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2014.9 金属資源レポート 77 296タングステンのマテリアルフロー —安定供給上の課題— 金属企画部 鉱種戦略チーム 電池等グループ 小口 朋恵 はじめに 金属企画部鉱種戦略チームでは、平成25年度、日本 の基盤産業(自動車産業等)を支える重要な鉱種の一つ であり、供給リスクも高いタングステンを調査対象と して、需給をはじめとする様々な情報を収集・整理し た。また、関連業界団体並びに関連企業へのヒアリン グやその製造拠点を訪れ、統計データだけでは見えて こないユーザーサイドの視点も盛り込みながらタング ステンのマテリアルフローを作成した。本報告では、 このマテリアルフローを通じて浮かび上がってきた安 定供給上の課題を整理するとともに、今後の安定供給 に向けた支援策を考えていきたい。 1. 世界のタングステン生産・需要 タングステンの埋蔵量(2012年)を図1に示す。中国 が世界全体の60%近く(1,900,000t)を占め、ロシア (250,000t、7.7%)、米国(140,000t、4.3%)、カナダ (120,000t、3.7%)、ボリビア(53,000t、2 %)と 続 き、 中国の埋蔵量が多いとはいえ、タングステンは世界各 国に広く賦存していることがわかる。次に、鉱山生産 量(2012年)を図2に示す。中国が世界全体(73,000t)の 8割以上(62,000t)を占めており、生産においても中国 が世界第1位である。現状、タングステン製錬の大半 も中国が実施していることから、タングステンの生産・ 供給は中国の寡占状態であると言える。 一方、中国は数年前から環境問題を理由に他国から の委託製錬を原則禁止し、各種鉱物資源に輸出税をか けることで輸出規制も行っている。この状況に対し、 日本、米国、欧州は、タングステン、レアアース(希 土類)、モリブデンの輸出規制解除を求め、2012年、 中国に対し世界貿易機関(WTO)協定に基づく協議を 要請した。WTO紛争処理小委員会(パネル)は中国の WTO協定違反との判断を下し、2014年8月、中国の敗 訴が確定した。 タングステンの価格は、2008年までほぼ横ばいで推 移していたところ、2009年の世界金融危機で一旦下落 した後、2010年末に高騰し、以降高値で推移している。 現在の価格は、パラタングステン酸アンモニウム APT)で300~500$/MTUFeW (フェロタングステン) で40~55$/kgである。現状、タングステン供給の中国 への依存度は高い状態ではあるが、価格が高止まりし ていることを背景に豪州やベトナムにおいて新規鉱山 開発ならびに操業再開の動きがあり、今後、中国以外 からの鉱石供給多角化につながる可能性がある。 2013年における世界のタングステン需要を図3及び 図4に示す。世界全体(69,400t)のうち、中国が56% (38,600t)、欧州13%(8,900t)、米国12%(8,600t)、日 本10%(7,300t)、その他9%(6,000t)となっており、中 国は最大の供給国であるとともに最大の需要国である ことがわかる。2000年以降、中国における需要の伸び は著しく、世界のタングステン需要全体を押し上げる 状態となっている。一方、日本の需要は、中国のよう な著しい伸びはないが、概ね10%前後で安定的に推移 している。世界需要の用途別の内訳は、超硬工具が 50%以上を占め、その他にスーパーアロイ(工具鋼)、 フィラメント、化成品等に使用されている。 今後の世界需要は、中国や東南アジア等の経済成長 に伴い増加するとみられ、2010~2016年で平均5.7% 伸びるとの予測もある。一方、日本の国内需要は、 2011~2016年で平均2%の伸びと予想されている。 図1. タングステンの埋蔵量(2012年) 図2. 世界の鉱山生産量(2012年) (出典:Mineral Commodity Summaries) (出典:Mineral Commodity Summaries) (単位:t)
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Aug 09, 2020

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2014.9 金属資源レポート 77(296)

タングステンのマテリアルフロー—安定供給上の課題—

金属企画部鉱種戦略チーム 電池等グループ 小口 朋恵

はじめに 金属企画部鉱種戦略チームでは、平成25年度、日本の基盤産業(自動車産業等)を支える重要な鉱種の一つであり、供給リスクも高いタングステンを調査対象として、需給をはじめとする様々な情報を収集・整理した。また、関連業界団体並びに関連企業へのヒアリングやその製造拠点を訪れ、統計データだけでは見えてこないユーザーサイドの視点も盛り込みながらタングステンのマテリアルフローを作成した。本報告では、このマテリアルフローを通じて浮かび上がってきた安定供給上の課題を整理するとともに、今後の安定供給に向けた支援策を考えていきたい。

1. 世界のタングステン生産・需要 タングステンの埋蔵量(2012年)を図1に示す。中国が世界全体の60%近く(1,900,000t)を占め、ロシア(250,000t、7.7%)、米国(140,000t、4.3%)、カナダ(120,000t、3.7%)、ボリビア(53,000t、2%)と続き、中国の埋蔵量が多いとはいえ、タングステンは世界各国に広く賦存していることがわかる。次に、鉱山生産量(2012年)を図2に示す。中国が世界全体(73,000t)の8割以上(62,000t)を占めており、生産においても中国が世界第1位である。現状、タングステン製錬の大半も中国が実施していることから、タングステンの生産・供給は中国の寡占状態であると言える。 一方、中国は数年前から環境問題を理由に他国からの委託製錬を原則禁止し、各種鉱物資源に輸出税をかけることで輸出規制も行っている。この状況に対し、日本、米国、欧州は、タングステン、レアアース(希土類)、モリブデンの輸出規制解除を求め、2012年、中国に対し世界貿易機関(WTO)協定に基づく協議を要請した。WTO紛争処理小委員会(パネル)は中国のWTO協定違反との判断を下し、2014年8月、中国の敗訴が確定した。 タングステンの価格は、2008年までほぼ横ばいで推移していたところ、2009年の世界金融危機で一旦下落した後、2010年末に高騰し、以降高値で推移している。現在の価格は、パラタングステン酸アンモニウム(APT)で300~500$/MTU、FeW(フェロタングステン)で40~55$/kgである。現状、タングステン供給の中国への依存度は高い状態ではあるが、価格が高止まりしていることを背景に豪州やベトナムにおいて新規鉱山開発ならびに操業再開の動きがあり、今後、中国以外

からの鉱石供給多角化につながる可能性がある。 2013年における世界のタングステン需要を図3及び図4に示す。世界全体(69,400t)のうち、中国が56%(38,600t)、欧州13%(8,900t)、米国12%(8,600t)、日本10%(7,300t)、その他9%(6,000t)となっており、中国は最大の供給国であるとともに最大の需要国であることがわかる。2000年以降、中国における需要の伸びは著しく、世界のタングステン需要全体を押し上げる状態となっている。一方、日本の需要は、中国のような著しい伸びはないが、概ね10%前後で安定的に推移している。世界需要の用途別の内訳は、超硬工具が50%以上を占め、その他にスーパーアロイ(工具鋼)、フィラメント、化成品等に使用されている。 今後の世界需要は、中国や東南アジア等の経済成長に伴い増加するとみられ、2010~2016年で平均5.7%伸びるとの予測もある。一方、日本の国内需要は、2011~2016年で平均2%の伸びと予想されている。

図1. タングステンの埋蔵量(2012年)

図2. 世界の鉱山生産量(2012年)

(出典:Mineral Commodity Summaries)

(出典:Mineral Commodity Summaries)

(単位:t)

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―安定供給上の課題―

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2. 日本へのタングステン供給 日本のタングステン輸入量推移を図5に示す。日本はタングステン原料の全量を輸入に頼っており、輸入品目は、鉱石、FeW、APT、酸化物・水酸化物、金属、炭化物、製品等となっている。リーマンショックの影響を受けた2009年を除いて、輸入量は概ね8,000~10,000t台で推移している。2012年の輸入量が6,000t台となっているのは、国内需要はほぼ一定であることから、在庫を消化したため輸入量が減ったものと思われる。 日本のタングステン輸入品目として最も多いのは、炭化物であるタングステンカーバイド(WC)(1,886t、31%)であり、それに酸化物・水酸化物(1,598t、26%)、APT(688t、11%)、FeW(671t、10%)等が続く。国内に複数の製錬所が稼働していた時代には主に鉱石を輸入していたが、現在、国内のタングステン製錬所は1か所のみとなっており、日本国内で扱うことのできる鉱石の量は減少した。併せて、炭化物や酸化物を輸入する形態が一般的となった。さらに中国において、原料輸出ではなく中国国内での加工を推進する高付加価値化政策等を採用したことから、中間原料であるAPT、酸化物での輸出が増加し、現在は炭化物(WC)による輸入が最も多くなっている。しかし、どのような品目であれ、供給の大半を中国一国に依存している状況は変わっていない。 品目別輸入推移を図6に示す。FeWについては、2010年頃よりベトナムから輸入する動きがみられ、2012年の輸入量は500t近くに上っている。これはフェロタングステン輸入量全体(671t)の75%に相当する量である。ベトナムからFeWを輸入する場合、中国と比較すると輸入税がかからないため税率面で利点があるものの、未だその供給構造が不安定であることから、中国依存度の解決には至らず、輸入元多角化の模索は続いている。 2010年まで鉱石での輸入量がほぼゼロであったとこ

ろ、2011年から輸入が再開され、徐々に増えてきている。これは、ポルトガルPanasqueira鉱山に日本企業が資本参加し、鉱石を輸入するようになったことによるものである。しかし、上述のとおり、現在、日本国内で鉱石を処理できる製錬所は1か所となっている上に技術者も高齢化が進みつつあり、若手や新たな世代の技術者育成が課題となっている。原料鉱石が増加しても単純に安定供給につながらない現実がここにあり、今後の検討課題のひとつになると考えられる。

図3. 世界国別需要内訳(2013年) 図4. 世界のタングステン需要推移

図5. 日本のタングステン輸入量推移

(出典:特殊金属プロジェクト委員会報告書)(出典:特殊金属プロジェクト委員会報告書)

(出典:財務省貿易統計)

(単位:純分t)

(単位:純分量t)

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3. 日本のタングステン需要 タングステンの国内フローを図7に示す。

図6. 品目別輸入量推移

図7. タングステンの国内フロー

(出典:財務省貿易統計)

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 タングステンは様々な製品に利用されている。タングステンは品目によって使用される用途が異なり、APTや酸化物は、WC、粉末に加工した後、超硬合金となり超硬工具(切削工具、耐磨工具、鉱山土木工具)が製造される。日本国内ではこの用途が最も多く、全体の約7割を占めている。その他には、FeW等から特殊鋼(工具鋼、高速度鋼、金型等)が作られ、ドリルカッターや一般工具、自動車部品等になる。この用途は全体の2割程度である。また、APT等を原料として電気・電子部品・化学的用途(触媒等)が製造され、この用途は全体の約1割程度である中、民生用需要が減少しており、新規用途分野の開拓が必要だと言われている。 国内のタングステン需要を図8に示す。世界金融危機により2009年は大幅に落ち込んでいるが、その後2010~2012年の3年間は概ね7,000~8,000t台で推移している。2012年は、前年と比べて超硬工具用需要はほぼ変化がないものの、輸出分が減少したことにより全体の需要も減少している。また、上記に紹介した用途以外にも、線板棒、接点、触媒等の利用に僅かな需要がある。

 タングステンの最大用途である超硬工具の市場規模を見てみると、世界金融危機の大きな影響のあった2009年を除いて、その後3年間は概ね3,000億円程度で推移し、比較的堅調である。この市場規模は他の産業と比較してそれほど大きくはないが、図9に示す用途別出荷比率のとおり、超硬工具は自動車産業をはじめ様々な産業分野で幅広く使用される重要な製品であり、その需要は日本経済の動向の影響を直接受けると考えられる。出荷比率は、輸送用機械(自動車、航空機等)の比率が最も高く、全体の約4割で推移している。自動車国内生産台数の推移(図10)と比較すると、生産台数が800万台で他の年と比べて少なかった2009年及び2011年には輸送機械用超硬工具の出荷比率も減っていることから、少なからず自動車産業動向の影響を受けていると言えそうである。 超硬工具の主要な世界トップメーカーは欧米企業であるが、日本国内のメーカーは特殊用途に強みを持っているのが特徴である。この強みを生かし、日本製の超硬工具はかつて米、ドイツ等に輸出されていたが、現在は中国や東南アジアといった新興国への輸出が伸

図8. 日本のタングステン需要推移

図9. 国内超硬工具メーカーの用途別出荷比率

(出典:工業レアメタル)

(出典:超硬工具協会)

(単位:t)

(%)

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2014.9 金属資源レポート 81(300)

びている。一方、近年自動車国内生産台数が1,000万台を割り込んでいる。日本国内の高齢化や若者の自動車離れが要因として指摘される中、既に自動車生産はコストがより安価で市場の中心にもなっている海外にシフトし、これに伴い超硬工具メーカーの生産拠点の海外シフトも一部進んでいる。しかし日本国内に多くのメーカーが残っており、今後は、輸送機械の中でも航空機向けの炭素繊維切断用超硬工具の開発などによる需要拡大が期待される。国内航空機産業の立ち上がりがいつになるかによって、需要増加のタイミングが変わってくると見られている。

4. リサイクル・代替品の開発 タングステンのより安定した供給を考える上で、リサイクルや代替品の開発が求められている。超硬工具協会は、「3R(reduce、reuse、recycle)活動」の一環として、大田区蒲田地区や東大阪地区などの町工場から使用済み超硬工具を回収するボックスの設置、パンフレットの配布やセミナーの開催等による啓蒙活動を行っている。しかしリサイクルに対する認識はなかなか浸透せず、未だリサイクル率は低い。超硬工具の国内スクラップの多くが加工賃の安い中国等に輸出されているのが現状である。そのため、製品回収ルートの構築が課題となっている。JOGMECでは、リサイクル率を上げるための取り組みとして、平成19年度から平成22年度まで、「廃超硬工具からのタングステン等の回収」に係る技術開発を実施し、溶融塩電解方法、イオン交換法の導入により、省エネかつ薬品使用量を削減したプロセスの開発に成功、既にその技術は民間企業により実用化されている。 一方、タングステンの代替技術開発として、サーメットやコーティング技術の開発が行われているものの、実用化、市場導入はまだ先と見込まれている。現状では、タングステンの耐性、強度、靭性、熱衝撃性といった特徴から、タングステンを材料とした超硬合金を上回る素材はないものと考えられる。

5. マテリアルフロー 図11に、タングステンのマテリアルフローを示す。

図11. タングステンのマテリアルフロー

図10. 自動車国内生産台数推移(出典:自動車工業会)

(単位:万台)

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2014.9 金属資源レポート82(301)

 資源採掘段階において、これまでに記したとおり、鉱石や中間製品生産は中国の寡占状態となっており、供給源を多角化する必要がある。そのためJOGMECでは、中国以外の国々において鉱量が多く高品位のタングステン鉱床の探査を実施してきている。一例として、JOGMECは現在豪州Watershed地域においてJV探査を実施している。また過去にはポルトガルのPanasqueira鉱山に対しても、出鉱品位改善等の技術支援を実施してきた。 日本国内にはタングステン鉱石を処理できる製錬所が1か所しかなく、その処理能力にも限界がある。中国一国への依存から脱却するためには、日本国内で鉱石を製錬せずとも、新たな鉱石供給国を視野に、中国以外の国で製錬し、中間製品等を輸入する枠組みを構築していく必要があるかもしれない。 リサイクルについては、ある程度進展しているものの未だリサイクル率は低い。このリサイクル率向上の一助として、JOGMECでは、廃超硬工具からのタングステン回収技術開発を行い、実用化されている。 JOGMECはこれまで、タングステンの探鉱からリサイクル技術開発支援まで、幅広い事業を実施してきた。今後も国内外の需給動向を注視するとともに、タングステンの安定的な供給のための支援を行っていきたい。 最後に、当鉱種戦略チーム電池等グループの活動において、貴重な情報をご提供頂いた各関係企業・業界団体の皆様に、厚く御礼を申し上げたい。

(2014.9.3)

(参考文献)1. Mineral Commodity Summaries,USGS2. 工業レアメタル、アルム出版3. 超硬工具協会 会報 2013-3,No.4164. 特殊金属プロジェクト委員会報告書5. 財務省貿易統計6. 自動車工業会ホームページ

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タングステンのマテリアルフロー

―安定供給上の課題―