素投入量は x1p と x2p で,そ

れらが全生産物 (the total product)に占める相対的比重 (the distributionparameters)はそれぞれ ωp,1 − ωp (0 < ωp < 1)である.又,θp は効率パラメータ (an efficiency parameter即ち an indicator of

the state of technology)で企業 p の生産技術革新度の指標を表し,以下

では特に情報的経営資源の優位性に焦点を当てたい.即ち,より大きい

θp は,より改良された生産技術,経営管理技術に加えて,より優れた経

営管理技術,組織風土,研究開発能力,資金力,マーケティングノウハウ

等といった情報的経営資源の優位性が背景にあることを意味する.

上の生産関数は 2次の総費用関数を結果する:

TCHp = cH

p Q2p. (3)

ここで,r1p と r2p を競争市場で決まる固定された要素価格として,

cHp =

12

[rωp

1p r1/2−ωp

2p

θpωωpp (1/2 − ωp)1/2−ωp

]2

. (4)

式 (4)で明らかなように,cp は効率パラメータ (情報的経営資源の優位性) θp と逆相関しており,従って生産の効率性の高まりは cp の減少を意

味することになる.

為替レートの確率分布および期末の財価格は所与のもとで,企業 p は,

次のように定式化された期末の期待効用を期首時点で最大化することに

よって,数量 (生産量,輸出量など)を決定すると仮定する:

ce ≡ E[U(πHglobal)] = µπ − a

2σ2

π . (5)

ここで,a は次の脚注で触れているプラット-アロー型絶対的リスク尺度(以下では単に危険嫌悪パラメータと呼ぶ);

µπ ≡ E[πHglobal]

σ2π ≡ Var[πH

global].

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小島平夫 海外進出の決定要因 7

そこで,国内のみで生産販売を行う企業 p は不確実性には直面してい

ないので,式 (1)を用いて µπ = πHp であり,その確実性等価式 (5)は,

単に

ce = πHp . (6)

更に,

ce[0] ≡ maxQp

ce (7)

として,最適生産量は

Q[0]p =

P H

2cHp

. (8)

式 (7)に代入して

ce[0] =(PH)2

4cHp

(9)

=12PHQ[0]

p . (10)

国内のみで生産販売を行う企業の ce[0] は,以下のケース1, 2の海外進出決定基準においてそれぞれ ce[1] , ce[2] と大小比較されることから,ベンチ

マークの役割を果たすことになる.

3 海外進出決定理論:国内生産販売のみの企業に

よる進出 (ケース1,2)

本節では,国内生産販売のみの企業による海外進出としてケース1 (輸出による海外進出),ケース 2 (子会社設立による海外進出)を取り上げ,各ケースについて,まず,企業は期待効用 (確実性等価)を最大化するような国内生産量,輸出量,海外生産量を求める.次に,どの進出方法を採る

べきか,確実性等価の最大値間の大小比較で (即ち,進出したときの ce[i]

から進出しないときのベンチマーク ce[0] を差し引いて)決め,選択された i 又は 0 のもとで企業は国内生産,輸出,海外生産を行う (i = 1, 2).

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8 小島平夫 海外進出の決定要因

3.1 ケース 1:輸出による海外進出

輸出の形態は,輸出活動の規模がある程度までは商社などの貿易業者を

仲介とした間接輸出となろう;輸出量が相当規模に達すると直接輸出の形

態に移行し,自社内で輸出活動を直接担当する例えば輸出部という部署

を設置するとか,規模の経済性のもとで海外市場で販売子会社などを設

立することになろう.8 ここでは,直接輸出の第 1の形態 (輸出部の設置)をとるものと仮定し,他の貿易形態は本稿では取り上げない (特に,海外市場での子会社設立は,ケース2, 3において販売子会社ではなく生産子会社に限定する);又,企業内貿易,先物為替予約取引は行われないと仮定する.9

第 2節で既述のように,決済通貨の観点から輸出取引については次のような地域差を仮定する:対米地域輸出売上は,日本企業はいずれの製造業

種目 (食料品,繊維,化学,非鉄金属,金属,機械器具)についても,(米国) F の通貨で請求し受け取るが,対欧アジア地域輸出売上は特に機械器

具種目製造の企業を対象にして,(日本国) H の通貨で請求し受け取る.

3.1.1 対米地域輸出

(上述のように)この地域については,分析対象となる日本企業はいずれの製造業種目 (食料品,繊維,化学,非鉄金属,金属,機械器具)に属している.

a. 確実性等価の最大化 まず,国内のみで生産販売を行う企業 p が輸出

を始めるときの確実性等価 ce の最大値を求める.輸出を行う時 (輸出企業として)の自国 H 通貨表示 (税引き前)利益は

πHp = P HQH + ePXF QX − TCH

p − XCHp . (11)

8田中 (1995,pp.20-22) をみよ.9これらの考察は小島 (1995) をみよ.

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小島平夫 海外進出の決定要因 9

ここで,Qp = QH + QX;総費用 TCHp は式 (3).又,XCH

p は自国通貨

表示の貿易 (輸出)費用で次の線形仮定を設ける:

XCHp = cH

XQX. (12)

輸出費用としては輸送費用などが考えられるが,輸出部で利用可能な情

報的経営資源に他企業との優位性が認められれば,輸出活動の効率性が

増すことにより限界貿易費用 cHX の減少,従って輸出費用の逓減が期待さ

れる.

しかし,自社の輸出部で貿易業務を行っている製造企業について,輸出

効率性は本質的に生産効率性 (生産技術革新度,情報的経営資源の優位性)に依存している,と考えてもよいであろう:即ち,生産効率性が優位にあ

る企業は,輸出部で利用可能な情報的経営資源にも優位性が認められる傾

向にあり,従って (輸送費用などの点で)輸出活動の効率性が高い (他方,生産効率性が劣位の企業は輸出活動の効率性も低いであろう),と仮定してよいであろう.かくして限界貿易費用も生産効率性の関数,cH

X(θp),であり,

cH′X < 0 (13)

と仮定しよう.

更に,輸出企業の観点から,対米地域輸出費用 XCHp (特に限界輸出費

用 cHX) には,輸出品に貿易相手国で課される関税,自国政府による (輸出

自主規制の実施などの)非関税障壁,等も反映されよう:これらの障壁が高い程輸出費用も上昇する.

但し,立地要因「貿易の関税・非関税障壁」は企業の輸出行動にも影響

を与えるという意味で,国内生産販売のみの企業が輸出の選択問題に直

面している場合でも,取り上げるべきかも知れない.しかし,日本企業の

場合,この種の立地要因は直接投資促進要因 (特に,米国での子会社設立の促進要因となっているであろう)との捉え方が興味深く,本稿では,「国内生産販売のみの企業」の意志決定ではなく,むしろ対米地域「輸出企

業」による現地で子会社設立すべきかの意志決定の方に深く関わっている

と考える.従って,関税・非関税障壁の輸出費用への影響はケース 3 (輸出企業による多国籍化)で考慮することにする. 

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10 小島平夫 海外進出の決定要因

輸出企業の確実性等価 ce の式 (5)において

µπ = PHQH − TCHp − XCH

p + µePXF QX (14)

σ2π = (PXF QX)2σ2

e . (15)

そこで,

ce[1] ≡ maxQH ,QX

ce (16)

として,最適生産量は

Q[1]p = Q[1]

H + Q[1]X =

P H

2cHp

(17)

Q[1]H =

PH

2cHp

− Q[1]X (18)

Q[1]X =

Z

a(σePXF )2. (19)

ここで,危険嫌悪パラメータの逆数 1/a が通貨単位をもち,それは自国

H 通貨 (日本円)としよう;10 Z = µePXF −P H −cHX として,Z > 0は輸

出を意味する.11 期待為替レートを所与として,企業生産技術革新度,情

報的経営資源の優位性が増すことは,式 (13)により,より大きい Z > 0(輸出活動がより活発)なる方向へ作用する (これは直感と整合する).式 (18),(19)より,

PH

2cHp

=Z

a(σePXF )2(20)

のとき,国内生産は全て輸出に向けられることになる.

後節でみるように,期待為替レート µe は輸出を行うべきかの意志決定

基準において重要なパラメータであり,又,一旦輸出の決定がなされて輸

出量 (19)でも重要なパラメータとなっている.12

10こうすることにより式 (19)右辺が通貨単位ではなくなる.11Z < 0 は輸入を意味し,この場合は本稿では取り上げない.Z = 0 のとき貿易は行われない.これらの点は第3節で再述する.

12但し,ケース 2,3 では µe の役割が少し異なってくる:これらのケースにおいては,µe は意志決定基準そして輸出量で重要なパラメータであり続けるものの,海外生産量ではその影響はあらわれない.

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小島平夫 海外進出の決定要因 11

式 (17)-(19)を式 (16)に代入して

ce[1] =(P H)2

4cHp

+12a

(Z

σePXF

)2

(21)

=12

(P HQ

[1]H + µePXF Q

[1]X − cH

XQ[1]X

). (22)

この (21)は後のケース3ではベンチマークとなる.さて,次の「対欧アジア地域輸出」については,最適解を求める際の

線形従属を避けるためのテクニカルな理由から,貿易費用 XCHp には「2

次」仮定を設けることになる.もしここの「対米地域輸出」でも「2次」仮定を設けるとすると,

Q[1]X =

µePXF − PH

cHX + a(σePXF )2

(23)

となり,(19)で分子にあった cHX が分母に含まれることになる (cH

X が分

母に含まれる点は次の「対欧アジア地域輸出」でも同様である).従って,(21)は次のようになる:

ce[1] =(PH)2

4cHp

+12a

(µePXF − PH

cHX + σePXF

)2

. (24)

結局,貿易費用 XCHp の線形性 [非線形性]は,cH

X が海外進出意志決定の

影響因となる [ならない],という違いをもたらすことが予想される (これは後で容易に確認できる).しかし,貿易費用が海外進出意志決定の影響因となる線形費用モデル

の方がより現実的と思われることから,対米地域進出について 2次費用モデルを考察することはしない.2次貿易費用の採用は「対欧アジア地域進出」に限って,最適解を求める際の線形従属を避けるためのテクニカル

ティとしたい.

b. 輸出意志決定基準 輸出の意志決定基準は,輸出を行うときの確実性

等価最大値 (21)から行わないときのベンチマーク (9)を差し引いた次の形をとる:

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12 小島平夫 海外進出の決定要因

ce[1] − ce[0] =12a

(Z

σePXF

)2{

(i) >

(i i) =

}0

if µePXF

{(i-a) >, (i-b) <

=

}P H + cH

X(θp). (25)

期待為替レート,価格要因,生産効率性がこの意志決定基準の構成要素と

なっている (構成要素については,後のケースとは違いがあることに留意したい).

(i-a)は,自国通貨建て輸出価格が国内価格と限界貿易費用の和を上回るという意味で一物一価の法則が不成立の場合であり,このとき明らか

に (i)「輸出を始める」決定をする.その輸出量は確かに式 (19)によりQ

[1]X > 0 となる.13

他方,(ii)の場合は,(輸出価格が国内価格と限界貿易費用の和に等しいという意味で)一物一価の法則が成り立つ状況に他ならず,意志決定基準 (25)に従えば企業が「輸出を始める/始めない」いずれを選択するか一意に決まらない.この状況下ではしかし,式 (19)により Q[1]

X = 0 と設定され,結局貿易 (輸出)は行わないことになる.即ち,(上の意味で)一物一価の法則が成り立つ状況下では貿易を始める誘因はない.

c. 意志決定基準の適用:円安時期 (固定レート時期および 1970年から1980年代前半迄)の日本企業海外進出 この時期,「期待レートが自国通

貨安」そして「高い生産効率性」の日本企業の場合,意志決定基準 (25)において,輸出選択 (i-a),従って意志決定 (i)が当てはまるであろう.このように輸出を選択した日本企業 (輸出企業)は,暫くして後に (例え

ば,円高時期—1980年代後半以降になって)海外生産子会社設立の意志決定問題に直面することになろう.これは後節のケース3で「輸出企業の

多国籍化」問題として取り上げることになる.

13(i-b) のときは (これも一物一価の法則が不成立の場合),(i)「貿易を始める」意志決定が下されるが,これは式 (19)により輸入を意味している.このケースは本稿では取り上げない.

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小島平夫 海外進出の決定要因 13

3.1.2 対欧アジア地域輸出

この地域については (先述のように決済通貨の観点から),特に機械器具種目製造の日本企業を対象とする.

a. 確実性等価の最大化 日本企業の輸出取引決済通貨が自国通貨である

ことから,

ce = πHp = PHQH + PXHQX − TCH

p −XCHp . (26)

ここでは (対米国地域輸出の場合とは異なり), XCHp には次の「2次」仮

定を設ける:

XCHp = cH

XQ2X . (27)

これは必要条件から最適解を求める際の線形従属を避けるためである (前節「対米地域輸出」で既述).最適生産量は

Q[1]p = Q

[1]H + Q

[1]X =

P H

2cHp

(28)

Q[1]H =

PH

2cHp

− Q[1]X (29)

Q[1]X =

PXH − PH

2cHX

. (30)

従って,

ce[1] =(PH)2

4cHp

+(PXH − P H)2

4cHX

. (31)

これと (24)との類似点に留意したい:先述したように,貿易費用 XCHp

の非線形仮定に因り,cHX が分母にきている.

b. 輸出意志決定基準 輸出の意志決定基準は,輸出を行うときの確実性

等価最大値 (31)から行わないときのベンチマーク (9)を差し引いた次の形をとる:

ce[1] − ce[0] =(PXH − P H)2

4cHX

{(i) >

(i i) =

}0

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14 小島平夫 海外進出の決定要因

if PXH

{(i-a) >, (i-b) <

=

}PH . (32)

即ち,自国通貨て輸出価格が国内価格より大きい程,輸出選択 (i-a)の可能性が高くなる.(期待為替レートが関わってこない点は自明であろう.)輸出売上は自国通貨で請求し受け取ると仮定した対欧アジア地域輸出

の場合,(輸出売上を外国通貨で請求し受け取るとした対米地域とは異なり)その輸出費用が意志決定には関わってこない.但し,先の「対米地域輸出」で指摘したように,貿易費用 XCH

p の線形

性 [非線形性]は,cHX が海外進出意志決定の影響因となる [ならない],と

いう違いをもたらしている.本来,貿易費用が海外進出意志決定の影響因

となる線形費用モデルの方がより現実的と思われるが,ここで 2次貿易費用を採用したのは「対欧アジア地域進出」に限って,最適解を求める際

の線形従属を避けるためのテクニカルティに因るものであった.

3.2 ケース 2:完全所有海外生産子会社の設立による海外進

出 (多国籍化)

ケース 2では,貿易活動を行わない (従って貿易決済通貨の選択が無視できる)日本企業の多国籍化を扱うので,対米地域,対欧アジア地域いずれの進出についても共通な意志決定基準が導かれる.

但し,最終的に導かれる,各地域に共通な意志決定基準を各地域への進

出に適用するに際しては,地域の定性的差異 (特に経営資源の優位性について)が反映された形をとることになる.

3.2.1 2段階意志決定

海外生産子会社の設立については,次のような「経営資源の海外移転量

を決める」ステップから始まる 2段階意志決定< 1>,< 2>を仮定する:< 1>経営資源の海外移転量を決定;< 2a>移転された経営資源を合わせて活用したときの目的関数 (期待効用)を最大化する;< 2b>二つの期待効用 (確実性等価)最大値の比較に基づいて,海外生産子会社新規

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小島平夫 海外進出の決定要因 15

設立の意志決定を行う.

a. 確実性等価最大化

 < 1> まず,経営資源の海外移転量を決める 経営資源の海外移転は

自国企業 pから海外生産子会社 s への移転のみで,海外生産子会社 s か

ら自国企業 p への経営資源の「逆」移転はない,と仮定する:即ち両企

業は経営資源の相互補完関係にはない.

p から s への移転前 [後]の (情報的)経営資源は,それぞれ生産効率θp, θs [θ∗p , θ∗s ] に反映されているとする.但し,移転前後で θp に変化は見

られない (s から p への逆移転はないから):

θ∗p = θp. (33)

他方,移転後,海外子会社の生産効率は増すとする:

θ∗s > θs. (34)

但し,企業 p の情報的経営資源の海外移転量 Mp は意志決定変数とは

扱ず,移転前の相対効率性 θp/θs によって次のように定まるものとする.

Mp は,企業 pとその子会社の,移転前の相対効率性の関数,Mp(θp/θs),と仮定し,

M ′p > 0 (35)

とする.即ち,企業 p による経営資源移転が行われる以前において,子

会社 s の生産効率が p のそれに対して劣っている程,p から s への経営

資源移転量は大きい,と仮定する.

又,経営資源の海外移転に際し,企業 pは自国通貨建て移転費用 (即ち,内部化費用) ICH

p を被り,それは経営資源移転量の関数,ICHp [Mp(θp/θs)],

とし,移転量増大は内部化費用の増加を伴うと仮定する:14

ICH′p > 0. (36)

14これは洞口 (1992, p.47) の発想に従った仮定である.

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16 小島平夫 海外進出の決定要因

 < 2a> 次に,移転後の経営資源のもとで,海外生産子会社設立のと

きの確実性等価を最大化する 企業 p の自国 H 通貨表示 (税引き前)利益は式 (1)において

πHp = PHQp − TCH

p − ICHp [Mp(θp/θs)]. (37)

海外生産子会社 s の外国 F 通貨表示 (税引き前)利益は

πFs = P F Qs − TCF

s . (38)

ここで海外生産子会社 s の総費用 TCFs は企業 p のそれ,式 (2)-(4),と

同様である.但し,下添字を s ,上添字 H を F と変え,特に,(34)で仮定した経営資源移転後の生産効率性 θ∗s が用いられる:

cFs = cF

s (θ∗s ). (39)

ここで,子会社に適用した (4)と仮定 (34)により15

cFs (θ∗s) < cF

s (θs). (40)

海外生産子会社 s を設立するとした時,企業 p と海外生産子会社 s を

総体として多国籍企業と呼ぶ.本論文では,企業 p の海外生産子会社 s

への出資比率は 100%とし,従って親企業は海外子会社の収益すべてを配分されると仮定しているので,多国籍企業のグローバル利潤は,企業 p

にとって自国 H の通貨表示では,式 (37)と (38)により次式のように与えられる:

πHglobal = πH

p + eπFs

= P HQp − TCHp − ICH

p [Mp(θp/θs)] + e(P F Qs − TCFs ). (41)

従って多国企業の確実性等価 ce の式 (5)において

µπ = PHQp − TCHp − ICH

p [Mp(θp/θs)] + µe(P F Qs − TCFs ) (42)

σ2π = (P F Qs − TCF

s )2σ2e . (43)

15技術移転について,若杉 (1996,p.111) も次の (40)と同様な仮定をたてている.

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小島平夫 海外進出の決定要因 17

ここでの注意点は,為替レートが円安である程,期待グローバル利益は

大きくなるので,(円高でなく)円安が海外子会社設立の促進要因となり得ることである.これは,果たして,国内生産販売のみの企業を対象にし

たときに固有の結果なのであろうか.実は必ずしもそうではないことが,

後のケース3 (輸出企業の多国籍化)の「対欧アジア進出」で明かとなる.さて,

ce[2] ≡ maxQp,Qs

ce (44)

として,最適生産量は

Q[2]p =

P H

2cHp

. (45)

Q[2]s =

P F

2cFs

. (46)

ここで,Q[2]s の一意の解を得るために,Qs について 2次方程式の判別式

がゼロ値をとると仮定している:

(PF )2 − 4cFs

µe

aσ2e

= 0;

即ち,海外生産子会社 s の売上式 TRF [2]s = P F Q

[2]s の右辺に式 (46)を代

入して12TRF [2]

s =µe

aσ2e

(47)

とする.16 こうすることにより,海外売上 TRF [2]s が内部化便益として海

外進出意志決定基準で陽表的になり,結局,この基準は「内部化の費用

便益比較」の形をとることになるのである (次のパラグラフ「意志決定基準」をみよ).式 (45),(46)は,すべての生産が海外移転することはないことを含意する点も留意しておきたい.これらを式 (44)に代入して

ce[2] =(P H)2

4cHp

− ICHp [Mp(θp/θs)] +

14µeTRF [2]

s (48)

=12PHQ[2]

p − ICHp [Mp(θp/θs)] +

14µeTRF [2]

s . (49)

16因に,TRF [2]s = 2TC

F [2]s .

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18 小島平夫 海外進出の決定要因

b.意志決定基準 最後に,海外進出のための意志決定基準を示す.

 < 2b>最後に,意志決定基準に従った海外進出を行う 多国籍化の意

志決定基準は,海外子会社を設立するときの確実性等価最大値 (48) から設立しないときのベンチマーク (9)を差し引いた次の形をとる:

ce[2] − ce[0]

(i) >

(i i) =(iii) <

0 if ICH

p [Mp(θp/θs)]

<

=>

14µeTRF [2]

s . (50)

ケース 1との比較で,海外子会社設立の意志決定基準 (50)のキーポイントは, それが「内部化費用便益比較」の形をとっている点であり,こ

れは本稿独自の分析視角を成すものである:内部化費用は p から s への

経営資源海外移転の費用であり,内部化便益は海外子会社 s の海外売上

となっている.この意志決定基準は,内部化費用,期待為替レート,内部

化便益が基本構成要素となっており,更に,これらの要素への影響因とし

て生産効率性,経営資源移転量がある.17

但し,一旦海外子会社設立の決定がなされると,式 (46)により期待為替レート µe はその海外生産量 Q[2]

s に影響することはないことに留意し

たい.

又,意志決定基準 (50)は対米地域,対欧アジア地域進出いずれにも共通なものとなっているが,各地域への進出に適用するに際しては,地域の

定性的差異が反映された形をとることになろう.

3.2.2 意志決定基準の適用:対米地域と対アジア地域進出間の定性的

差異

ここでは,円安時期 (1970年から 1980年代前半迄)における日本企業海外進出について,先の 2段階意志決定< 1>,< 2>を例示する.その際,内外企業の相対的生産効率をも変動要因として扱うことから,各地域

17これは後のケース 3 (輸出企業による海外進出決定問題) とも共通な特徴であるが,期待為替レートが陽表的に関わっている点はケース3には見られない.意志決定基準 (50)で「1/4」の解釈は,(µeTR

F [2]s より) 相当小さいこと,とする.

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小島平夫 海外進出の決定要因 19

に共通な意志決定基準 (50)を米国,アジア各地域への進出に適用するに際しては,特に経営資源の優位性について地域の定性的差異が反映され

ることになる.これは以下の項目 b, cで例示する.本節ケース1の「対米地域輸出」で述べたように,国内のみで生産販売

を行っている企業を想定しているここでは,立地要因として期待為替レー

トのみを取り上げ,他の立地要因「貿易の関税・非関税障壁」及び「投資

環境の好転」はケース 3で輸出企業の意志決定に適用する.

a. 事実認識 1970年から 1980年代前半迄においてアジア地域と北米地域への直接投資年平均 (ドルベース)は,他の地域とは対照的に顕著な増加をみせている:5年期間 (1970-74年,1975-79年,1980-84年,1985-90年,1991-94年)毎に,ほぼ 2倍かそれを超える増加である.又,両地域が占める割合はほぼ同じで安定していた:22%から 30%位迄の大きさである (下掲表 1をみよ).

表 1: 対外直接投資の地域別推移 (年平均)a

1970-74 1975-79 1980-84 1985-89 1990-94

百万ドル % 百万ドル % 百万ドル % 百万ドル % 百万ドル %

全世界 1,998 100.0 3,828 100.0 7,926 100.0 36,493 100.0 41,942 100.0

北米 458 22.9 1,038 27.1 2,456 31.0 17,505 48.0 18,739 44.7

ヨーロッパ 376 18.8 342 8.9 1,051 13.3 7,180 19.7 8,979 21.4

アジア 507 25.4 1,105 28.9 1,877 23.7 4,487 12.3 7,150 17.0

その他 657 32.9 1,343 35.1 2,542 32.1 7,321 20.1 7,073 16.9

a出所:長谷川 (1998, 表 1-3, p.13).

b. 対アジア進出 同円安時期に対アジア進出を考えている (国内のみで生産販売を行う)日本企業を二つ,労働集約的企業と資本・技術集約的企業とに分けて,各企業の進出決定は先の 2段階意志決定< 1>,< 2>に従えば次のような形をとると推論される.

労働集約的企業の場合:

< 1>  [i] 労働集約的な日本企業 p の生産効率は,(設立の可否決定

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20 小島平夫 海外進出の決定要因

の対象となっている)アジア地域の海外生産子会社 s のそれより若干高い

か同程度.

従って,

[ii] s では,経営資源は現地の安価な労働力が中心となるような労働集

約的生産活動を行うため,p から s への経営資源の海外移転を多く必要

とせず,経営資源の海外移転費用は低いであろう (式 (35), (36)の仮定により).< 2b>  [iii] 移転後の (情報的)経営資源を用い,加えてアジアでの

低い (外国通貨建て)生産要素価格 r1s と r2s (特に低賃金)により,海外生産量 Q

[2]s は大きいであろう (式 (34),(39),(46)そして海外子会社に

適用した (4)により).これは十分大きい海外売上 TRF [2]s を結果すること

になろう.18

[iv] アジア進出を考えている日本企業の期待為替レートは十分な自国通貨安を示している.

このとき,

[v] 海外移転費用 (内部化費用)は,十分大きい s の自国通貨建て海外売

上 (内部化便益)よりは相当程度小さくなるであろう.その結果,意志決定基準 (50)において (i)「アジア地域への海外進出」が選択されることになる.19

資本・技術集約的企業の場合:

< 1>  [i] 資本・技術集約的な日本企業 p の生産効率は,(設立の可否決定の対象となっている)アジア地域の海外生産子会社 s のそれに対し

て十分高い.

従って,

[ii] 資本・技術集約的事業を s でも展開しようとすれば, p から s への

経営資源の海外移転を多く必要とすることから経営資源の海外移転費用

は十分に高くなるであろう (式 (35) ,(36)の仮定により).そこで,その高い経営資源海外移転費用を低く抑えるためにも,多くの経営資源移転

を必要としない,現地の安価な労働力を中心とした労働集約的生産活動,

18実際に,アジア経済の急成長とともに市場の需要拡大がみられた.19この推論は輸出入行動を対象外とした分析結果ではあるが,(内外の生産,輸出入を行う企業を分析対象としている) 深尾ら (1994,p.268) と整合している.

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小島平夫 海外進出の決定要因 21

事業を展開する戦略を採用するであろう.

< 2b> 労働集約的企業の< 2b>に同じとなる.

労働集約的および資本・技術集約的な日本企業の対アジア進出決定要因

に共通なのは,「アジアでの低い生産要素価格」である.20 この共通要因が

要となって,労働集約的な日本企業はアジア子会社においても同様な労働

集約的事業を展開し,又,資本・技術集約的な企業も,アジアでも資本・

技術集約的生産活動を行うとすれば高くなってしまう経営資源海外移転

費用を低く抑えるためにも,多くの経営資源移転を必要としない労働集

約的生産活動に特化する事業戦略を採用することになろう.

c. 対米進出 同円安時期の北米進出決定については,資本・技術集約的

日本企業のみを想定しよう.

< 1>  [i ] (設立の可否決定の対象となっている)北米地域の海外生産子会社 s の生産効率は,日本企業 p のそれと同程度であろう.

[ii] p から s への経営資源の海外移転が少なくて済むことから経営資源

の海外移転費用は低いであろう (式 (35) ,(36)の仮定により).< 2b>  [iii] 海外生産量 Q

[2]s は多く,海外売上 TR

F [2]s も大きくなろ

う (式 (46)で小さい cFs により).

[iv] 北米進出を考えている日本企業の期待為替レートが自国通貨安を示している.

このとき,

[v] 海外移転費用 (内部化費用)は,s の 自国通貨建て海外売上 (内部化便益)より十分に小さくなり,その結果明らかに,意志決定基準 (50)において (i)「北米地域への海外進出」が選択される.

対北米地域進出の意志決定においては,そもそも内部化費用が十分に

低いことから,同地域での生産要素価格が低いとは言えないものの,内部

化便益が相対的に大きい点が特徴である.21

20浦田 (1996, pp.64-66) をみよ.21(内外の生産,輸出入を行う企業を分析対象としている) 深尾ら (1994,pp.267-268)は,対先進国進出ケースでは企業 p の情報的資源の蓄積量 (「技術知識ストック」) が臨界点を

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22 小島平夫 海外進出の決定要因

d. 留意点 以上,国内のみで生産販売を行っている日本企業を想定した

場合,その対アジア進出と対北米地域進出の意志決定において,円安で

も進出促進要因となり得る,ということが推論される.これは,そもそも

グローバル利益 (41),その期待値 (42)のところで触れた注意点に他ならない.

しかし,他方で,1980年代後半からの円高期においても海外進出が (特に対北米に向けて)活発であったことから,同期については円高が進出の促進要因となっているようにも見える.この事実は理論的にはどう説明で

されるか.

そこで,この円高期については,円安期のように国内のみで生産販売を

行っている企業を想定するのではなく,既述したように,輸出企業の海外

進出を分析対象とするのが適切と考えられる.次節では,輸出企業が従う

であろう海外進出意志決定基準を導出し,輸出企業の海外進出で為替レー

トの果たす役割に何か特徴点が見られるのか,等について考察したい.

4 海外進出決定理論:輸出企業の多国籍化 (ケー

ス3)

第 1節で指摘したように,日本製造業企業の場合,経時的にみると,まずケース 1の意志決定問題があって,そこで輸出を選択した企業 (輸出企業)がその後にしばらくしてからここのケース 3 (海外生産子会社設立—多国籍化—による海外進出の深化)の意志決定状況に入っていく,という動態的プロセスが当てはまると考えられる.22 本節では,ケース 3に焦点を絞って静態的考察を行う.

ここでもケース 2と同様に,2段階意志決定を仮定する.但し,ケース2と異なり輸出企業の意志決定問題を扱うことから,輸出取引決済通貨が対米地域,対欧アジア地域で異なることを考慮したモデリングとなる.23

越えたとき進出が選択される,と推論している.これは,本稿の文脈では,< 1>の [i], [ii]を満たす企業を指していると解釈される. 

22例えば,深尾ら (1994) は,内外の生産,輸出入を同時に行う企業を分析対象としている.

23これはしかしケース1とは同様の点である.

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小島平夫 海外進出の決定要因 23

4.1 対米地域進出

a. 確実性等価最大化 いまケース 1で輸出を選択した輸出企業 p を考

えると,式 (11)がその自国 H 通貨表示 (税引き前)利益を与える.海外生産子会社を設立して多国籍企業となった場合,その子会社の外国 F 通

貨表示 (税引き前)利益は式 (38)である.情報的経営資源の海外移転費用(内部化費用)も加味して,多国籍企業の確実性等価式 (5)において

µπ = PHQH − TCHp − XCH

p − ICHp [Mp(θp/θs)]

+ µe(PXF QX + P F Qs − TCFs ) (51)

σ2π = (PXF QX + PF Qs − TCF

s )2σ2e . (52)

ここで,輸出企業の観点から,式 (12)で与えた米国地域への線形輸出費用 XCH

p (特に限界輸出費用 cHX) には,輸出品に貿易相手国で課される関

税,自国政府による (輸出自主規制の実施などの)非関税障壁,等の直接投資促進の立地要因も反映されると考える;これらの障壁が高い程輸出費

用も上昇する,とする. 

ここでは,

ce[3] ≡ maxQH ,QX ,Qs

ce (53)

として,求められる最適生産量は

Q[3]p = Q[3]

H + Q[3]X =

PH

2cHp

(54)

Q[3]X =

Z

a(σePXF )2− PF

2PXFQ[3]

s (55)

=1

PXF

(µe − φ

aσ2e

− P F

2Q[3]

s

)(56)

Q[3]s =

P F

2cFs

. (57)

ここで,価格比 φ = (P H + cHX)/PXF は,後の海外進出意志決定基準で

「通貨交換比率」としての役割を果たす;又, Q[3]s を求める際に,最大化

必要条件から導かれる式

a(PXF QX + PF Qs − TCFs )σ2

e =Z

PXF

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24 小島平夫 海外進出の決定要因

を用いている.

さて,輸出量 Q[3]X > 0 の必要十分条件は式 (56), (57)により

µe > φ +a(σeP

F )2

4cFs

.

即ち,ケース 1に比べてここのケース 3では,輸出のためには更なる円安が条件となっている;因にケース 1では,µe > φ が輸出量 (19)について Q

[1]X > 0 であるための必要十分条件であった.24

更に,式 (56)より,µe − φ

aσ2e

=P F

2Q[3]

s (58)

のとき,輸出は行われなくなり,これはケース 2に他ならない;式 (54)より,

Q[3]X =

PH

2cHp

(59)

であれば,国内生産は全て輸出に向けられることになる.但し,式 (54)により,国内生産が全て海外移転されることはない.

ところで,式 (55)又は (56)により,ここの最適輸出量は最適海外生産量とある程度の代替関係にある形となっている.25 この代替関係は対米地

域進出に固有なものとなっている点に留意したい (対欧アジア地域進出については異なる関係が次節では導かれる);この代替関係の妥当性は後の「意志決定基準」のところで示す.

さて,式 (54)-(57)を式 (53)に代入して

ce[3] =(PH)2

4cHp

+12a

(Z

σePXF

)2

− ICHp [Mp(θp/θs)]

+12

PH + cHX

PXFTRF [3]

s (60)

24式 (55) の第 1 項はケース 1 の最適輸出量 Q[1]X に等しい (式 (19) をみよ).ここでも

ケース1と同様に輸入は取り上げない. 25外国価格 PF の上昇,下落はそれぞれ海外生産量を増加,減少させると同時に,輸出量の減少,増加を導くことになる:ケース 3では,海外生産量と輸出量が連関しており,この連関は外国価格 (更には, 海外生産関数の cF

s ) を通して決まる.代替 (そして補完) の定義は第 1 節の脚注で与えている. 

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小島平夫 海外進出の決定要因 25

=12

(P HQ

[3]H + µePXF Q

[3]X − cH

XQ[3]X

)− ICH

p [Mp(θp/θs)]

+14

(µe +

PH + cHX

PXF

)TRF [3]

s . (61)

ここで,式 (57)により,TRF [3]s = P F Q

[3]s = (P F )2/2cF

s ;(60)右辺において最初の 2項はケース 1の ce[1] (21)に一致している (但し,(61)における期待為替レートの項 µeTR

F [3]s は (60) 右辺の第 2項に含まれている

ものである).海外売上 TRF [3]s は,(本稿独自の分析視角である)「内部化

の費用便益比較」における便益として,後の海外進出意志決定基準で明確

な役割を果たすことになる.

  a.1. ケース 2 (国内の生産販売のみを行う企業による海外子会社設立)

との比較 さて上の式 (61)を,ケース 2 (国内の生産販売のみを行う企業の海外子会社設立問題)の確実性等価最大値 ce[2] である (49)と対比すると,違いの一つは,海外売上 TRF [3]

s を自国通貨建てに変換する交換比率

がケース 2では期待為替レートであるが,このケース 3 (輸出企業による海外子会社設立問題)の確実性等価最大値 (61)では期待為替レートに加えて価格比 φ = (P H + cH

X)/PXF が含まれている点である.

つまり,輸出企業については,この価格比の分だけ,国内の生産販売の

みを行う企業の場合より円安で,従ってそれだけより大きい円建て海外売

上となる.これは,(次の項目 bで示されるように) 円建て海外売上が内部化便益としての役割を果たすことから,国内の生産販売のみを行う企

業に比べて輸出企業の方が海外子会社を設立する可能性が高いことを示

唆しており,われわれの直観とも整合している.

b. 意志決定基準 いま輸出企業は,完全所有海外生産子会社の設立 (多国籍化)によって海外進出を更に深化させるべきか,意志決定しようとしている.

多国籍化の意志決定基準は,多国籍化するときの確実性等価最大値 (60)から,しないときのベンチマーク (21)を差し引いた次の形をとる:

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26 小島平夫 海外進出の決定要因

ce[3] − ce[1]

(i) >

(i i) =

(iii) <

0

if ICHp [Mp(θp/θs)]

<

=

>

12

P H + cHX(θp)

PXFTRF [3]

s . (62)

ここで,最終項目に含まれる価格比はいわば通貨交換比率の役割を果し

ている.つまり,この比は,輸出財について自国通貨建て価格の外国通貨

建て価格に対する比という意味で,外国通貨の価格を自国通貨で表示し

た交換比率,と解釈できよう.この比が外国通貨建て海外売上に乗じられ

ることにより自国通貨建てに変換される.26

又,最終項目に含まれる「1/2」の解釈は,(µeTRF [2]s より)「ある程度

小さいこと」とする.

  b.1. ケース 2 (国内の生産販売のみを行う企業の海外子会社設立問題)との比較 意志決定基準 (62)も,先のケース 2でみた,海外進出が初めて (輸出さえ未だ)の企業による海外生産子会社設立の意志決定基準 (50)と同様に,「内部化の費用便益比較」の形をとっている.

このケース3ではしかし,海外生産子会社設立の意志決定にあたって

輸出企業は,立地要因 (特に期待為替レート µe)をまったく考慮しない:即ち,輸出と海外子会社設立間の (ある程度の)代替関係を問題としている輸出企業にとっては,その µe は円高,円安いずれでもよい (但し,輸出は Z > 0 を意味するので µe > (PH + cH

X)/PXF が満たされていると

する).

26これは Cassel(1916)の購買力平価説に沿ったもの.小島 (1994a, b) をみよ.ケース 3の輸出量 (56)では,期待為替レート µe と価格比 φ = (P H + cH

X)/PXF との差があらわれていることを想起したい.

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小島平夫 海外進出の決定要因 27

この点で,国内のみで生産販売を行う企業を対象にしたケース 2の意志決定基準 (50)とは対照的である.27

ケース3では何故期待為替レートが陽表的ではないのか.まず,そのテ

クニカルな理由は以下の通りである: ce[3] の (60) 右辺において最初の 2項はケース 1の ce[1] (21)に一致していること,そして,ce[3] の (61)における期待為替レートの項 µeTR

F [3]s は実は (60) 右辺の第 2項に含まれ

ていること,の二点から,項 µeTRF [3]s は意志決定基準 ce[3] − ce[1] では

相殺されてしまうのである.

次に,この相殺は次のように解釈されよう:ケース 2との比較をすると,ケース 2ではそもそも輸出の選択肢はないことから,期待為替レートの影響が現れるとしたら (多国籍化に伴う)内部化便益に対してということになる.しかし,このケース 3ではいずれの選択をしても輸出は常に行われ (ある程度は海外生産に代替されるとは言え),従って,期待為替レートの輸出選択への影響は相殺され内部化便益に対してもその影響が

現れない結果となる.

  b.2. 円安時期 (1970年から 1980年代前半迄) の日本企業海外進出国内のみで生産販売を行っている企業を想定していたケース 1, 2では,立地要因として期待為替レートのみを取り上げ,「貿易の関税・非関税障

壁」及び「投資環境の好転」立地要因はこのケース 3 (輸出企業の意志決定)で考察するとしていた.対米進出の場合は,前者の立地要因が特に限界貿易費用 cH

X の変動要因として深く関わってくる.

再度円安時期 (1970年から 1980年代前半迄)を取り上げ,日本企業による北米中心の海外進出に対して意志決定基準 (62)を適用してみる.しかし先述のように,このケース 3では,輸出企業の海外生産子会社設立の意志決定にあたって,立地要因 (特に期待為替レート µe)はまったく考慮されない:即ち,輸出と海外子会社設立間のある程度の代替関係を問題

としている輸出企業にとっては, µe は円高,円安いずれでもよいことか

27輸出企業の意志決定理論がケース 2と異なるところは,立地要因 (期待為替レート) が陽表的ではなく,それはおそらく「為替レート転嫁 (the exchange rate pass-through)」の形で (外国通貨建て) 輸出価格 PXF に反映されている点であろう.為替レート不確実性下の輸出企業による輸出価格決定問題は,為替レート転嫁の観点から Kojima(1995) で行っている.

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28 小島平夫 海外進出の決定要因

ら,実は円安期,円高期いずれにも意志決定基準は適用できる.28

同時期の北米進出は次のように決定されたと推論される.海外生産子

会社 s の生産効率が企業 p のそれと同程度の北米地域の場合,先のケー

ス 2の「対米進出」< 1>が当てはまる.しかし,

< 2b>  [iii] 海外生産量 Q[3]s は多く海外売上 TRF [3]

s も大きくなろう

(式 (57)で小さい cFs により).

[iv] 北米進出を考えている日本企業にとって,輸出品に貿易相手国で課される関税,自国政府による (輸出自主規制の実施などの)非関税障壁などの立地要因が (自国通貨建て)限界貿易費用 cH

X を増加させ,従って価

格比が大きくなる.あるいは,国内価格が十分高い,又は (外国通貨建て)輸出価格が低いときも価格比が大きくなる.29

このとき,

[v] (低い)経営資源の海外移転費用が (大きい)自国通貨建て海外売上より十分小さく抑えられる可能性が高く,その結果上の項目 [iv]が主因となって輸出を抑えざるを得ないという意味で受け身的に,意志決定基準

(62)において (i)「北米地域への海外進出」が決定されることになろう.

項目 [iv]において自動車輸出企業の場合,非関税障壁の立地要因のひとつは,日本政府は米国と 1981年に最初の自動車輸出自主規制の合意に達し,日本から米国への輸出量が 168万台に制限され,1984-85年には 185万台に引き上げられたことである.1985年にはこの規制も解かれたが日本政府は自主規制を続けると表明した.

又,項目 [v]において,受け身的な北米地域への海外進出は,先述の「最適輸出量は最適海外生産量とある程度の代替関係にある」ことと整合

している.

28実際は,円安時期に比べて円高時期 (1980 年代後半から 1990年代前半にかけて) の方が,日本の対北米直接投資は約 45%前後と高い水準にあった;他方,対アジアは 12%から17%の低い割合に (1980 年代前半までと比べても) 減少した (表 1 をみよ).しかし,意志決定基準 (62) では立地要因が重要となるため,再度円安時期を考察する.

29(外国通貨建て) 輸出価格に対する為替レート転嫁率が小さければこの価格の上昇はそれ程ではない.実際,同期について日本輸出企業の為替レート転嫁率は小さかった,との実証報告が多くみられる.

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小島平夫 海外進出の決定要因 29

4.2 対欧アジア地域進出

a. 確実性等価の最大化 多国籍企業の確実性等価式 (5)において

µπ = PHQH − TCHp − XCH

p − ICHp [Mp(θp/θs)]

+ PXHQX + µe(P F Qs − TCFs ) (63)

σ2π = (PF Qs − TCF

s )2σ2e . (64)

ここで,輸出費用 XCHp には「2次」仮定 (27)を設ける (ケース1の「対

欧アジア地域輸出」と同様).対欧アジア地域進出について直接投資促進の立地要因としては,関税,

非関税障壁,等よりむしろ,「海外市場での投資環境の好転 (海外での外資に対する優遇政策,自由化・規制緩和など)」の方が適切であろう.そこでこのケース 3 (輸出企業による海外進出の深化)で「投資環境の好転」要因を取り上げるに当たって,30 それは内部化費用 (経営資源の移転費用ICH

p )且つ/又は海外生産費用 (特に cFs )に反映されると仮定したい.例

えば,外資に対する優遇政策は cFs の低下要因となり得る;他方,自由

化・規制緩和が例えば外国経営資源活用といった束縛からの解放である場

合,それは自国経営資源の外国への移転量増加を可能にし,従って内部化

費用の上昇を結果するかも知れないが,同時に,(40)により cFs の低下も

考えられ,この意味で直接投資促進の可能性が残っている.

さて,最適生産量は Q[3]H , Q

[3]X ともにケース 1の対欧アジア地域に同

じく,

Q[3]H =

PH

2cHp

− Q[3]X . (65)

Q[3]X =

PXH − PH

2cHX

. (66)

又,Q[3]s はケース2に同じとなる (そこで仮定した (47)もここで当ては

まる):

Q[3]s =

P F

2cFs

. (67)

30国内の生産販売のみの企業 (ケース 2)に対しては考えない. 

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30 小島平夫 海外進出の決定要因

ここで,Q[3]X は Q

[3]s との代替関係にはない;両者はむしろ補完関係の可

能性を残す形をとっていると言える.例えば,PXH , PF が同時に増加,

又は cHX , cF

s が同時に減少すれば,Q[3]X と Q

[3]s はともに増加することに

なる.

この補完関係は,日本企業の海外生産と輸出に補完関係を実証的に検

出した小島 (1997)と整合している.つまり,この多変量時系列分析で得られた補完関係は,実は対欧アジア地域進出に当てはまるかも知れない

ことが,ここで示唆されるのである.

即ち,海外生産と輸出間の代替関係は対米地域進出の (55)でみられた関係であったことから,輸出量と海外生産量間関係のこの地域差異は,輸

出取引決済通貨の違い (対欧アジア地域は自国通貨の円,対米地域は外国通貨の米ドルを選択)に起因するものとも考えられる:外国通貨であればその影響を受けることから,外国通貨で決済する輸出企業は海外生産に

ある程度代替させようとし,その意味で受け身的な海外生産を行うと考

えられる;他方,自国通貨であれば,輸出活動は為替レートの変動 (円高,円安)の影響を受けず,海外生産も輸出を補完する意図で積極的に行われる可能性がある.

仮定 (47)を用いて,

ce[3] =(P H)2

4cHp

+(PXH − PH)2

4cHX

− ICHp [Mp(θp/θs)] +

14µeTRF [3]

s . (68)

  a.1. ケース 2 (国内の生産販売のみを行う企業による海外子会社設立)との比較 さて上の式 (68)を,ケース 2 (国内の生産販売のみを行う企業の海外子会社設立問題)の確実性等価最大値 ce[2] の (49)と対比すると,先の「対米地域進出」で「海外売上 TR

F [3]s を自国通貨建てに変換する交

換比率」にみられた違いは,ここ「対欧アジア」ではない:「対欧アジア

進出」では,国内の生産販売のみを行う企業と輸出企業ともに海外売上が

期待為替レートで通貨換算される点で共通している.

「対米地域進出」と「対欧アジア進出」間のこの違いは,先述の輸出量

と海外生産量間関係の地域差異 (前者は代替,後者は補完)とも対応しているように思われる.

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小島平夫 海外進出の決定要因 31

b. 進出決定基準 多国籍化の意志決定基準は,多国籍化するときの確実

性等価最大値 (68)から,しないときのベンチマーク (31)を差し引いた次の形をとる:

ce[3] − ce[1]

(i) >

(i i) =

(iii) <

0 if ICHp [Mp(θp/θs)]

<

=

>

14µeTRF [3]

s . (69)

海外子会社設立の意志決定基準 (69) は,国内生産販売のみの企業を対象にしたケース 2の意志決定基準 (50)に同じである (但し,輸出と子会社設立の補完関係はケース3独自となっていることを想起したい):即ち,(円高でなく)円安が海外子会社設立の促進要因となり得る.この点で (ケース 2でも触れたように),結局いずれのケース 2, 3をみても,本稿の海外進出決定理論は実証結果 (例えば小島 1997)と整合する形をとってはいない.

  b.1. 円高時期 (1980年代後半から 1990年代前半にかけて) の日本輸出企業による対アジア進出 円高時期において対アジア進出の決定要因

は何か.先の円安時期とは異なり,ここでは資本・技術集約的企業のみを

対象としよう.

< 1>  [i] 同円高時期で (設立の可否決定の対象となっている)アジア地域の海外生産子会社 s の生産効率は日本企業 p のそれと比してもそれ

程低いとは言えないであろう.

そこで,

[ii] 式 (35) ,(36)の仮定により,p から s への経営資源の海外移転を

多くは必要とせず経営資源の海外移転費用はそれ程高くはないであろう.

但し,立地要因としてアジアでの投資環境の好転 (特に,海外での外資に対する自由化・規制緩和)があれば,それが例えば「外国 (現地)経営資源の活用」といった束縛からの解放である場合,現地経営資源に束縛されず

に自国経営資源のアジアへの移転量増加を可能にし,これは内部化費用

を増加させるかも知れない.しかし当該円高期では,上の項目 [i]のもと

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32 小島平夫 海外進出の決定要因

でそのような増加はない,とも考えられる.

< 2b>  [iii] ケース 2の「対アジア進出」< 2b> [iii]に加えて,立地要因としてアジアでの投資環境の好転が海外生産費用 (特に cF

s )の低下要因であるので,海外売上の更なる拡大となる.

[iv] アジア進出を考えている日本企業の期待為替レートは円高.このとき,

[v] 項目 [iv]は内部化便益を小さくするように作用するものの,[ii]と[iii]が強い主因となって,(低い)経営資源の海外移転費用が自国通貨建て海外売上より十分小さく抑えられれば,その結果意志決定基準 (62)により (i)「対アジア進出」が選ばれることになろう.

  即ち,日本企業の期待為替レート円高はアジアでの子会社設立の抑制

要因ではあるが (項目 [iv]),しかし同時にアジアでの投資環境の好転がより強い動因となっていれば (項目 [iii]),対アジア進出が決定されることになるであろう.

4.3 対アジア,対北米進出決定の比較

対アジアと対米進出決定との間で,(期待為替レートも含めた)立地要因が果たす役割の違いに留意したい.

対米地域進出では,期待為替レートは何の役割も果たさず,関税障壁,

非関税障壁が主因となって輸出を抑えざるを得ないという意味で受け身

的に進出が決定される.他方,アジア地域中心の海外進出では,期待為替

レートから進出抑制的影響を受けるものの,むしろ投資環境の好転の方

がより強いインセンティブとなって積極的な (輸出を補完するような)進出を行っている可能性が示唆される.アジア地域への海外進出についての

推論は小島 (1997)の実証報告と整合性している点に留意したい.

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小島平夫 海外進出の決定要因 33

5 結 び

本稿では,国内のみで生産販売を行っている日本企業が海外進出として

輸出を始める誘因は何か (ケース1),又,海外進出する際に (輸出取引に依らず)海外で直接生産販売しようとするのは何故か (ケース 2),更には,輸出企業が海外子会社を設立して海外進出を深化させる誘因は何か (ケース 3),を海外進出意志決定問題としてミクロ経済理論的に考察した.どの進出方法を採るべきかの海外進出意志決定基準は,期待効用 (確実性等価)最大値間の大小比較の形をとっており,特にケース 2, 3については,(2段階意志決定過程を採用して)「内部化費用便益比較」となることが明かにされた.

海外進出意志決定理論の地域差を探るために,対米地域進出と対欧ア

ジア地域進出を区別した上で,以下のような結果が得られた.

ケース1では国内のみで生産販売を行っている日本企業を対象とした:

• 対米地域輸出の意志決定:期待為替レートがより自国通貨安のとき(危険嫌悪度,為替変動に拘わりなく),輸出選択の可能性が大となる.又,期待為替レートを所与として,限界貿易費用の変動因となっている企業の

生産効率性 (情報的経営資源の優位性)が増すと,輸出選択の可能性が大となる.

•対欧アジア地域輸出の意志決定:(円建て)輸出価格が国内価格より大きい程,輸出選択の可能性が高くなる.ここでは,最適解を求める際の線

形従属を避けるためのテクニカルティのために,2次貿易費用を採用する必要があったことから,意志決定基準に貿易費用が関わってこず,企業の

情報的経営資源の優位性も陽表的ではなかった.これは,貿易決済通貨が

日本円であることに因る意志決定の特徴となっている.

ケース 2では,貿易活動は選択肢にない (従って決済通貨の選択が無視できる)企業の多国籍化を扱うので,対米地域,対欧アジア地域いずれの進出についても以下は当てはまる.:

•経営資源の海外移転費用が内部化費用で,内部化便益が海外子会社売上となっている「内部化費用便益比較」の形をとる海外子会社設立の意志

決定基準が導き出された.

• 期待為替レートが自国通貨安 [高]である程,(i)「多国籍化」 [ (i ii)

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34 小島平夫 海外進出の決定要因

「国内に留まる」]意志決定の可能性が高まる.•つまり,国内のみで生産販売を行っている日本企業を想定したここでは,その対アジア進出 (労働集約的企業,資本・技術集約的な日本企業を考察)と対米地域進出 (資本・技術集約的な企業のみ考察)の意志決定において,円安でも多国籍化の促進要因となっているのである.

しかし,現実には 1980年代後半からの円高期において海外子会社設立が (特に対北米に向けて)活発であったことから,同期については円高が進出の促進要因となっているようにも見える.これは上のケース 2の理論とは非整合とも思われる.果たしてこの非整合性は,ケース 2が国内のみで生産販売を行っている企業を想定していたからであろうか.

そこで,1980年代後半からの円高期についてはむしろ輸出企業による多国籍化問題が適切であろうとの判断で,ケース 3では輸出企業を分析対象とした:

• 海外生産子会社設立の意志決定基準はやはり「内部化の費用便益比較」の形をとる.

• 対米地域進出の意志決定:意志決定基準に立地要因 (特に期待為替レート)はまったく関わらない.むしろ,(期待為替レート以外の)立地要因—輸出品に貿易相手国で課される関税,自国政府による (輸出自主規制の実施などの)非関税障壁など—が (自国通貨建て)限界貿易費用に反映され,それが (自国通貨円建て)内部化便益を大きくする効果をもつ.従って,関税障壁,非関税障壁が主因となって輸出を抑えざるを得ないとい

う意味で受け身的に,輸出の代替として子会社設立が決定されることが,

対米地域進出の特徴であった.

• 対欧アジア地域進出の意志決定:意志決定基準はケース 2に同一であった.但し,(期待為替レート以外の)立地要因—アジアでの投資環境の好転 (特に,海外での外資に対する自由化・規制緩和)—が重要であり,それが例えば「外国 (現地)経営資源の活用」といった束縛からの解放である場合,資本・技術集約的日本企業を対象としたとき,投資環境の好

転が主因となった積極的な (輸出を補完するような)欧アジア地域での子会社設立となっている可能性が示唆された.これは,小島 (1997)で期間1974:Q3–1994:Q3について実証報告された輸出と海外直接投資間の補完

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小島平夫 海外進出の決定要因 35

関係が,対欧アジア地域進出でのそれであることを理論的に示唆している.

以上の結果を踏まえて今後の研究課題として,(i)輸出と海外直接投資間の代替 [補完]関係が,実際に対米 [欧アジア]地域進出でのそれであることの実証,(ii) (準統合としての)国際提携を,「所有,立地,内部化の優位性」仮説の文脈でモデル化する可能性を探ること,等が挙げられ,更

には本稿では触れなかったが,(i ii) 海外からの撤退,縮小の意志決定問題の理論構築も (先行実証研究としては洞口 1992 がある),将来の研究課題として残されている.

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